Anniversary

(3)



週が明けて出社したアンジール達を待っていたのは、遠征任務の指令書だった。
二人は別々のミッションを与えられ、それぞれの任地へ向かった。
ミッドガルに戻って来たのは、ジェネシスが一週間後、アンジールは十日後の事だ。
「あの後、どうした?」
飯でも食いに来ないかとジェネシスを自宅に誘って、そう、アンジールは訊いた。
「…あれ以来、セフィロスには会ってない」
幾分か憂鬱そうに、ジェネシスは言った。
「会いに行かなかったのか?まるで恋人か何かみたいに、遠征から戻ったら必ずセフィロスの所に行っていたお前が?」
アンジールの言葉に、ジェネシスは溜息を吐いた。
それから、視線を逸らす。
「そんな積りは無かった。それでも…俺はセフィロスを傷つけてしまった」
「…怒ってはいなかった…と思うが……」
他に言うべき言葉が見つからず、そう、アンジールは言った。
ジェネシスは、ゆっくりと首を横に振る。
「怒ったのならまだ見込みがある。セフィロスは、人形みたいに無表情だった。俺たちに、心を閉ざしてしまったんだ…」
「それは…」

考えすぎじゃないのかとは、アンジールには言えなかった。
ジェネシスの言うとおり、あの時のセフィロスは、血が通っていない作り物のように無表情で、感情を持たないかのように淡々と喋っていた。
それに、セフィロスは元々、人に心を開かない性質で、それだけに親しくなるのにも時間がかかったし、気を遣った。

「確かに……セフィロスがどんな環境で育ったかを思うと、あれは無神経だったな。懐かしさにかまけて、セフィロスの立場で考えてやれなかった俺も同罪だ」
だから、と、アンジールは続けた。
「このままにする訳には行かない。どうにか償わないと」
「どうやって?」
「それは……どうにかして。とりあえず、また飯でも一緒に食うか?」
アンジールの言葉に、ジェネシスは眉を顰める。
「セフィロスは、お前が可愛がってる単細胞な後輩連中とは違うんだぞ?『美味い飯でも食わせてやれば機嫌が治る』って訳には行かない」
「そんな事は判ってる。だが誕生日の失敗のリベンジをするなら、やっぱり誕生日か何かじゃないか?」
「セフィロスの誕生日がいつか、本人も知らないのに…か?」
一旦、アンジールは口を噤んだ。
それから、「宝条博士ならば知っているかも」と言う。
が、ジェネシスは首を横に振った。
「セフィロスは宝条博士を嫌っているんだ。余計な事を訊くなと、却って不快がらせかねない。何より、セフィロス自身が自分の誕生日を祝う積りが無ければ……」

途中で、ジェネシスは一旦、言葉を切った。
それから、続ける。

「…セフィロス自身がどう思っていても、俺はセフィロスが生まれて来てくれた事に感謝している。ただの夢見がちな子供に過ぎなかった俺に、確かな目標を与えてくれた」
「だったら…俺たちが最初にセフィロスに会った日を、記念日にして祝うっていうのはどうだ?」
ジェネシスの言葉に、アンジールは言った。
が、ジェネシスは再び首を横に振る。
「俺たちがセフィロスに最初に会ったのは、一年二ヶ月と十日前だ。次の記念日まで、九ヶ月と二十日もある」
「だったら…一緒に休暇に行った時は?あの時、セフィロスが初めて俺たちを友人だと言ってくれたよな」
随分、細かく覚えているなと思いながら、アンジールは言った。
三度、ジェネシスは首を横に振る。
「それだと記念日は、六ヶ月と二日後だ。念のために言うと、お前の次の誕生日は十ヶ月先まで来ない」
尤も、と、ジェネシスは続けた。
「お前の誕生日には2ndや3rdの連中が大勢、押しかけるからな。そんな所にセフィロスは来ないだろうし、俺も行く気は無い」
「それじゃ、記念日は無理か…」
溜息と共に、アンジールはぼやいた。
天井を見、それから再び幼馴染に視線を戻す。
「小細工は止めて、素直にセフィロスに謝らないか?」
「何をどう謝るんだ?『あんたが研究所でモルモットみたいな育てられ方をしたのを知っているのに、自分たちの幸せな子供時代を見せ付けるような真似をして済まなかった』とでも?」

