Apocalypse


(4)




「俺はタークスには手を出すな、と__」
途中で、セフィロスは言葉を切った。
「な…に…?」
空気が揺らぐような気の脈動を、セフィロスは感じた。
その気は、『青龍』から発せられている。
今までどんな強力なモンスターからも感じたことの無かったほどの、圧倒的な力だ。
『青龍』は、閉じていた瞼を、ゆっくりと上げた。
「…!お前、その瞳は__」
青竜刀で斬りかかられ、反射的にセフィロスはそれを正宗で受けた。
『青龍』の力は今までとは比べ物にならないほど強く、手首と腕に痛みが走る。
が、それよりもセフィロスを驚愕させたのは、『青龍』の瞳__セフィロスのそれと同じ、縦に細く変化した瞳孔だった。

「確かに手ごたえはあったのに、何故、まだ動ける…?」
思わず、クロフォードは言った。
確かに右腕と左足を貫いたのだ。それに、ケアルを使った様子は無い。
たとえ動けるにしても、その動きはかなり鈍る筈。
だが『青龍』の動きは鈍るどころか、むしろ俊敏さと力強さを増している。
それも、圧倒的に。
「今までは力をセーブしていたんでしょうか?私たちが狙っている事を知って、決着を早めようと…」
「援護射撃がアダになったか…」
改めて、クロフォードは銃口を『青龍』に向けた。
が、今の『青龍』は狙撃手の存在を警戒して動き、狙いが定められない。

「どういう事だ。お前は一体、何者だ…?」
『青龍』と切り結びながら、セフィロスは訊いた。
自分と同じ瞳を持った者など、今まで一度も会ったことが無い。
それについ今しがたまでは、『青龍』も他の人間と同じ瞳をしていた。
「お前はカタール人じゃないのか?」
「厳密に言えば、違うな」
言って、『青龍』は再び刀を振り下ろした。
何度か切り結んだ後に受けきれなくなり、セフィロスは後ろに跳び退って避けた。
が、その足元が、『青龍』の放ったブリザガで砕ける。
バランスを崩したセフィロスに、『青龍』はすかさず斬りかかった。
青竜刀がセフィロスの頭上に振り下ろされる寸前、セフィロスがファイアを放つ。
「…大した反射神経だな、『死神』」
ケアルでファイアのダメージを回復させながら、『青龍』は言った。
「それに、威力は低いものの、あの一瞬でファイアを放つとは…」

こちらは『力』を解放したのに、それでもやはりセフィロスは手ごわい相手だと、『青龍』は思った。
何より、『力』の解放は長続きしない。
無理に長く続けようとすれば、理性を失って自分をコントロール出来なくなるのだ。

「カタール人でなければ、お前は何者だ?何故…俺と同じ瞳をしている?」
「俺も知らん。俺は、赤ん坊の時に母親に連れられてカタールに来た。村に辿り着いた時には、病気で死に掛かっていたそうだ」
ウータイ独裁政権の圧政のせいで、カタールの村は貧しかった。
が、村人たちはなけなしの蓄えを出し合って薬を買い、『青龍』の生命を救った。
そしてよそ者に過ぎない母子に住む場所と仕事を与え、村で生きて行けるように計らったのだ。
「俺はカタールに生命を助けられた。俺の母親もだ。だから俺は、カタールに生命を捧げる」
セフィロスは半ば呆然として、『青龍』を見つめた。
風向きが変わり、神羅軍とカタール兵の戦いがもたらす硝煙と血の匂いが鼻腔を掠める。
「俺は……いつも人とは違うのだと言われ続けてきた。もし、お前が__」
「お前と、同じ血を引いているのかも知れんな」
セフィロスの言葉を遮って、『青龍』は言った。

どくん、と、心臓が大きく鼓動するのを、セフィロスは感じた。
物心ついた時には、研究所にいた。
周りにいるのは、白衣を着た大人たちだけ。
毎日、繰り返されるのは検査、実験、そしてまた検査。
話し相手もいなければ、シミュレーションのモンスターのほかに、『遊ぶ』相手もいなかった。
そしてそれは『孤独』と呼ばれる状態なのだと、セフィロスには判っていた。
その理由も。
------君は特別なんだ
事あるごとに、異口同音に繰り返される言葉。
孤独である事以上に、その言葉はセフィロスを苛立たせた。

「……『青龍』。もしもお前が、俺と同じ血を引いているのなら…」
「俺の、仲間になるか?」
『青龍』の言葉に、セフィロスは躊躇った。
ウータイ戦が始まってから、疑問に思う事ばかりだ。
何故、同じ人間同士が殺し合いをするのか、何故、ウータイと戦わなければならないのか、納得できる理由が無い。
だから何度か命令拒否をしたが、それは神羅兵や他のソルジャーの犠牲を増やしているだけだと言われ、やむを得ず戦闘に参加しているのだ。
「……神羅の言うことを、信じている訳じゃない。だが…信じられないのは、ウータイも同じだ」
「俺もウータイの独裁政権なんぞ、信じてはいない。だから仲間達とカタールの独立をかけて戦っている」

