Apocalypse


(7)




ウータイによる『違法な化学兵器使用』を、神羅は徹底的に非難した。
無論、ウータイは化学兵器使用の事実は無いと否定したが、それは全滅した神羅軍の遺族の憤りを増しただけだった。
神羅カンパニーは神羅軍指揮官の大尉を二階級特進させて中佐の地位を与え、他の戦死した兵たちにも特別恩給を付与した。
セフィロスは「一命は取り留めたものの重態」と報道され、連日、運びきれない程の見舞いの品が神羅本社ビルに届けられた。

「…これは?」
研究所内の倉庫に運び込まれた見舞いの品々を見、不思議そうにセフィロスは訊いた。
「お前への、見舞いの品だよ」
「見舞い…?」
宝条の言葉に、鸚鵡返しにセフィロスは訊く。
「『青龍』との戦いでお前が負傷したからな。市民たちが皆、お前の事を心配している」
「俺は負傷なんかしていない」
幾分か不満そうに、セフィロスは言った。
そのセフィロスに連れられたHS-97が、見舞いの品に興味を示し、そちらに歩み寄る。
「だが私が行った時には、気を失って倒れていた。まだ暫くは安静にして様子を見るべきだ」
「一体…何があったんだ?俺は、殆ど何も覚えていない」
宝条を見、セフィロスは訊いた。
「収集した遺体を分析した結果、ウータイが国際法に反して化学兵器を使用した事が判明した。お前と、ウータイの独裁政権に取って邪魔となる『青龍』を、共に殺そうとしたのだろう」
「『青龍』は、ウータイに殺されたのか…?」
そうだ、と、宝条は頷いた。
「幸い、お前は生命に別状は無いが、暫くは慎重に検査して、経過を見守る必要がある」
「ウータイは、俺を斃せばカタールを独立させると約束していた筈だ。それなのに、『青龍』たちを騙したのか?」
「その通りだ。いかにもウータイの独裁政権のやりそうな事だ」
宝条の言葉に、セフィロスは幽かに眉を顰めた。
「…そんな国だから、『青龍』たちカタール人は独立しようと……」
「そうだ。だからウータイの独裁政権との戦いに神羅が勝利する事は、ウータイの国民に取っても__どうしたね?」
こめかみを押さえたセフィロスに、宝条は訊いた。
見舞いの花と戯れていたHS-97も、心配そうにセフィロスの元に戻る。
「『青龍』は…カタール人なのか?『青龍』は確か俺に……何かを…」

眉を顰め、セフィロスは口を噤んだ。
『青龍』に関して、何かとても重要な事を忘れている気がする。
それは『青龍』との戦いの後、意識を取り戻してからずっと気にかかってはいたが、どうしても思い出せない。
思い出そうとすると、頭痛がするのだ。

「…まだ頭痛が続いているようだな。無理はせず、安静にしていなさい」
宝条の言葉に、セフィロスは答えなかった。
そして、歩み寄ってきたHS-97の金色の体毛を撫でる。
「……神羅軍の大尉…。『青龍』との戦いに勝てば少佐になれると言っていたが…」
「あの指揮官なら、中佐になったよ」
宝条の言葉に、セフィロスは幾分か表情を和らげる。
「…それは良かった。兄弟たちに誇りと勇気を与えてやりたいって言っていたから…」
「そんな話を、神羅軍の将校としたのかね?」
セフィロスは宝条の問いに答える代わりに、HS-97の頭を撫でる。
HS-97は再び見舞いの品に興味を示し、セフィロスの手を離れて花や食べ物の山に歩み寄る。

