バノーラ・ホワイト

(1)



「お前宛の速達が届いていたから預かっておいたぞ」
言って、ジェネシスはアンジールに封筒を渡した。
「お袋からだ。珍しいな」
ミッドガルに出てきてから、アンジールは定期的に家に手紙を書き、返事を受け取ってはいたが、速達など初めてだ。
「お前の実家、まだ電話を引いてないのか?」
呆れたように、ジェネシスは言った。

神羅カンパニーがライフストリームをエネルギー源として活用する技術を開発してから、人々の暮らしは飛躍的に便利になった。
が、それはミッドガル、それもプレートの上に限っての話だ。
他にも地方都市は魔晄の恩恵を受けているが、バノーラのような田舎は旧態依然の生活水準だ。
ミッドガルと比べれば、ざっと100年分くらいの文明の隔たりがある。
それで殆どの若者は皆、ミッドガルか別の小都市を目指し、結果として地方は寂れる一方だ。
かつては殆ど全ての人類が文明の利便さを享受していた。
だがそれは大量のエネルギーを消費し、大量の廃棄物を生み出し、資源枯渇と異常気象をもたらした。
人類は様々な対策を講じたが勢いのついた環境破壊を止める事が出来ず、遂に人類は文明を放棄したのだ。
それから数十年の間、人類は不便さに耐え、一方でその生活を本来あるべき姿として積極的に評価する者が現われる傍ら、かつての繁栄を忘れられぬ者たちの不満も募っていた。

一切の廃熱も廃棄物も出さず、大気中のCO2濃度を上昇させる事も無く全くクリーンで新しいエネルギーとして魔晄が脚光を浴びるようになったのは、ジェネシスたちが生まれる数年前の事だ。
当時、大学院の博士課程に在籍していたガスト・ファミレスの書いた論文が、新しいビジネスチャンスをうかがっていた神羅兵器製作所の目に留まり、ガストを中心としたプロジェクトチームが結成された。
当時、ライフストリームがマテリアを生成する事は一部の研究者に知られてはいたが、エネルギー利用の可能性は、考慮する者すらいなかったのだ。
元々生物学者であったガストはライフストリームを有機的な生体エネルギーとして捉え、その柔軟で斬新な発想を元に、それまで誰も考え付かなかったような方法論を次々と打ちたて、ライフストリームのエネルギー利用を可能にした。
神羅兵器製作所はライフストリームを魔晄と名づけ、社名を神羅電力株式会社と改め、そして魔晄を電力のように供給する事で富を得た。
元々文明の素地はあっただけに、わずか十数年の間に人々の暮らしは一変した。
だがそれはまだ、バノーラのような地方には普及していなかった。
バノーラの人々は貧しく、魔晄を手に入れるだけの金が無いのだ。

「お前も1stになったんだから、いい加減、実家に電話くらい__」
途中で、ジェネシスは言葉を切った。
アンジールの顔色が、見る間に蒼褪める。
「……どうしたんだ?」
「親父が……亡くなった」
呆然とした表情で、アンジールは言った。
ジェネシスは眉を顰めた。
余り体調が良くないらしい事はアンジールから聞いていた。
だからアンジールは節約してせっせと故郷に仕送りしていたのだ。
それにアンジールの父親はジェネシスの父親よりずっと若い__アンジールの父親が若いと言うより、ジェネシスの父親が年を取っているのだが。
まさかこんなに突然に亡くなるなどと、思ってもいなかった。

