Apocalypse


(6)




「化学兵器…だと?」
宝条の説明に、プレジデントは眉を顰めた。
「わが軍とウータイの合わせて150名の兵士がミイラ化したのは、ウータイが秘密裡に開発した化学兵器を使用した結果であって、ウータイは眼の上の瘤である『青龍』やカタールの精鋭兵ともども、セフィロスを葬ろうとした…と云う訳か」
さよう、と、短く宝条は答えた。
「だがそれは重大な国際法違反だし、それにウータイにそんな科学力があるとは__」
「とても信じられませんな」
プレジデントの言葉を継いで、ハイデッガーは言った。
「何より、150名もの屈強な兵士たちがほぼ一瞬の内にミイラ化したのに、何故、セフィロスだけが無事だったのかね?聞けば、セフィロスと戦っていた『青龍』は兵たちと同様にミイラ化していたそうじゃないか」
正確に言えば、兵士たちより『青龍』の方が完璧にミイラ化していた__内心で宝条は思ったが、口には出さなかった。
「答えは簡単だ。『古代種』であるセフィロスは、通常の人間とは血液組成が異なる。そして回収した死体を分析した結果、ウータイが使用した化学兵器は、古代種の遺伝子を持つ者には、殆ど無害である事が判明した」
詳細は報告書を読みたまえ、と、宝条は言った。
「化学式が理解できなくとも、結論は判るように書いてある」

宝条の言葉に、ハイデッガーは顔を顰めた。
宝条のその専門知識をひけらかした高慢な態度が、彼は酷く嫌いだった。
何より、プレジデントがその知識を高く買っているのが気に入らない。

「しかし私がタークスから受けた報告では、周囲の小動物や昆虫、木々や草にいたるまで、全ての生物が死に絶えていた。いくら古代種でも、そんな状況で無事だったとは考え難い」
「では、どう考えれば納得が行く…と?」
「セフィロスだ。セフィロスが何らかの強力な魔法で全員を殺したのだとでも考えなければ、セフィロスだけが無傷だった事の説明がつかない」
ハイデッガーの言葉に、プレジデントは緊張した面持ちで宝条を見る。
宝条はハイデッガーを、眼鏡越しに冷たく見やる。
「そんな無責任な憶測を、軽々しく口に出すのは慎むべきじゃないのかね?神羅軍の元帥の耳にでも入れば、セフィロスを血祭りに上げろと騒ぎ出しかねない」
「そういった騒ぎは困る」
言ったのはプレジデントだ。
「『青龍』は神羅軍に取っても脅威だったからな。その脅威が取り除かれ、我らの『英雄』は無事だった。ならば、ネズミや虫けらの死因など、どうでも構わん」
「お言葉ですが社長。1個中隊が1日で全滅したのですぞ?原因の追究は徹底して行わなければ、遺族も納得しますまい」
「遺族の哀しみは、国際法違反を犯したウータイへの憎しみへとすり替えれば良い__原因への疑問など、入り込む余地もない程に」

そういうのは宣伝広告部門の仕事だろう?と、宝条は続けた。
プレジデントは、宝条の言葉に頷いた。

「確かにそれは重要だ。こんな物騒な兵器、ミッドガルでばら撒かれたら大変な事になる。それを未然に防ぐ為にも、ウータイへの抗議は迅速かつ大々的に行うべきだ」
「ですが…神羅軍全滅の原因がウータイの化学兵器だとしたら、タークスの副主任が部下と撃ち合って死んだ理由が説明できません」
ハイデッガーの言葉に、プレジデントも宝条も眉を顰める。
仮に、と、宝条は言った。
「神羅軍を全滅させたのがセフィロスの魔法だったとして、どうしてセフィロスがそんな真似をしたと言うんだ?それに、タークスの2人が殺しあった理由は何だと言うんだね?」
「セフィロスは、何らかの理由で暴走したんだろう。そして副主任のクロフォードが暴走したセフィロスを止めようとした__手段の如何を問わず。そして、エレオノーレはそのクロフォードを止めようとしたと思われる」
「つまり、君の部下がセフィロスを撃ち殺そうとしていた、という訳かね?」
「……暴走して味方を全滅させようとしていたなら、止むを得まい…」
幾分か弱い口調で、ハイデッガーは言った。
プレジデントは口を噤んだまま、2人の重役のやり取りを聞いている。
「セフィロスが暴走したら殺せと、君はタークスに命令していたのかね?」
「私は……」
宝条の問いに、途中で、ハイデッガーは口ごもった。
それから、首を横に振る。
「そんな命令は出していない」
「ならば『何らかの理由で暴走した』のは、その男の方だろう。部下はそれを止めようとした。それで辻褄が合う」
「クロフォードは冷静な男だ。暴走するような人間じゃ、ない」
「セフィロスも同じだ」
それに、と、宝条は続けた。
「セフィロスが魔法を使ったという証拠などどこにもないが、ウータイが化学兵器を使用した証拠ならある」
ただの捏造だろう__内心でハイデッガーは思ったが、口には出さなかった。
それを言ってしまうと、彼自身、窮地に陥る場面がいくらでもあるからだ。
「何より、神羅軍1個中隊の穴埋めは新兵の募集で済むが、セフィロスの代わりはいない」

宝条の言葉に、ハイデッガーは幽かに歯噛みした。
戦闘能力、育成にかかった費用、カリスマ性__いずれの点に於いても、セフィロスは神羅軍の比では無い。
セフィロスがいかに貴重な存在か、ハイデッガーも十分、理解している。
もしもソルジャー部門が彼の支配下にあったのなら、セフィロスが1個中隊を全滅させようがどうしようが、ウータイから勝利さえ得られれば問題とは看做さなかっただろう。