セフィロスは、改めて『青龍』を見た。
その瞳は灰色で、瞳孔の形を覗けば、自分の瞳に似てはいない。
髪の色も違う。
『青龍』が自分に近い存在だとは、感じられない。

「お前にはカタール人を信じる理由がある。だが…俺には無い__神羅を信じる理由も無いが」
「俺がお前と同じ血を引いているなら、カタールを信じるか?」
『青龍』の問いに、セフィロスは曖昧に首を振った。
「たとえお前が俺と同じ血を引いていても、お前はカタール人では__」
ヒュッと青竜刀が風を切る音に、セフィロスは反射的に飛び退った。
「結論は出たな。お前は、カタールの敵だ」
「……」
右頬に熱を感じ、セフィロスは手のひらで頬に触れた。
黒い革のグローブが、鮮血に染まっている。
呆然と、セフィロスは右手を見つめた。
頬を伝って一筋の血が流れる。
が、その事を、意識はしていなかった。
セフィロスが呆然と見つめたのは、頬と共に切られた一房の髪だった。

------ねえ、はかせ。僕のお母さんて、どんな人だったの?
------それは……
------きれいなひと?
------そうだ…な。君に似て、美しい女性だ
------僕は、お母さんににているの…?
------ああ。特にその髪は母親譲り、お母さんにそっくりだ

「……!」
突然、視界を覆った魔晄色の光に、クロフォードはスコープから目を離した。
2キロ近くも離れているのに、肉眼でも視認できるほどの光が、セフィロスと『青龍』の対峙している場所から発せられている。
「何が起きたんでしょうか?」
「判らない。場所を移動して、確認する」
エレオノーレの言葉に、クロフォードは答えた。
『青龍』が狙撃を防ぐ為に死角にセフィロスを誘い込んだので、二人のいる場所からはセフィロスたちの様子が窺えない。
「何だ、あれは…」
暫く走って場所を移動し、再び対物ライフルのスコープを覗いたクロフォードは、思わず低く呻いた。
セフィロスは魔晄色の光に包まれ、そのすぐ側に『青龍』が倒れている。
光はセフィロスを中心に八方に伸び、その一筋は『青龍』にも達している。
そして『青龍』の身体は、ミイラのように干からびていた。
「これは……」

他の光の筋が延びる先をスコープから確認し、クロフォードは思わず背筋が寒くなるのを覚えた。
光は大蛇のようにうねり、神羅軍とカタール兵の戦場へと伸びていた。
そしてその光に捕らえられた兵たちはもがき苦しみ、ミイラのように干からびて倒れ伏した。

「……何が起きているかは判らないが、原因はセフィロスのようだな…」
自分の傍らでスコープを覗いているエレオノーレを瞥見し、クロフォードは言った。
それから、改めてセフィロスに照準を合わせる。
「…副主任。何をする積りなんですか?」
「セフィロスを止める。さもなければ、120名の神羅軍が全滅する」
「まさか、セフィロスを殺す…と?」
もう一度、クロフォードはエレオノーレを見た。
その頬は、幽かに蒼褪めている。
「君も見て判るだろう。セフィロスは暴走している。止めるには、他に方法が無い」
エレオノーレは伏せ撃ちの体勢から身を起こした。
そして、ショルダー・ホルスターから拳銃を取り出し、クロフォードに向ける。
「私たちの任務は、セフィロスを護る事の筈です」

クロフォードは、黙ってエレオノーレを見た。
その薄茶色の瞳には、強い意志の光が見える。
まだタークスに入って2,3年目の駆け出しの頃、同じ目をした女を見た事があった。
テロリスト殲滅の任務だった。
女はテログループのリーダーの妻で、腕に赤ん坊を抱いていた。
------動くな!両手を挙げて壁に手をつけ!
タークスの命令に、女は従わなかった。
捕らえられれば拷問に掛けられた末、処刑されるのだと、はなから承知しているようだった。
女はしっかりと赤ん坊を抱いたまま身を翻し、そして、躊躇いも無く自爆した__

あの女は自らの赤ん坊を殺したのに、何故、今あの女を思い出すのだろうと、クロフォードは不思議に思った。
共通するのは恐らく、『止められない』という事だ。
そして伏せ撃ちの体勢で頭に拳銃を突きつけられていれば、次にどうなるのかは目に見えている。
「…120名もの神羅兵を見殺しには出来ない」
それでも、クロフォードは言った。
口元を幽かに歪め、エレオノーレは嗤う。
「子供を殺すのは平気なのに?」
「現実を受け入れるんだ、エレオノーレ。あれは科学技術部門が生み出した兵器だ__人間ではない」

虚空に、2発の銃声が響いた。






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