「…なんて言ったら良いか…」
「俺のせいだ」
「__え…?」
幾分か驚いて、ジェネシスは聞き返した。
アンジールはいつも背負っているバスターソードを手に取った。
「これは俺がソルジャーになる時に親父が買ってくれた物だ。そのせいで親父は、莫大な借金を背負ってしまっていたんだ。そしてその借金を返す為に無理をして……」
アンジールの父親は剣が高価なものである事をアンジールに話さなかった。
ジリアンにも、アンジールには話さないようにと口止めしていたのだ。
ずきりと胸が痛むのを、ジェネシスは感じた。
ソルジャーには軍服も剣も支給される。
ソルジャーになるからと言って、剣を用意する必要など無かった。
だが『英雄セフィロス』に憧れてソルジャーを目指したジェネシスは、支給品ではない剣が欲しかった。
セフィロスの正宗に対する羨望もあった。
それで地主の父親にせがんで、高価なレイピアを手に入れたのだ。
その事をジェネシスはアンジールに話し、アンジールは両親に話した。
自分も剣をねだる積りなど、全く無かった。
家が貧しいのは判っている。
だがアンジールの父親は誇りを重んじる男だった。
幼馴染と共にミッドガルに向かう息子に、肩身の狭い想いはさせたくなかったのだ。
アンジールはバスターソードを自分には分不相応な物だと思い、欠けるのを惜しんで滅多に使わないが、まさかそれほど高価な品だとは思ってもみなかった。

アンジールはバスターソードを床に降ろし、深く溜息を吐いた。
「…お袋が今まで黙ってたのにこの事を書いたのは、俺にソルジャーを辞めてバノーラに戻って来て欲しいから…だそうだ」
「そんな。やっと1stになったばかりなのに……」
思わず、ジェネシスは言った。
アンジールは、目を閉じる。
「お袋は元々、俺がソルジャーになる事に反対だった。ミッドガルに来る事にも。親父が俺を後押しして、お袋を説得してくれたんだ」
「……大概の家は、みんなそうじゃないのか?母親は、子供を手元に置いておきたがるものだ」
だが自分の母親は違ったと、ジェネシスは思った。
きっと反対されると思っていたのに、両親とも何も言わなかった。
それどころか、安堵したようにすら、見えた。
そしてそれはジェネシスに、幼い頃の『事件』を思い出させた。
だが記憶は余りに曖昧で、それ以上、たどる事が出来ない。

「……どうする積りだ?」
暫くの沈黙の後、ジェネシスは訊いた。
アンジールは目を開け、ジェネシスを見る。
「ソルジャーを辞めたりなんか、しないさ。やっと1stになったばかりだし、今ここで辞めたら、親父の苦労が無駄になってしまう」
言って、アンジールはバスターソードを背負う。
「それに、お前を一人にしておくのは心配だしな」
「保護者気取りか?」
言って、ジェネシスは幽かに笑った。
が、すぐに表情を改める。
「だが、明日からの任務はどうする?」

アンジールとジェネシスの二人は、翌日から1週間の予定でウータイへの遠征任務を命じられていた。
セフィロスの指名だ。
2人がセフィロスに指名されるのはこれで2度目、3ヶ月ぶりだ。

「セフィロスの指名だぞ?行かない訳にいくか」
「だが1週間の遠征じゃ、葬式にも出られなくなるぞ?」
ジェネシスに言われ、アンジールは言葉に詰まった。
アンジールは一人っ子だ。
自分が戻らなければ、ジリアンが一人で葬式を出さなければならない。
「……葬式は、遠征が終わるまで待ってもらうよう、手紙を__」
「アンジール」
幼馴染の言葉を遮って、ジェネシスは言った。
「お前今、自分がどんな顔してるのか判ってるのか?自分で思っている以上に、酷いショックを受けてるんだぞ?」
「…だが、セフィロスが…」
セフィロスの指名だからこそだ、とジェネシスは言った。
「セフィロスが受ける任務はどれも高度で危険だ。一瞬の気の迷いが、即座に死に結びつく。この前、セフィロスは俺たちを助けてくれたが、次も助けてもらえるとは限らないぞ」
翌日からの遠征では、神羅軍の1個小隊も同行する事になっている。
となれば、セフィロスが全員の安全に気を配るのは無理だろう。
むしろソルジャークラス1stとして、アンジールとジェネシスは兵たちを護る事を期待される側だ。
「だが…こんな事で任務を休んでは、ソルジャーになった俺を誇りに思ってくれていた親父に顔向けが出来ない…」
「それでお前の身に何かあったらどうする気だ?お前に万一の事があったら、俺はジリアンに何て言えば良いんだ?」
アンジールはもう一度、バスターソードを手に取り、暫く黙ってそれを見つめていたが、やがて、「判った」と言った。






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