宝条は、HS-97とセフィロスを交互に見遣った。
同じジェノバ細胞を埋め込み、同じように高濃度魔晄を浴びせたというのに、その違いは余りに大きい。
セフィロスは他の追随を赦さない戦闘能力と美貌に恵まれ、知能程度も高いが、HS-97は運動能力も低く、3歳児並みの知能しか持たない。
セフィロスは受精卵の時点で、HSユニットは幼児期という差はあるものの、ここまで大きな違いが出るとは想定外だった。
セフィロスと同じように受精卵の時点でジェノバ細胞を埋め込んだ他の実験体は、すべて死に絶えた。
細胞を埋め込む時期、埋め込む細胞の量、浴びせる魔晄の濃度、色々と変えて何度も実験を繰り返したが、何度やっても死んでしまうか、モンスター化するかのどちらかだった。
セフィロス自身の細胞から創り出したクローンも、どういう訳か、殆どが成長過程で死んでしまう。
セフィロスだけが、唯一の例外なのだ。
あたかもジェノバが、セフィロスを唯一の後継者として選んだかのように。

「だけど…どうして中佐なんだ?神羅軍が二階級特進をさせるのは、特別な功績を挙げた時だけの筈だ。『青龍』を殺したのがウータイなら、俺や大尉の手柄という訳でも無いのに」
セフィロスの問いに、宝条はすぐには答えなかった。
『青龍』との戦いから数週間が経っているが、未だに何かを思い出そうとすると頭痛がするのは治まっていない。
精神的には大分、落ち着いてきているようだが、まだ予断を許さない状況だ。
だが、いずれは話さなければならないのだ。
「…殉職した時にも、その例外は適用される」
「殉職……?」
宝条の言葉に、セフィロスは幽かに眉を顰めた。
「戦死…したのか?」
「そうだ。ウータイの化学兵器によって、生命を奪われた」
「俺と『青龍』だけを狙ったんじゃないのか?」
宝条は黙ってセフィロスを見た。
それから、口を開く。
「お前たちが戦っている付近一帯に化学兵器を撒いたのだろう。その結果、全員が死亡した」
「全員…?」
そうだ、と、宝条。
「お前以外の、全員が死んだ」
「そんな……」
セフィロスの白い頬が蒼褪めるのを、宝条は眼鏡越しに見遣った。
「まさか…エレオノーレも…?」
「タークスの女の事かね?」

セフィロスの不安そうな表情に、今は話さない方が良いのかも知れないと、宝条は思った。
だが、誤魔化せそうには無い。
いずれ知る事になるのなら、早い内にはっきりさせた方が良い。

「…タークスも、同じだよ」
「嘘だ…!エレオノーレは、兵士じゃ無いのに……」
「タークスはお前を護衛する為に共に前線に赴いた。その意味では、神羅兵と何ら変わらんよ」
ずきりと、胸の奥が痛むのを、セフィロスは感じた。
宝条から視線を逸らし、床を見つめる。
「俺が……一人で行けば良かったんだ。そうすれば、他に誰も死ななくて済んだのに……」
幽かに震える声で、セフィロスは言った。
宝条は口を噤んだまま、セフィロスの横顔を見つめた。

セフィロスが神羅軍を同行させるのを嫌うのは、死なれるのが厭だからだ。
少数のソルジャーならば護れるが、百名を超える軍隊となると、とても全てには手が回らない。
同行した兵が死ぬと、セフィロスは苛立つ。
そして神羅軍が同行するのは『足手まとい』だと罵るが、それは彼らを護れなかった自分に、憤りを感じるからなのだろう。
その戦闘能力の高さとは裏腹に、セフィロスはソルジャーには向いていないのかも知れないと、宝条は思った。
正宗の刀身をあれ程までに長くしたのも、セフィロスが返り血を浴びるのを嫌がるからだ。
だがいずれにしろ、セフィロスはソルジャーであり続けなければならない。

「……お前のせいでは無いよ」
静かに、宝条は言った。
セフィロスは俯き、拳を強く握り締めている。
「……セフ……」
心配そうに、HS-97がセフィロスの名を呼んだ。
HSユニットの実験体の中で、かろうじて言葉を発する事が出来るのは、この個体だけだ。
セフィロスは無言で宝条に背を向けたまま、HS-97を抱きしめる。
その華奢な後姿は、一瞬の内に150名の生命を奪ったのと同じ者だとは、到底、信じられない。

