夜ぬいぐるみと寝る【セフィロス】

(1)



「アンジール。ここにいたか」
「あ…ああ。ジェネシスか…」
生返事をした幼馴染に、ジェネシスは幽かに眉を顰めた。
「どうした?浮かない顔だな」
「別に、そういう訳じゃないんだが……」
言葉とは裏腹に、何やら深刻な表情で溜息を吐いたアンジールの向かいに、ジェネシスは腰を降ろした。
「また、赤字なのか?」
「いや…、そうじゃない。そもそも別に何も問題は無いんだ。気にしないでくれ」
「そう言われると、ますます気になる。大体、俺とお前の仲で隠し事なんて水臭いぞ」
ジェネシスの言葉にアンジールはわずかに躊躇ったが、結局、口を開いた。
「…実は、セフィロスの事なんだが…」
「セフィロス?」
その名に、ジェネシスの蒼い瞳が輝く。
「俺も、セフィロスの事で話があったんだ」
「じゃあ、お前の話から先に聞こう」
「いや、お前から話せ。俺の話は長くなる」
テーブルに肘をついてまっすぐにこちらを見、話を聞くモードになったジェネシスに、アンジールは仕方なく話し始めた。
「実はさっき、掃除をする為にセフィロスの部屋に入ったんだが…ベッドの上に、ちょっと信じがたい物があってな…」
「まさか、エロ本か?」
「いや。その手の物だったら、俺も別に驚かん」
アンジールの言葉に、ジェネシスの表情が険しくなる。
「アンジール。お前、セフィロスを何だと思っているんだ?」

……は?

予想外の反応に、アンジールは内心で訊き返した。
「セフィロスは英雄だぞ」
……英雄は判っているが、健全な20代の男だし、『英雄、色を好む』とかいう諺もあるし__言いたいのを、アンジールはぐっとこらえた。
少年の頃からずっと憧れているせいか、ジェネシスはセフィロスを神聖視する傾向がある。
そしてそれは、毎日、一緒にいるくらいに親しい友人となり、こうして一つ屋根の下に暮らすようになってからも変わらない。
「と…にかく、あったのはその手の物じゃない」
「当然だ。で、何を見たんだ?」
幾分か不機嫌に聞き質され、アンジールは迷った。
セフィロスを神聖視しているジェネシスに、こんな事を話して良いものかどうか……
だが、こうなってしまったら、話さない訳にも行かない。
「実は……ぬいぐるみなんだが」
思い切って言ったアンジールに、ジェネシスは「ああ…」と軽く答えた。
「昨日、買ってきたやつだな」
「昨日の買い物って、あれだったのか?」
「ああ。アレだ」



その前日。
朝食の後、セフィロスが突然、ジェノバと一緒に買い物に行くと言い出した時の事を、アンジールは思い出した。
「買い物って……お前、一人で街に出た事も無いじゃないか」
「一人で行く訳じゃない。母と一緒だ」
いやそれ、むしろマズイだろう__内心で、アンジールは思った。
セフィロスは、生まれた時からずっと神羅の庇護下で特別扱いされて育った箱入り息子だ。
幼い頃は研究所で育てられ、その後も神羅本社ビル内に部屋を与えられて住んでいて、アンジールたちと出会う前は、任務以外で外に出る事すら無かった。
以前に比べれば大分、マシになった気はするが、それでも世間一般と感覚がずれている事に変わりは無い。
そして一方のジェノバは、2000年前からずっと仮死状態だった。
そもそも別の星から飛来した生き物であって、元々、この星の住人では無い。
この星の人間とは、言葉も通じない。
その2人が突然、買い物に行きたいなどと言い出すとは、一体、どういう風の吹き回しなのか……
「良いじゃないか。俺が付き合おう」
悩むアンジールを尻目に、嬉しそうにジェネシスが言った。
少しでもジェノバと親しくなって、ジェノバの『言葉』を理解できるようになりたいと願っているジェネシスに取って、またとないチャンスだ。
「だが…無闇に出歩くのはマズイんじゃないか?誰かがセフィロスに気づけば騒ぎになるだろうし、お前だって表向き、死んだ事になってるんだぞ?」

