Apocalypse
(2)
翌朝早朝。
セフィロスとタークス、それに神羅軍は宿営地を出、進軍を開始した。
「セフィロス。余り先を急がないでくれ。軍がついて来れない」
「俺の戦う相手は『青龍』だけだ。ウータイ軍は、神羅軍に任せる」
クロフォードの言葉に、振り返りもせずにセフィロスは言った。
「…正確には、カタール兵だ。全力で君の生命を狙っている」
「それならば尚更、神羅軍は邪魔だ」
セフィロスの言葉は、クロフォードの予想通りだった。が、それでもクロフォードは口を開いた。
「カタール兵と戦って君を援護するのが、今回の神羅軍の任務なんだ」
セフィロスは立ち止まらずに振り向いてクロフォードを瞥見した。
そして、すぐに視線を逸らす。
「だったら、『青龍』をカタール兵から引き離す」
「くれぐれも言っておくが、我々からは__」
途中で、クロフォードは口を噤んだ。
森を抜けて視界が開け、その先にカタール兵がいたのだ。
距離にして、約100メートル。
一気に、緊張が高まる。
「セフィロス…!」
クロフォードが止める間もなく、セフィロスは地を蹴って跳躍した。
陽に煌く白銀の髪を、『青龍』は瞬きもせずに見つめた。
ウータイ軍情報部から提供された資料を見た時はとても信じられないと思ったが、こうして直接対峙すると、その並外れた戦闘能力が肌で感じられる。
それでも、まだ子供だ。
推測される年齢の割りに背は高いようだが、骨格は華奢だ。
腕力と体力でならこちらに分があると、『青龍』は思った。
「散れ!」
気の脈動を感じ、『青龍』は部下に怒鳴った。
次の瞬間、セフィロスの放ったファイガが『青龍』に直撃する。
寸前で、『青龍』はリフレクでそれをかわした。
かわされたファイガはそのまま神羅軍に降り注ぐかに思えたが、一筋の蒼い光がそれを粉砕する。
「な…に?」
光は、セフィロスの振るった正宗から発していた。
------何だ、今の光は……?
思わず自問した『青龍』が次に見たのは、一瞬の内に表情が判る程の距離に移動したセフィロスの姿だった。
「お前の目的は俺の筈だ。俺と戦え」
こちらをまっすぐに見据えて言ったセフィロスを、『青龍』は改めて見た。
事前に資料を読んだ時は、その余りに高い戦闘能力と不釣合いな年齢の若さから、人間ではなく神羅が作り出した戦闘用のアンドロイドではないかと思った。
人間だとしても、戦う事だけを教え込まれた非情な殺人鬼なのだ…と。
だがその予想は、どちらも外れたようだ。
魔法を使うときに気の脈動を感じたのだからロボットではあり得ないし、リフレクで弾かれたファイガから、神羅兵を護っている。
ウータイでは『白銀の死神』と恐れられているが、少なくとも味方を平気で見殺しにする程、冷酷ではないのだろう。
------血も涙も無い殺人鬼の方が、やり易かったんだがな
内心で、『青龍』はぼやいた。
いずれにしろ、選択の余地は、無い。
「俺はあいつと戦う。神羅軍は任せる」
「危険だ。いくらあんたでも、神羅の『死神』相手に一人じゃ__」
「付いて来い!」
仲間の制止を振り払い、『青龍』はセフィロスに怒鳴ると、地を蹴った。
予想通りとは言え好ましくない展開に、クロフォードは内心で臍を噛んだ。
エレオノーレと共に走ってセフィロスの後を追ったが、とても追いつけるスピードでは無く、すぐに行方を見失った。
正宗の柄に超小型の発信機が密かに仕込んであるので無ければ、居場所が判らなくなるところだ。
受信機で居場所を特定し、狙撃銃のスコープで確認する。
小高い丘の上で、セフィロスと『青龍』は対峙していた。
「今のところ、お互い相手の出方を伺っているようだな」
剣を交わすセフィロスと『青龍』を暫く観察してから、クロフォードは言った。
「セフィロスにしては、慎重ですね」
「それだけ手強い敵…という事なのだろう」
だが、と、クロフォードは続けた。
「我々が援護する限り、セフィロスに怪我を負わせる気遣いは無い」
通常のライフルの有効射程距離は300−400メートルだが、狙撃銃ならば1-2キロ先でも致命傷を与えられる。
が、小銃弾使用の狙撃銃では1キロ以上も離れれば重力、風、湿度等、様々な要因に干渉されてしまい、援護射撃がセフィロスに当たる恐れがある。
だからセフィロスに同行する時はいつも、クロフォード達は対物ライフルを使う。
対物ライフルは12.7mm弾のような大口径弾を使用する銃であり、一般の狙撃銃をはるかに上回る距離で狙撃を行える。
そしてクロフォードとエレオノーレは、2人ともこの対物ライフルでの遠距離狙撃の名手だ。
そしてそれは、彼らが度々、セフィロスの任務に同行を命じられる理由の一つでもある。
