大事な話しの途中で噛んでしまう【セフィロス】

(1)



「…おはよう」
「どうした?珍しく早いな」
その朝、キッチンに現れた幼馴染に、軽く笑ってアンジールは言った。
神羅屋敷で一番の早起きは、『主夫』たるアンジールだ。
朝、まだ暗いうちに起きてウエイト・トレーニングなど一通りのメニューをこなし、その後、屋敷の周りをジョギング。
シャワーを浴びてから、モンスターたちに餌をやる。
それから朝食の支度にとりかかるのだが、ジェネシスとセフィロスが起きて来るのは大体、いつも食事の支度が出来てからだ。
実際にはジェネシスはもう少し、早く起きていて、翼の寝癖を綺麗に直してから降りてくるのだが、その日はアンジールが朝食の支度に取り掛かる前にキッチンにいたのだった。
「昨日、一昨日と色々な事があったからな。何だか気が昂ぶって、昨夜は殆ど眠れなかったし、今朝も妙に早く目が覚めてしまった」
「まあ、確かに色々あった…な」
ジェネシスの言葉に、アンジールは苦笑した。
セフィロスが小さな女の子に擬態してジェノバと共に買い物に出かけたのが一昨日、そのセフィロスに恋したジェネシスが『セフィロスにプロポーズする』と言い出してアンジールを面食らわせたのが昨日の事だ。
そしてセフィロスは、セフィロスが子供の頃から側にいてやりたかったというジェノバの望みを叶える為に、昨日から12歳前後の少年の姿でいる。
「セフィロスは、いつまであの姿のままなんだろうな」
椅子に座り、テーブルに肘をついて、半ば独り言のようにジェネシスは言った。
「さあな。暫くはあのままでいるって言ってたから、すぐに元には戻らないだろう」
「そうだ…な」

程なく朝食の準備が出来たが、セフィロスはまだキッチンに現れない。
「ジェネシス。セフィロスを起こしてきてくれないか?」
アンジールの言葉に、ジェネシスは答えなかった。
「…どうした?」
「……今、部屋に行ったら、ぬいぐるみと一緒に寝ているセフィロスの姿を見る羽目になるだろうが」
「それを薦めたのはお前だろう」
アンジールの言葉に、ジェネシスは何やら無念そうな表情を浮かべる。
「あの時はセフィロスの余りの愛らしさについ、言ってしまったが、俺の英雄がぬいぐるみと一緒に寝ている姿を見るなんて、耐えられない……」
何て我儘なヤツだ__内心でアンジールは思ったが、口には出さなかった。
ジェネシスとは長い付き合いだ。
今更、我儘だの気まぐれだので文句を言う気は無い。
「だが……セフィロスは昨日から12歳くらいの少年の姿だろう?それならまだ__」
「あの頃から既にセフィロスは英雄だったんだぞ。ただの子供じゃない」
アンジールの言葉を遮って、ジェネシスは言った。
確かにそれはジェネシスの言う通りだし、5歳の女の子ならともかく、12歳の少年がたくさんのぬいぐるみと一緒に寝ている図というのも、ちょっと引くかも知れない。
「……判った。俺が呼んで来るから、お前はお茶の用意でもしててくれ」
言って、アンジールが踵を返した時、キッチンのドアが開いた。
12歳前後の少年の姿をしたセフィロスが、ジェノバを伴って姿を現す。
前の日は戦闘服を着ていたが、今日は普通のシャツとズボンだ。

普通の服装でいても、セフィロスは『普通』の少年には見えない。
腰まである艶やかな白銀の髪のせいもあるが、その玲瓏たる美貌はこの世の者ならざる雰囲気を伴っていて、魂の宿った人形を見ているような不思議な気持ちにさせられる。
単に顔立ちが整っていると言うだけならジェネシスもセフィロスに劣る訳では無いし、子供の頃は評判の美少年だった。
だが、セフィロスが纏う雰囲気は言葉に表しがたく独特で、たとえソルジャーにならず、英雄と呼ばれる事が無かったとしても、矢張り普通の人間とは違うのだと感じずにいられない。
そしてセフィロスに寄り添うジェノバは、セフィロスと同じ空気を纏っていた。

