Apocalypse


(5)




「…なんだ、ありゃ…」
呟いたJJの側をすり抜け、宝条は倒れているセフィロスに駆け寄った。
慎重に抱き起こし、呼吸、脈、負傷の有無を確認する。
同行した神羅兵やタークスの誰もが周囲の異様な光景に目を奪われ、宝条の手が震えている事に気付く者はいなかった。
セフィロスに同行したタークスとも神羅軍とも連絡が途絶えたため、急遽、神羅から新たな人員が派遣され、宝条もそれに同道したのだ。
「すぐにセフィロスを研究室へ運ぶ」
「怪我、してんですか?」
セフィロスを抱き上げて運ぶ宝条に、JJは訊いた。
「外傷は無いが、人事不省だ。或いは、脳に損傷を受けた可能性がある」
宝条の言葉に、JJは幽かに眉を顰めた。
「…あそこに転がってるミイラが『青龍』みたいですけど、どうします?」
「サンプルとして持ち帰れ。私は先にセフィロスを研究室に運ぶ。君たちは周囲の調査をしてから戻れ」
振り返りもせずに言って、宝条はヘリに乗り込んだ。

「セフィロスが倒れていた場所の周囲約1キロ四方、一切の生命反応がありません」
ツォンの報告に、JJは肩を竦めた。
「人間も動物も、植物まで干からびてやがる…。まともな死体は、これだけか」
JJの視線の先には、拳銃で頭を撃たれたクロフォードと、対物ライフルで腹を打ちぬかれたエレオノーレが倒れていた。
「セフィロスから2キロ近く、離れてるからな。ここまでは及ばなかった…って事か」
JJの言葉に、ツォンは眉を顰める。
「…では、この全てはセフィロスが__」
すっとツォンの唇の前に指を立てて、JJは相手の言葉を遮った。
「それ以上、ひと言でも言ったり文章にしたりすれば、お前は研究所行きだ__サンプルとして、な」
「……セフィロスが何らかの理由で暴走し、カタール兵ともども神羅軍を壊滅させた。副主任はそれを止めようとして、エレオノーレに射殺された……という訳ですか」
ツォンの言葉に、JJは大袈裟に肩を竦める。
「どうしてお前は人の忠告を無視するかな」
「ここには、私とあなたしかいません」
JJはツォンを見、それから溜息を吐いた。
「一つ、納得できない事があるのですが…」
「これだけの惨状の中で、セフィロスだけが無傷だ。だったら、疑問の余地は無いだろう?」
「…副主任は冷徹で、任務に忠実な人でした。たとえセフィロスが暴走して神羅軍が壊滅させられても、セフィロスを護るという任務に背くとは思えませんが」
JJは、もう一度、肩を竦めた。
「俺たちがセフィロスの初陣に同行した時の事、忘れたのか?」
「忘れてはいません。あの時の任務でも、セフィロスを護衛するのと同時に、逃亡するようならば手段の如何を問わず止めろと、命じられていました」
「それが何故か、判るか?」

JJの問いに、ツォンは答えなかった。
ツォンの答えを待たず、JJは続けた。

「セフィロスは最強のソルジャーだ。まだ子供だが、その気になればたった一人で1個中隊を殲滅できる。そしてその強力すぎる力は、諸刃の剣なんだ」
言ってから、JJはその場に倒れる二人に視線を転じた。
「もしもセフィロスの暴走がコントロール不能なものだと判れば、神羅は躊躇いもなくセフィロスを処分するだろう。そしてハイデッガーのオヤジあたりが先走って、セフィロスが暴走した時には殺せと、クロフォードに命令していたのかも知れない」
「…ソルジャーに関しては、化学技術部門と治安維持部門が覇権争いをしていますからね」
言って、ツォンも倒れ伏す二人に視線を向けた。

クロフォードがセフィロスを仕留めていれば、そしてそれをエレオノーレが止めなければ、二人も神羅兵たちも死なずに済んだのかも知れない。
だがそれでも、セフィロスを殺すべきだったとは、ツォンには何故か思えなかった。
セフィロスが兵士たちの生命を奪う姿を実際に見た訳では無く、この惨劇がセフィロスの仕業だと断言できないからなのか、原因がセフィロスだったとしても、それが暴走の結果ならば本人は自覚も記憶も無く、制御も出来なかっただろうと思われるからか。
或いは、セフィロスがそもそもそんな力を持って生まれて来たのは恐らくは人体実験の結果で、その意味ではセフィロスも被害者だと思っているからなのか、理由は判らないが。

JJ、と、ツォンは相手の名を呼んだ。
「もしあなただったら、どちらを選びましたか?手段を選ばずにセフィロスを止めるか、それとも…」
「オレに訊くな」
視線を空に転じ、JJは言った。
「オレにはセフィロスを殺さない理由がある。が、それは個人的なモノであって、任務とは関係ない」
「個人的な理由……?」
「神羅兵が来たぞ」
言って、JJはツォンとの会話を打ち切った。





