Apocalypse
(3)
「……セフィロスの様子がおかしい」
対物ライフルのスコープを覗きながら、低く、クロフォードは言った。
「動きが鈍っていますね。怪我をした訳でもなさそうなのに」
同じくスコープに片目を当てたまま、エレオノーレは応えた。
それから、心配そうな表情でクロフォードを見る。
「援護しましょう。このままでは、セフィロスが負傷するかも知れません」
「今、我々が手を出せば機嫌を損ねるだろうが……この状況では、やむを得まい」
言って、クロフォードは改めて対物ライフルを構えた。
『青龍』を生かしたまま連れ帰れという宝条の言葉が、脳裏に蘇る。
生きたまま連れ帰ったら『青龍』がどんな扱いを受けるかを思えば、殺してしまった方が本人の為だろうとクロフォードは思ったが、その考えは、浮かぶと同時に消し去った。
そして、万が一にもセフィロスにあたらぬ様、慎重に機会を窺った。
「……ウータイ政府が魔晄炉建設に反対するのは、魔晄がウータイの近代化を促進すれば、独裁政権の支配力が揺らぐからだと……」
「…ああ。そこまでなら、間違っていない」
セフィロスの言葉に、『青龍』は言った。
「だが神羅が宣伝しているような、『魔晄は完全にクリーンなエネルギーで、人々の生活水準を向上させて幸福をもたらす』なんていうのは真っ赤な嘘だ」
「嘘……?」
「そうだ。確かに魔晄をエネルギーとして利用すれば、生活は一見、便利になる。だがそれは同時に、神羅に支配される事をも意味する」
セフィロスは地を蹴って後方に飛び退り、正宗を降ろした。
「…どういう意味だ?」
「魔晄をエネルギーとして利用できるのは、神羅製品だけだ。神羅は魔晄と魔晄をエネルギー利用できる製品の独占販売で暴利を得、裏金で政治家を抱きこんで本来なら違法な市場独占を続け、更なる利益を得た」
単なる兵器製作会社に過ぎなかった神羅が、一切の不正も無く国家に匹敵する程の権力を得られたと思うのか?__『青龍』の言葉に、セフィロスは曖昧に首を振った。
「俺には……判らない…」
「判らないだろうな。お前はただ、戦う事だけを教え込まれて育てられたのだから__違うか?」
否定できず、セフィロスは口を噤んだ。
『青龍』は続けた。
「おおかた、お前には親もいないのだろう。或いは、引き離されたか」
セフィロスは、眉を顰める。
「親がいなければ何だと言うんだ?スラムでは、両親のいない子など、珍しくも無いと__」
「それが、まともな状況だと思うのか?」
再び、セフィロスは口を噤む。
「スラムこそが、神羅の言う『幸福』がまやかしでしか無い事の証拠だ。同じミッドガル市内なのに、プレートとやらの上と下とで生活に格差があるのが、まともだと思うのか?」
「俺は…スラムに行った事は、無い」
言って、セフィロスは視線を落とした。
それから、『スラムでは、片親や両親がいない子供なんて、珍しくもなかった』というエレオノーレの言葉を改めて反芻する。
『スラムでは珍しくない』とは、言い換えればプレートの上では稀だ、という意味だ。
そして、神羅軍の大尉の言葉を思い出す。
スラムの施設育ちだから、普通は出世など出来ないのだというような事を言っていた。
それが具体的に何を意味するのかは、よく判らなかったが。
「…プレートの上下で格差があるのは、神羅のせいだと言うのか?」
「魔晄のエネルギー利用が始まる前は、あんな格差など無かった。魔晄が行き渡っていない地方にも、ウータイにも無い」
嫌、と、『青龍』は続けた。
「正確に言えば、ウータイの首都にはミッドガルのスラムに似た貧民街がある。ウータイの独裁政権が利益を独占した結果、生まれたものだ」
「要するに…神羅がウータイに魔晄炉を建設するようになれば、神羅が利益を独占してウータイがスラム化すると言いたいのか?」
そうだ、と、『青龍』は頷く。
「確かに一部のウータイ人は魔晄利用の恩恵に与るだろうが、それは生活様式の神羅化を意味する。つまり目先の便利さの代わりに、ウータイの伝統と文化が破壊されるという事だ。だからウータイ人は魔晄炉建設に反対し、神羅と戦っているんだ」