それにしても、と、宝条は思った。
セフィロスには、本人も自覚していない力が秘められている。
顕在化している戦闘能力だけでも驚愕に値するのに、秘められた力がどれ程のものであるのか、計り知れない。
これ程、すばらしい研究対象は、おそらく二度と手に入らないだろう。
そしてその希少性の故に、取り扱いには細心の注意が必要だ。
特に精神的な動揺が暴走を招くというなら、慎重に対処してそんな事態は避けなければならない。

「…お前がそうしたいのならば、暫くHS-97と一緒にいても、構わんよ」
宝条の言葉に、セフィロスは意外そうな表情を浮かべ、相手を見た。
「ここで…か?」
「ここでも、他の部屋でも。お前の好きにすれば良い」
「……アルフは実験用のモンスターだから、特別な時以外は実験ゾーンから出せないって…」
「今がその、『特別な時』だ」

セフィロスは何度か瞬き、それから改めてHS-97を見た。
殆ど喋ることも出来ず、運動能力も低いので遊び相手としては不十分だが、他の実験用モンスター達とは違ってこちらの言葉は理解している。
人間たちのように余計な質問はしないし、何より、一緒にいると落ち着くのだ。

「…俺の部屋に連れて行っても…?」
「構わんよ。但し、他人の眼には、絶対に触れさせるな。化学技術部門の極秘機密だからな」
宝条の言葉を反芻するように、セフィロスは暫く口を噤んでいた。
それから、HS-97に向き直る。
「外が見たいか、アルフ?」
「…ソト…」
「外に出る事は出来ないけど、ミッドガルの街が見渡せる。特に、夜景が綺麗だ」
「ソト…ソト…」
幾分かしわがれた声でたどたどしく言うHS-97に、セフィロスは軽く笑った。
「じゃあ、行こう。花が気になるなら、持って行けば良い」
HS-97は嬉しそうに見舞いの品に駆け寄り、腕いっぱいに抱え込んだ。
それでもまだ有り余っている品々に未練があるのか、その場でうろうろする。
「後で助手に運ばせよう」
そう、宝条は言った。
その宝条を、セフィロスはまじまじと見る。
「…なんだね?」
「……今日の宝条は、宝条じゃないみたいだ」
セフィロスの言葉に、宝条は幽かに哂った。
「…おいで、アルフ。花は、後で運んで貰えるから大丈夫だ」
「7時には一旦、戻って来なさい。検査をする」
踵を返したセフィロスに、宝条は言った。
セフィロスは振り向きもせず、ただ、「わかった」と答えた。









仔セフィのおかれた環境は余りに苛酷で、書いてて可愛そうになりました…(T_T)
余り態度には表しませんでしたが、エレオノーレは仔セフィに取って、『側にいると安心できる存在』でした。
エレオノーレの死後は、仔セフィが移動中に眠り込んでしまう事は無くなります。

当サイトの設定では、カオスもオメガも共にジェノバの持つ能力の一つです。
(DCで宝条がオメガの研究をしていたのも、その為)
本来であればカオスもオメガも、星の終焉などの非常時でなければ発動させないのですが、セフィロスはまだジェノバとしての自覚が無い上に、『青龍』の言葉に動揺させられた為、精神的に不安定な状態に陥りました。
その上、負傷させられ、何よりも大切にしている髪を切られたので、暴走してしまったのです。

『青龍』は2千年前にジェノバによって『ウイルス』(ジェノバ細胞の一部)を植え付けられながら、モンスター化する事無く逃れた古代種の末裔の一人で、クラウドも同じです。
『青龍』もクラウドも大分、人間の血が入っているのでジェノバの能力は部分的にしか継承していないのですが、クラウドは後に宝条によってS細胞を植え付けられることで、よりジェノバに近い存在となります。
クラウドはセフィロスの『同胞』たりうる唯一の存在で、それがセフィロスがクラウドに固執する理由となるのです。


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