「あの場所では、こちらから丸見えですね」
伏せ撃ちの姿勢で2脚(バイポッド)を接地した対物ライフルのスコープを覗き、エレオノーレは言った。
歴戦のつわものである『青龍』が狙撃手の存在を想定していないとは思えないし、狙撃を避ける為には見晴らしの良い場所は避けるはずだ。
にも関わらず小高い丘の上を彼が選んだのは、そこからならば神羅軍とカタール兵の戦闘が見えるからなのだろう。
「『青龍』は、仲間の様子が気になるんでしょうね」
スコープに片目を当てたまま、エレオノーレは言った。
『青龍』がセフィロスとの戦いにかかり切りになれば、人数・装備ともに神羅軍に劣るカタール兵は圧倒的に不利だからだ。
「暫く、このまま様子を見よう」
前日から感じている漠然とした不安はただの取り越し苦労だったようだ__内心で思いながら、冷静な口調でクロフォードは言った。
「さすがは神羅の誇る『死神』だな」
何度か切り結んでから、『青龍』は言った。
彼の青竜刀の大きさと重さ、そして彼自身の腕力からして、セフィロスの持つ細身の長刀など簡単に折れるかに思えたのに、折れるどころかずっしりした手ごたえで斬り返して来る。
剣の強靭さもさることながら、中性的な美貌を持つ細身の少年のどこにそんな力があるのだと、驚嘆せずにはいられない。
腕力では勝っていると踏んだが、実際にはほぼ互角だ。
しかも、セフィロスの方が身のこなしが軽い。
「『死神』…?」
幽かに眉を顰め、セフィロスは訊き返した。
その表情の変化に、矢張りアンドロイドではなかったのだと、改めて『青龍』は思った。
そして、何度見ても子供だ。
子供を殺すのは不本意だが、そんな感情は、今は棄てなければならない。
生け捕りに出来るような相手では無いし、こちらに気の迷いがあれば逆に斃される可能性も低くない。
低くないどころか、このままセフィロスの隙を見出す事が出来なければ、かなりまずい事になると、『青龍』は思った。
剣でも魔法でもセフィロスの方がわずかに上回っているのを、『青龍』は感じていた。
まさかこんな子供相手に…と、信じられない気持ちはあるが、あまたの実線で培った勘は、今まで外れた事が無い。
相手の戦闘力を的確に判断する能力が、『青龍』を今まで勝利に導いて来たのだ。
そしてその勘は、今回の戦いが酷く危険であると、『青龍』に告げている。
持久戦に持ち込めば、或いは体力面でこちらが有利に戦えるかも知れないが、その保証は無い。
何より、4倍もの数と装備に優れた神羅軍と戦う仲間達が、長くは持ちこたえられまい。
そして、この戦いにはカタール人の命運がかかっているのだ。
負ける訳には行かない__絶対に。
「お前は、俺の国では『白銀の死神』と呼ばれているんだ。知らなかったか?」
『青龍』の言葉に、セフィロスは答える代わりにもう一度、眉を顰めた。
「何故……俺がそんな呼ばれ方をしなければならない?」
セフィロスの問いを、『青龍』は意外に思った。
セフィロスが味方を見殺しにする程、冷酷でないのは判ったが、敵を殺す事には何の疑問も躊躇いも持っていないのだと思っていた。
この年齢でこれだけの戦闘力を持ち、神羅側からは『英雄』と讃えられるだけの戦果を上げたのだ。
であれば、戦う事だけを教え込まれて育てられたのだと考えて、まず間違いあるまい。
「お前ほど多くのウータイ人を殺したソルジャーは他にいない。ならば、『死神』と呼ばれ、恐れられるのは当然だ」
言うなり、『青龍』は刀を振り下ろした。
セフィロスがそれを受け、高い金属音が響き渡る。
「ソルジャーは敵を斃すのが任務だ。それはお前も同じだろう」
「同じじゃない」
剣を合わせたまま、『青龍』は言った。
「俺にも、俺の仲間たちにも護るべきものがある。カタール人の誇りと自由だ。だがお前たち神羅の狗は、魔晄炉建設で得られる利益の為にウータイを侵略しているだけだ」
「侵略…?」
わずかにセフィロスの腕の力が弱まった刹那、『青龍』は渾身の力を込めて刀をなぎ払った。
セフィロスは軽く地を蹴って後ろに跳び退る。
その着地点を狙って『青龍』はファイガを放ったが、正宗で粉砕される。
矢張り、セフィロス相手に魔法で戦うのは不利だ。
ごくりと、『青龍』は唾を飲み込んだ。
予想はしていたものの、実際、これ程の敵と対峙するのは初めてだ。
ならば、もやは手段は選んでいられない。
「そうだ。侵略だ。お前たちは神羅に暴利を貪らせる為に、ウータイの民を虐殺し、国を荒らす略奪者だ」
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