「……様子が変ですね」
距離を置いて対峙したまま戦おうとしないセフィロスと『青龍』の姿に、エレオノーレは言った。
「一体、セフィロスと何を話しているんでしょう」
「捕らえてから訊けば良い」
言って、クロフォードはゆっくりと引き金にかけた指に力を込めた。
おそらく、実力が拮抗していると見て取った『青龍』が、セフィロスを説得して味方に取り込もうとしているか、隙を付いて不意打ちを喰わせようとしているか、どちらかだろう。
いずれにしろ、狙撃には絶好の機会だ。
これを逃す手は無い。
セフィロスは口を噤み、再び視線を落とした。
そのセフィロスを、『青龍』は改めて見遣る。
肌は透けるように白く、白銀の髪が時折、吹く風にしなやかに揺らいでいる。
その手に妖刀と恐れられる長刀を持っているのでなければ、とてもソルジャーには見えない。
ウータイではセフィロスは『白銀の死神』と恐れられているが、同時に『死の大天使』と呼ぶ者がいるのも不思議では無いと、『青龍』は思った。
こうして初めて直に対峙したセフィロスには予想していたような冷酷さは無く、思っていた以上に無垢だ。
チリ…と、胸の奥が焼け付くように痛むのを、『青龍』は感じた。
本当にこんな子供を騙まし討ちにしなければならないのか?
そんな卑劣な真似をしてカタールの独立を手に入れたとして、それがカタールの自由と誇りを護る事になるのか…?
「お前…何故、ソルジャーになった?」
「何故…?」
鸚鵡返しに、セフィロスは訊き返した。
それから、ゆっくりと首を横に振る。
「ゲームだと言われて、シミュレーションでモンスターと戦った。本物のモンスターと遊ばせてやると言われて、外に連れて行かれた。帰って来たら、お前はソルジャーなのだと言われた」
「お前の意思は無視…か」
思わず、『青龍』は眉を顰めた。
「だが、強制や脅迫がある訳でも無いのに神羅の命令に従っているのなら、お前は自分の意思で神羅に協力している事になる。それはお前がスラムに行った事もなく、神羅のまやかしを見抜けなかったからだろうが」
一旦、言葉を切り、それから『青龍』は続けた。
「神羅がウータイに何を為そうとしているのか__その真実を知っても、それでも尚、神羅に従うのか?」
伏せていた眼を上げ、セフィロスは『青龍』を見た。
「お前は俺を殺そうとしている敵だ。その敵の言葉を、どうして信じられる?」
「ならば__」
不意に右腕に焼け付くような痛みを感じ、『青龍』は反射的に後ろに飛び退った。
が、物陰に隠れるまでの一瞬で、二撃めが左足に命中する。
「『青龍』…?」
何が起きたか判らず、セフィロスは相手の名を呼んだ。
「狙撃手を待機させてたのか。卑怯な……」
言ってから、『青龍』は内心で自らを嘲笑した。
戦場で狙撃手を配備するのは、単なる戦術だ。
卑怯だと罵られるべきなのは、何も知らない子供を精神的に追い詰めて、騙まし討ちにしようとしている自分に他ならない。
或いはセフィロスを説得して味方に出来れば…と、その考えが浮かばなかった訳では無い。
だが、そんな真似を、神羅が許す筈は無い。
狙撃手はセフィロスを援護する為にいるのだろうが、もしもセフィロスがこちらに寝返る事があれば、その銃口は迷わずセフィロスに向けられるのだろう。
銃声が聞こえなかった事、狙撃手の気配を全く感じなかった事からして、かなりの遠距離から狙ったのだろう。
それに一瞬の内に2発を命中させられた事からして、少なくとも2名の狙撃手に狙われているのは間違いない。
そして、利き腕と片足を封じられてしまった。
つまり、敵は俺を生け捕りにする積りなのだと、『青龍』は思った。
もしも自分が神羅の手に堕ちれば、カタールは窮地に陥る。
それだけは、絶対に防がなければならない。
だが、ただでさえセフィロス相手の戦いでは不利なのに、この負傷ではとてもセフィロスの相手など出来ない。
だとすれば、取るべき道は、一つしかない__
ゆっくりと、『青龍』は瞼を閉じた。
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