Anniversary

(4)



翌日、二日酔いの頭痛と共にアンジールは出社した。
特に任務が入っていないのでソルジャー控え室に行ったが、ジェネシスの姿は無かった。
ブレイク・ルームでだらだらしている内に昼になり、食堂に行ったがやはりジェネシスはいない。
午後からは自分がスーパバイザになっている2ndたちの任務報告に目を通し、他のソルジャーと駄弁っている内に、退社時間になった。
飯を食いに来い――そう、ジェネシスにメールして、神羅本社ビルを後にした。

「命令口調とは、随分だな」
アンジールの部屋のソファでジェネシスが言ったのは、アンジールがメールを送った三日後の事だ。
三日の間、二人は一度も顔を合わせていなかった。
見るからに不機嫌な幼馴染に、アンジールは軽く肩を竦めた。
「とにかく、休戦にしよう。今、お前と言い争う気力は、俺には無い」
「…珍しいな」
そう、ジェネシスは言った。
それから、「何があった?」と訊く。
アンジールは溜息を吐いた。
「…俺たちは同じ日に1st昇格の辞令を受けて、一緒にソルジャー統括の所へ行った。覚えてるか?」
忘れる訳が無いだろう、と、ジェネシス。
「あの時、俺たち二人は英雄セフィロスから推薦された初めてのソルジャーなのだから、誇りを持って任務に励めと――」
「俺は、違ったんだ」
アンジールは、途中でジェネシスの言葉を遮った。
「違う?」
「セフィロスに推薦されたのはお前だけだ。俺は、違った」
「そん……」
唖然として、ジェネシスは目を見開いた。
「セフィロスが推薦したのはお前だけで、俺は推薦したソルジャーからスーパバイザを引き継いだだけなんだと、セフィロス本人に言われた」
「…帰還報告に行った時に…か?」

ジェネシスの問いに、アンジールは頷いた。
そして、溜息を吐く。

「あの時、俺は休暇を取って実家に帰って、セフィロスが推薦してくれて1stになったんだって話したんだ。英雄に実力を認められたなんて大変な名誉だって、親父がすごく喜んでくれてな。いつも誇りを大切にしろって、口癖みたいに言ってた人だったから…」
アンジールの父親は、数ヶ月前に過労で亡くなっていた。
元々、あまり身体が丈夫な方では無かったし、アンジールがソルジャーになった時に買い与えた高価なバスターソードの支払いの為に無理をしたのが祟ったのだ。
「お袋は昇格なんかしたらその分、危険な任務が増えるだろうって、あまり良い顔はしなかったが…。親父はやたらと喜んでくれて、『お前は俺の誇りだ』って」

その時の事を思い起こし、アンジールは口元に幽かに笑みを浮かべた。
が、すぐにその笑みは消える。
ジェネシスは静かに席を立ち、アンジールに背を向けて窓際に立った。

「親父が喜んでくれただけじゃなくて、俺自身も嬉しかったし、誇らしかった。お前ほどじゃないが俺だってセフィロスには憧れてたし、セフィロスに実力を認められるなんて、最高の名誉だと思った」
「…アンジール…」
アンジールに背を向けたまま、ジェネシスは幼馴染の名を呼んだ。
アンジールは、幽かに苦笑した。
「はっきり言って、あの時の俺は舞い上がってたな。だから二日だけの休暇なんか取って、実家にとんぼ返りしたんだ。お前は、実家に電話しただけだったよな」
「俺は…せっかくセフィロスがスーパバイザになってくれたんだから、少しでもセフィロスの近くにいたかったんだ…」
言って、ジェネシスはアンジールの方に振り向いた。
「だが結局、俺たちが初めて英雄に拝謁が叶ったのは、それから何週間も後だったな。しかも最初に同行した任務では、ヘリの中で完全に無視された」
ジェネシスの言葉に、アンジールは軽く肩を竦めた。
「無視って言うか…俺たちからは話しかけてないしな。あの時は確かに話しかけづらい雰囲気で、何を考えてるのか判らないと思ったが。今にして思えば、セフィロスは人付き合いの仕方が判らないから、任務以外の事を話さなかっただけだろう」
「ああ…そうだな。そしてあの時の任務では俺たちの危機を救ってくれて、戦いぶりを誉めてくれた」
「…俺は負傷して先にヘリに戻ってたから、セフィロスのその言葉は聞いていない」
視線を落とし、アンジールは言った。
ジェネシスは、整った眉を幽かに顰める。
「……落ち込んでヤケ酒飲むなんて、お前らしくない」