心配そうに眉を顰め、アンジールは言った。
そういう事情があるので、普段、食料などの買出しに出かけるのはもっぱらアンジールの仕事だ。
双方向性コピーの能力を生かし、大型犬に似たモンスターに姿を変え、買い物メモと共に商店を回るのだ。
村人たちは、アンジール犬の事を、『ちょっと見た目が変わっているけど、おりこうなわんちゃん』と看做している。
ニブルヘイムのようなのどかな田舎ではそんなでも何とか誤魔化せるが、街に出るとなるとそうは行かない。

「擬態すれば良いだろう」
「…擬態?」
おっとりと言ったセフィロスに、鸚鵡返しにアンジールは訊き返した。
この時まで、アンジールもジェネシスも、セフィロスに擬態能力がある事を知らなかったのだ。
「擬態って、それは一体__」
「じゃあ、さっそく支度をしよう」
困惑するアンジールを無視して、明るくジェネシスは言った。

程なくジェノバは栗色の髪の美しい女性に擬態し、セフィロスは10歳くらいの少年に姿を変えた。
衣服もそれらしく再構築している。
一方のジェネシスは擬態能力などないので、変装__と言っても、翼を収めてサングラスをかけて帽子をかぶっただけ__した。
「これでどうだ?」
セフィロスの言葉に、アンジールは相手の姿をしげしげと眺めた。
人形のように顔立ちが整っていて、長い白銀の髪が特徴的だ。
顔立ちそのものは違うが、どう見てもセフィロスだ。
その年頃の少年の知り合いなどいないので、擬態しても元々の姿と似た雰囲気になってしまうようだ。
「…男の子の髪が長いのは、ちょっと目立つんじゃないか?」
「だから、短くした」
アンジールの言葉に、セフィロスは答えた。
短くしたとは言っても、背の中ほどまである。
「いっそ、女の子に擬態してみたらどうだ?」
ジェネシスが言うと__本人は軽い冗談の積りだったのだが__少年の姿は魔晄色の光に包まれ、それから5歳くらいの少女が姿を現した。

ふっくらとしたミルク色の頬。
長い睫毛に縁取られた大きな目。
神秘的なまでに美しい翡翠色の瞳。
小さく整った桜貝色の唇。
しなやかに華奢な肩にかかるプラチナ・ブロンド__
サテンのリボンをあしらったクラシカルなドレスが良く似合っていて、まるで、ビスクドールさながらの愛らしさだ。

「セフィロス、あんた……女にも擬態できるのか…?」
「元々俺は、遺伝子的に母と同一体だからな」
唖然として訊いたジェネシスに、あっさりとセフィロスは答えた。
5歳の幼女の姿と声なのに、言葉遣いが元のままなのでかなり違和感がある。
が、ジェネシスもアンジールも、気にかかったのはセフィロスの発言の中身の方だ。
「同一体って、つまり……クローンなのか?」
「だったら、どうして性別が違うんだ?」
友人たちの問いに、セフィロスは答えを求めるようにジェノバを見上げた。
暫くジェノバと見詰め合ってから、アンジール達に向き直る。
「母は男の子が欲しかったんだそうだ。だが、こうして見ると、娘も悪くない…と」
クローンなのに、性別が違う事の答えになってないぞ__内心でアンジールは思ったが、口には出さなかった。
優しく微笑んで『娘』を抱きしめるジェノバと、嬉しそうに笑うセフィロスの姿を見ていると、クローンであるとか無いとかは、どうでも良く思えたのだ。



「どれも可愛いかっただろう?」
ジェネシスの言葉に、アンジールは回想から現実に引き戻された。
「ぬいぐるみの殆どは俺が選んだんだが、ジェノバもセフィロスもとても気に入ってくれた」
得意げに、ジェネシスは言った。
「支払いをしたのも俺だがな」
「それは良いが……どうしてそのぬいぐるみが、セフィロスのベッドにあるんだ?」
「夜、一緒に寝ているからだ」

……は?