「…宝条君の言う通りだ」
やがて、プレジデントが言った。
「きちんと『証拠』もあるし、説明には筋が通っていて、何ら矛盾が無い。遺族が疑問を抱く事など無いだろう」
だが、と、プレジデントは続けた。
「もし万が一、セフィロスが暴走するような事があれば、それはとんでもない脅威となる」
「それは承知している。だから定期的に検査を行って、脳波や精神状態のチェックも__」
「セフィロスは、今、どこにいる?」
宝条の言葉を遮って、プレジデントは言った。
「セフィロスに、会わせてくれたまえ」





木々の緑が陽射しを柔らかく遮り、小鳥のさえずりが耳に心地よい。
その平穏の中で、セフィロスは籐のアームチェアに腰を降ろし、時折、吹く風に髪を靡かせていた。
一見、高原のリゾートを思わせるその光景は、温度や湿度まで完璧に調整されたシミュレーションだ。
小鳥のさえずりも、咲き乱れる花々も、木々も風も、陽射しまでも全てが作り出された映像に過ぎない。
その中で実存するのは、セフィロスとセフィロスが手に持ったボール、それに、全身を金色の長い毛で覆われた、大型の猿に似た『モンスター』だけだ。
「あれは…?」
「HS-97だ」
別室でモニターを見て訊いたプレジデントに、宝条は短く答えた。
その答えに、プレジデントは幽かに眉を顰める。
「確か…HSユニットは、全て廃棄処分にした筈では無かったかね?実験は失敗だったと、報告を受けた覚えがある」
宝条は「残念ながら」と、頷いた。
「だがあの個体だけは残しておいた。どういう訳か、セフィロスが妙に気に入っていてね」
宝条の言葉に、プレジデントは改めてモニター画面を見やった。
セフィロスとHS-97と名づけられた実験体は、キャッチボールのような事をして遊んでいる。
HS-97は不器用でセフィロスの投げるボールをほとんど受けられないが、ボール遊びに興じている犬のように、嬉しそうに走ってボールを拾いに行く。
投げ返す時も方向が定まらずにまともにセフィロスに返せず、やはりボールを拾いに走る。
「何故…セフィロスはボールを拾いに行かないんだ?」
「運動を禁じているのでね。化学兵器の影響が皆無だと確定するまでは、安静にさせている」
ハイデッガーの問いに、モニターに視線を向けたまま、宝条は答えた。
「それでは、任務には、いつ戻れるようになるんだね?」
「DNA検査の結果にも拠るが、少なくとも二ヶ月は無理だ」
矢張り相手に視線を向ける事無く、プレジデントの問いに、宝条は言った。

「良いぞ、アルフ」
HS-97がうまくボールを受け止めると、セフィロスは言って軽く笑った。
人形の様に整った美貌に、柔らかな表情が浮かぶ。 その姿は、とても敵から『死神』と恐れられる最強のソルジャーには見えない。
ソルジャーとして度々、遠征に向かうようになっても、滑らかな肌は透けるような白さを保ったままだ。
その秘めた力は計り知れないと、宝条は思った。
モニターの中のセフィロスを見つめたまま、何年も前に読んだ論文を思い出す。
生き物から生命力を奪い、その生命をライフストリームへと還す力、カオス。
星からライフストリームを吸い尽くし、別の星へと導く力、オメガ。
科学的根拠が無く誰からも見向きもされなかった論文だが、宝条は興味を持った。
もしもカオスの力を自在に操れるのならば、生き物から生命力を奪い、それを魔晄のように利用する事が可能となる。
だが論文そのものの科学的裏づけが無かったので、宝条の興味もその場限りのもので、そんな論文を読んだ事すら、忘れていた。
が、ウータイで短時間の内にミイラ化した大量の死体を見た宝条の脳裏に浮かんだのは、論文に書かれたカオスの事だった。

或いは、と、宝条は仮説を立てた。
セフィロスは『青龍』に負傷を負わされていたのかも知れない。
今までセフィロスは任務で負傷を負った事は無く、ケアル用のマテリアすら持ち歩かない。
だが、『青龍』は今までの敵とは違う。
セフィロスを凌ぐとまで噂された強敵だ。
その上、セフィロスは『青龍』の言葉に動揺していた様だったし、暫くは意識不明の状態が続いていた。
それなのに、全く傷を負わされなかったと考えるのは不自然だ。
だが宝条が駆けつけた時には、意識が無い以外は無傷だった。
つまりセフィロスは、『青龍』に負傷を負わされて暴走し、カオスに似た力を発動させて周囲1キロ圏の生き物から生命を奪い、その生命力で自らの傷を治癒したのではないか__

------すばらしい…
身震いするような感慨を、宝条は内心で噛み締めた。
二千年も前の地層から発見されたジェノバが仮死状態である__つまり、生きている__と判明した時にも、その生命力の強さに感動したものだ。
だがその時点では、何がそれほどまでに強い生命力の源であるのかは判らなかった。
だがもしジェノバが他の生命体から生命力を奪って自らの生命を永らえさせる力を持っているならば、その生命の営みは、殆ど無限に続くのかも知れない。
そしてセフィロスは、その神のごとき力を受け継いでいるのだ。

「…暴走するようには、見えんな」
HS-97の長い金色の毛を撫でているセフィロスの姿に、プレジデントは言った。
席を立ち、重役2人を見やる。
「後は、宣伝広告部門の仕事だ」









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