自嘲気味に、アンジールは嗤った。
それから、視線を上げてジェネシスを見る。

「この前も言ったとおり、2ndや3rdの連中も、俺には大事な仲間だ」
だが、と、アンジールは続ける。
「お前やセフィロスは、あいつらと同列なんかじゃない。何があっても決して失いたくない、かけがえのない、大切な友人なんだ」
ジェネシスは、何も言わなかった。
ただアンジールに歩み寄り、強く抱きしめた。



「俺たちが初めて雑誌でセフィロスの記事を読んだのが、四年十一ヶ月十五日前だ」
やがて、ジェネシスが言った。
「記念日の話か?だが…この前の執務室での雰囲気じゃ、呼んでも来てくれるかどうか…」
「そんなに…?」
いつになく弱気なアンジールの言葉に、ジェネシスは表情を曇らせた。
「素っ気無いのはいつもの事かも知れんが、帰還報告に来なくて良いって言われたからな。友人どころか、俺たちのスーパバイザも辞める気かも…」
「まさかそれは無いだろう?1stのスーパバイザをやれるソルジャーなんて、そうはいない」
「だが1stになってある程度、実績を積むと、スーパバイザはいらなくなるからな」
言って、アンジールは軽く溜息を吐いた。
ジェネシスは暫く黙っていたが、やがて口を開く。
「とにかくセフィロスの所に行って、話してみよう。これ以上、セフィロスに会えない日が続くなんて、耐えられない」
「…まるで恋人だな」
軽く笑って、アンジールは言った。
ジェネシスは、不機嫌そうに幼馴染を睨む。
「お前だって、自分がセフィロスに推薦されたんじゃ無かったと知って、ヤケ酒飲んで俺に八つ当たりする位に落ち込んでたじゃないか」
「八つ当たりじゃない――まあ、ともかく、うじうじ悩んでても仕方ない。明日にでもセフィロスに会いに行って、この前の事、素直に謝ろう」
アンジールの言葉に、ジェネシスは頷いた。



翌日、アンジールとジェネシスは、出社するとすぐにセフィロスの執務室に向かった。
二人はセフィロスの友人だと思われているので、難なく奥に通される。
セフィロスは重厚な造りのライティング・デスクの向こうに座り、何かの本を読んでいた。
アンジール達が行くと顔を上げてそちらを見たが、何も言わないし、表情も変えない。
「…この前は、俺の誕生日に来てくれて有難う。それに…色々と、済まなかった」
ジェネシスの言葉に、セフィロスは瞬いた。
それから、「何が?」と訊く。
アンジールとジェネシスは顔を見合わせた。
そもそもセフィロスがあの時の事をどう思っているか判らないのに、下手に謝るのは藪蛇だ。
「わざわざ来てくれたのに…俺が飲みすぎてしまって」
「別に…謝るほどの事じゃない」
言って、セフィロスは本のページに視線を戻した。
再び、アンジールとジェネシスは顔を見合わせる。
「……読書の邪魔をして済まなかった。俺はただ、この前のお礼を言いたかっただけだから――」
「再来週の金曜、良かったら一緒に飯を食わないか?」