「…食わないのか?」
ヨーグルトを食べただけで、シリアルにもサラダにも手をつけずにスプーンを置いたセフィロスに、アンジールは訊いた。
「昨日も言ったが、この姿だと余り食べられないんだ」
「昨夜も殆ど食わなかったし、本当に少食なんだな」
「俺には、朝からそんな物が食えるお前の方が不思議だ」
ベーコンや卵料理の乗ったアンジールの皿を見、セフィロスは言った。
ジェネシスも朝は余り食べない派なので、朝からボリュームのある物を食べるのは、3人の中ではアンジールだけだ。
アンジールは笑った。
「お前たちが眠りこけている間に俺はトレーニングしているからな。腹が減るのは当然__」
途中で、アンジールは言葉を切った。
ジェネシスが、朝食に全く手をつけていないのに気づいたのだ。
「どうした、ジェネシス。寝不足のせいで食欲が無いのか?」
アンジールの言葉に、セフィロスもジェネシスを見る。
殆ど反射的に、ジェネシスは視線を逸らした。
そして、シリアルに牛乳を注ぐ。
「別に…大丈夫だ。心配しないでくれ」
「…そうか」
短く、アンジールは言った。

ジェネシスの気持ちは、判らないでもない。
少年の頃の憧れの対象が、突然、目の前に蘇ったのだ。
今ではセフィロスとは友人なのだから遠い存在という訳では無いが、あの頃のジェネシスに取って、セフィロスは『憧れ』の一言では言い尽くせないほどの、称賛と崇拝の対象だった。
少年の姿のセフィロスを目の当たりにして、ジェネシスも少年の頃の気持ちが蘇ったのかも知れないと、アンジールは思った。

「余り食えないんだったら、昼も軽いものの方が良いだろうな。何が食いたい?」
セフィロスに向き直って、アンジールは訊いた。
「別に…。朝の残りでも良いし」
「だったら、野菜だけでサンドイッチでも作るか。俺は悪いがそんなメニューにはとても付き合えんが……」
途中で、アンジールは再び言葉を切った。
ジェネシスはセフィロスを見つめたままで、完全に手が止まっている。
そしてその表情は無垢と言えるほどに純粋そうで、負けず嫌いでプライドの高いジェネシスとはまるで別人だ。
昔のジェネシスに戻ったようだと、アンジールは思った。
『英雄セフィロスにりんごをご馳走するのが僕の夢です』と、僅かにはにかんで語っていた頃のジェネシスに。

「…俺たちが初めて会ったばかりの頃の事、覚えているか?」
誰に問うでもなく、そう、アンジールは言った。
「俺がお前たち2人を指名して、ミッションに同行させた時の話か?」
「正直に言うと、俺はあの時、かなり緊張していた」
セフィロスの言葉に、幽かに笑って、アンジールは言った。
セフィロスは何も言わず、ただ瞬く。
「お前に指名される任務はどれもかなり高度だったからな。その意味ではいつでも緊張感はあったが……3度目のあれは、別の意味も含めて特に緊張したな」
「3度目?」
アンジールの言葉に、鸚鵡返しにセフィロスが尋ねる。
「神羅軍が随行した時だな」
そう、ジェネシスが答える。
セフィロスは、幽かに眉を顰めた。
「そんな任務があったか?俺は集団で動くのが嫌いだから、神羅軍を同行させるなんて、滅多に無かったが…」
「陽動作戦だったんだ。ウータイ軍の注意をお前が引き付けている間に、俺とジェネシスが敵の裏をかく戦術だった」
「敵の武器庫を破壊するのと、補給路を断つのが俺たちの任務だった」
アンジールとジェネシスの説明に、よく覚えているな、とセフィロス。
「忘れる訳が無いだろう」
熱っぽく、ジェネシスは言った。
「元々はそれだけの作戦だったが、最終的には伝説的な一戦になった。全てが印象的だったが、特に出発前のブリーフィング・ルームでの将軍たちとのやりとりは、良く覚えている」







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