「目が覚めたかね」
1週間後、研究所のベッドの上でうっすらと瞼を上げたセフィロスに、宝条は言った。
セフィロスはゆっくりと視線を転じて宝条を見、それからまた視線を逸らす。
「ここは研究所…か?何故……俺はここにいる…?」
「何も覚えていないのかね?」
宝条の言葉に、セフィロスは眉を顰めた。
「俺は『青龍』と戦っていて…そして__痛ッ……」
鈍い頭痛に、セフィロスはこめかみを押さえた。
そのこめかみには電極パッドが張られ、脳波がモニターされている。
はだけられた胸元も同じで、そちらは心電図をモニターする為だ。
「頭痛がするのかね?」
宝条の問いに、セフィロスは頷いた。

セフィロスを研究所に運び込んですぐに精密検査を行なったが、器質的な障害は一切、無かった。
全身をくまなく調べたが、傷痕も打ち身の跡もない。
だとすれば、意識を失っていた原因は精神的なものか……

「無理に思い出そうとする事は無い。お前は『青龍』と戦い、勝った。カタール兵も殲滅した。任務は完了だ」
セフィロスは宝条を見上げ、何度か瞬いた。
「……何故…俺はここにいるんだ…?」
「『青龍』との戦いで疲れたんだろう。私が行った時には、意識を失っていた」
宝条の言葉に、セフィロスは再び幽かに眉を顰める。
記憶を辿ろうとしたが、頭痛が酷くなるばかりだ。
「鎮痛剤を処方してやるから、暫く眠ると良い」
「『死神』…」
宝条が助手を呼ぶためにインターホンに手を伸ばしかけた時、セフィロスが呟いた。
「…なんだね?」
「俺は……ウータイでは『死神』と呼ばれ、恐れられているのだと……」
「勇猛な将が敵から恐れられるのは当然だ。それにウータイ人には、お前を『天使』と呼ぶ者もいる__『死の大天使』…と、な」
「……死神と天使は違う…」
幼い頃、ガストに読み聞かせられた絵本の挿絵を思い出しながら、セフィロスは言った。
「大して違わんよ。よく誤解されるが、本来、死神は人を殺す悪鬼では無い。死者の魂を冥府へと導く神だ」
「だけど…」

絵本では、死神は人々から恐れられ忌み嫌われ、天使は愛されていた。
挿絵でも、死神は恐ろしい姿をしていたし、天使には美しい翼があった。
だがそんな事を言えば、宝条は「下らん」と切り捨てるに決まっていると、セフィロスは思った。
昔、ガストが絵本を読んでくれた時に、「余計な真似をするな」と、いつも宝条は眉を顰めていたのだ。

脳波と心電図のモニターを見やりながら、一体、何がセフィロスを追い詰めたのだろうと、宝条は訝しんだ。
思春期にさしかかる年齢のせいか、ウータイ戦への疑問のせいか、この頃のセフィロスは精神的に不安定になりがちだ。
だから今回の『青龍』との戦いは一つの賭けだったのだが、結果は予想外だ。
セフィロス以外の生存者がいない上、セフィロス自身の記憶もはっきりしないので全ては憶測の域を出ないが、150名におよぶ神羅とカタールの兵を殲滅したのがセフィロスであるのは、ほぼ間違いない。
それ程の力をセフィロスが秘めている事に、宝条は身震いするほどの興味を覚えた。

「神羅は…魔晄炉建設で得られる利益の為に、ウータイを侵略しているだけだと……」
ぼんやりとした記憶の糸を手繰り寄せながら、セフィロスは言った。
何かとても大切な事を忘れている気がするが、それが何なのか判らない。
「『青龍』が、そう言ったのかね?」
宝条の言葉に、セフィロスは頷いた。
「魔晄炉建設による利益を狙っているのは、むしろウータイの独裁政権の方だ。神羅から魔晄炉建設と魔晄利用に関わる技術を奪い、利益を横取りしようと目論んでいる」

セフィロスは宝条を見、それからまた視線を逸らした。
頭の中に霧がかかったようで、思考がはっきりしない。

「俺は……どうしてソルジャーなんだ…?」
セフィロスの言葉に、宝条は幽かに眉を顰めた。
星の声を聞く事の出来ない『古代種』に、他に利用価値が無いからだ__その言葉を、宝条は噛み殺した。
「…ソルジャーは、気に入らないかね?」
「……判らない。だけど、俺は理由があってソルジャーになった訳でも、理由があって戦っている訳でもない」
「理由が、欲しいのかね?」
宝条の問いに、セフィロスはすぐには答えなかった。
そして、何かを思い出そうとするように、視線を宙に漂わせる。
「カタールの誇りと自由を護る為__その為に戦っているのだと、『青龍』は言っていた。だけど……俺には……」
「カタール人はウータイの統一と安定を乱す反乱分子だ。彼らの言う誇りや自由など、テロリストの御託に過ぎん」
「そうだとしても__」
セフィロス、と、宝条は相手の言葉を遮った。
「お前は今、疲れているんだ。余計なことは何も考えず、暫くゆっくり休むと良い」
セフィロスは反論しようとしたが、口を開かなかった。
考えようとすると、頭痛が増すのだ。
「プレジデントには、私が話をつけておく。暫くは、ここで静養するんだな」
「研究所に戻れ…と?」
そうだ、と、宝条は肯んじた。
「お前がいつか気に掛けていたHS-97。あれとでも遊んでいれば良い」
「アルフ…?アルフはまだここにいるのか?」
「当然だ。お前と、約束したからな」
宝条が言うと、セフィロスは漸く安堵した表情を浮かべた。






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