話を切り上げようとしたジェネシスを遮って、アンジールは言った。
セフィロスは眼を上げ、アンジールを見る。

「五年前のその日に、俺とジェネシスは、初めて雑誌の記事でお前の事を知ったんだ。それでお前に憧れて、ソルジャーを目指した。あの記事を読んでなかったら、今の俺たちは無かった」
だから、と、アンジールは続けた。
「その日は俺たちに取って、大切な記念日なんだ。間接的にだが、お前に出会えた事を、運命に感謝している」
「感謝…?」
そう、セフィロスは訊き返した。
「…俺はあんたに出会えた事を感謝している。あんたを知って、俺は初めて自分の人生に目標を持てたんだ」
「俺も同じだ。嫌…正直に言えば、俺はジェネシスの熱意に影響された形だったが…。それでも、お前に出会えた事を感謝しているのはジェネシスと同じだし、誇りに思っている」
ジェネシスとアンジールの言葉に、セフィロスは何度か瞬いた。
それから、口を開く。
「…だから?」
三度、アンジールとジェネシスは、顔を見合わせた。
「だから…一度、一緒に飯でも食いながら、お前と話がしたい」
「ここでは、駄目なのか?」
アンジールの言葉に、そう、セフィロスは訊いた。
「駄目って訳じゃないが…ここではお前は俺たちのスーパバイザで、俺たちはお前の部下だ。だからどこか仕事を離れた所で、友人として話したい」
そう、アンジールは言った。
セフィロスは、「わかった」と、短く答えた。


それからの三日間、アンジールとジェネシスの二人は、どうやってセフィロスとの関係を修復するか、そればかりを話し合っていた。
結果として、アンジールは後輩たちのトレーニングの相手もせず、ジェネシスとばかりいる事になった。
「悪いな。今日も大事な話があるんだ」
そう、謝るアンジールに、後輩たちは不満そうな顔をしながら、渋々、去ってゆく。
「…良いのか?面倒見の良さで売ってるアンジール・ヒューレーなのに」
「そういう言い方は止めろ。それにさっき来てた連中は、半分は俺に昇格の推薦をして欲しくて付き纏っているようなもんだ」
アンジールの言葉に、ジェネシスは笑う。
「別に俺に気を遣わなくたって良いさ。それに、半分が下心って事は、半分は純粋にお前を慕ってるんじゃないのか?」
後の半分は、と、溜息と共にアンジールは言った。
「俺を踏み台にして、あわよくば『英雄セフィロス』に近づこうって魂胆なんだ」
アンジールの言葉に、ジェネシスは眉を顰めた。
「何て身の程を知らない連中だ。お前もお前だ。それが判ってて、どうしてあんな連中に利用されてるんだ?」
「たとえ下心があっても、やる気があって自分でも努力している奴なら、俺は自分に出来る範囲でサポートしてやりたい。ただ、それだけだ」
それに、と、アンジールは続ける。
「少なくとも俺がスーパバイザをやってる連中は、さっきの奴らよりはマシだし、下心丸出しの連中を、セフィロスに近づけようなんて思わない」
「だったら良いが…な」
ジェネシスが言った時、ジェネシスとアンジールの携帯が同時に鳴った。

ブリーフィング・ルームに向かった二人は、そこで遠征任務を言い渡された。
期間は二週間だ。
「それじゃ、セフィロスとの約束の日までに帰って来れない…」
「セフィロスとの約束?」
思わずぼやいたジェネシスに、ソルジャー統括が訊き返した。
「セフィロスと、何を約束しているんだ?」
「一緒に、食事を」
「…その程度の予定なら、別に他の日でも良いだろう」
幾分か不機嫌そうに、ソルジャー統括は言った。
ただでさえセフィロスの命令拒否に手を焼いているのに、その友人となったアンジール達にまで不文律の『特権』を濫用されてはたまらないと思っているのだ。
「そうは行かない。特別な日だ」
そう、ジェネシスは言った。
統括は溜息を吐く。
「…だったら他の者に代えよう。難易度的に1st二人は必要だが、君たち以外に動かせる1stは今、一人しか残っていない。余り好ましい状況ではないが、2ndの数を増やせば――」
「待って下さい。俺たちは、ミッションを受けないなんて言ってない」
統括の言葉を遮って、アンジールは言った。
「アンジール…。セフィロスとの約束は十一日後だぞ?」
「だからって1st二人が必要な任務に、誰かを一人で行かせる訳にはいかないだろう。頑張れば、何とか三日くらいは短縮できる」
指令書を読みながら、アンジールは言った。
それから、同行させる2ndの人数を二名ほど増やせないか、ソルジャー統括に訊く。
「それくらいならば、手配できるが…。三日短縮なんて、本当に出来るのか?」
「もちろんです」
「当然だ」
殆ど同時に言って、アンジールとジェネシスは視線を交わし、軽く笑った。




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