機嫌よく笑って言ったジェネシスに、アンジールは内心で固まった。
敵からは『白銀の死神』と恐れられ、獰猛なモンスターですら、その姿を見ると慄いたとされる最強のソルジャーが、ぬいぐるみと一緒に寝ている……?
「……一体、どうしてぬいぐるみなんか買ったんだ…?」
訊かない方が良いのかも知れないと思いつつ、アンジールは尋ねた。
「そもそも昨日、買い物に出かけたのは、ジェノバがセフィロスに何か贈り物をしたかったからなんだそうだ。それで誕生日プレゼントだという事にして店員に相談したら、ぬいぐるみを薦められた」
「なんだ、そういう事か」
幾分か安堵して、アンジールは続けた。
「昨日のセフィロスは、小さな女の子の姿だったからな。それならぬいぐるみも理解できる」

それはあくまで周囲の目をごまかす為の擬態であって、実際には子供でも女でもないのだが、ジェノバはおそらくこの星の人間の事がよく判らないので店員の薦めに従っただけだろうし、セフィロスはジェノバからの贈り物であれば、何であれ喜んで受け取り、大切にするだろう。
そしてそれは彼ら母子の愛情の強さを物語るものであって、何ら奇矯な事では無い。

「ぬいぐるみと一緒に寝るのも、店員に薦められたのか?」
世間一般と感覚がずれている上に、基本的には素直な性格なセフィロスの事だ。
薦められて、そのまま真に受けたのだろう__そう、思って訊いたアンジールだったが、ジェネシスの答えは予想外だった。
「いや。薦めたのは俺だ」

……はい?

「お前が、セフィロスに、ぬいぐるみと、一緒に寝るように、薦めたのか?しかも、あんなにたくさんの?」
思わず、単語をブツ切りにして、アンジールは訊き返した。
数えた訳では無かったが、ぬいぐるみは20以上、あった。
「セフィロスのベッドはキングサイズだ。ぬいぐるみの10や20、邪魔にはなるまい」
「いや…そういう問題じゃ無くて__」
「セフィロスのあのいたいけな姿を見ていたら、独り寝させるのが可哀想になったんだ。だからと言って、俺が一緒に寝る訳には行くまい」

……は…?

内心で、アンジールは固まった。
「た…しかに、昨日の女の子の姿はえらく可愛かったが、あれはあくまで擬態であって__」
「お前も聞いただろう、アンジール?セフィロスは、遺伝子的にはジェノバと同一体だと」
アンジールの言葉を遮って、ジェネシスは言った。
妙に真剣__と言うか、眼が据わっている。
「ま…さか、遺伝子的には女性だとか言う積りじゃないだろうな…?」
「買い物の帰りに訊いてみたんだが、ジェノバは有性生殖で子孫を増やすのでは無く、リユニオンによって生命を繋ぐので、DNAに性別に関する遺伝情報は無いらしい」
「なるほど…。だから、クローンでも性別が違うのか」
「つまり、セフィロスは俺の女神だ」

……はあ……?

再び、内心でアンジールは固まった。
「……話が飛躍しすぎて、ついて行けないんだが……」
「お前の目は節穴か、アンジール?」
がしっとアンジールの肩を掴み、ジェネシスは続けた。
「あのセフィロスの愛らしい姿!まさに地上に降りた天使だ。あと10年もすれば、どれほど麗しいレディに成長する事か……」
いやだから、あれはあくまで擬態だぞ?__内心で、アンジールは思ったが口には出さなかった。
ジェネシスが余りに真剣__と言うか、何かに取り憑かれた様に熱心なので、反論できないのだ。
「俺は決めたぞ、アンジール」
半ば恍惚とした表情で、熱っぽくジェネシスは言った。
「セフィロスに、プロポーズする!」







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