アンジールは口を噤んだ。
セフィロスには親もおらず友人もおらず、ただソルジャーとなる為の英才教育だけを受けて育てられたのだ。
初陣までは、研究所の外の世界を知る事すら無かった。
今でこそ『英雄』として国中の少年たちの憧れの的となり、社内でも破格の特別扱いを受けている。
が、本人は英雄と称揚される事を、余り快く思っていないようだ。
最初、それが何故なのか理解できなかったが、そんな育てられ方をしたのでは無理も無いと、今では思う。

「とに角…一度、セフィロスに会いに行かないか?あれから十日も経ってるんだし、今、行けばセフィロスも、以前通りかも知れない」
「…行くならお前、一人で行ってくれ」
視線を落とし、ジェネシスは言った。
「せっかく自分でもセフィロスの友人だと思えるくらいに親しくなったのに、初めて会ったばかりの頃のような態度を取られたら……」
そうなったらジェネシスは酷く傷つくだろうと、アンジールは思った。
プライドが高いのでそれを態度には出さないが、ジェネシスは元々、傷つきやすい性質だし、何よりセフィロスに対する憧れの気持ちは、五年前から変わらず強いのだ。
「…判った。明日にでも、帰還報告に行って来る」
そう、アンジールは言った。



翌日、アンジールは神羅本社ビル内にあるセフィロスの執務室に向かった。
非番なので、私服だ。
ビルの高層階には社長室や重役たちの部屋があって、機能を優先した他のフロアとは違い、重厚かつ豪華なインテリアで設えられている。
セフィロスの執務室もその一隅にあり、初めてそこに行った時には、ラフな私服で来たのを幾分か、後悔したものだ。
彫刻を施された厚い木の扉をノックすると、やや間をおいて中から扉が開いた。
開けたのは、タークスの若い男だ。
確かツォンとか言う名前だったと、アンジールは思った。
「今日は一人か?」
何度かジェネシスと一緒にここに来た時に会っているので、そう、ツォンは訊いた。
アンジールは頷く。
「昨日、遠征任務から戻ったので、帰還報告に来た」
「その格好なら休みなんだろう?だったらセフィロスの相手を代わってくれ」
「相手…?」
訊き返したアンジールに、ツォンは「そうだ」と、答える。
「君たちが遠征でいない間、我々タークスが交代でチェスの相手をさせられている。お陰で他の仕事が溜まってしまって、いい迷惑だ」

それがアンジールとジェネシスのせいであるかのように、ツォンは言った。
アンジールは幽かに眉を顰めた。
そもそもセフィロスにチェスを教えたのはジェネシスだ。
その時以来、ジェネシスは何度かこの執務室でセフィロスのチェスの相手を務めたが、セフィロスがタークスに相手をさせたのを、アンジールは見た事が無い。
「…他の仕事って、ここにはセフィロスの護衛でいるんじゃないのか?」
それが名目でしか無い事を判っていながら、アンジールは訊いた。
セフィロスは任務以外の時は殆ど自分の執務室に篭っていて、その控えの間にはタークスが『護衛』として詰めている。
が、最強のソルジャーに護衛など必要ないのは明らかだ。
「当直の日には丸一日、ここにいなければならないが、その間にも他の調査任務があるし、作らなくてはならない書類が山ほどある。君たちソルジャーと違って、我々は本来、事務職なんだ」

愚痴るツォンの後に続いて、アンジールは執務室の奥に入った。
室内も廊下と同じく重厚で豪華な調度品で設えてあり、部屋の奥には更に扉がある。
その扉が専用エレベータの扉で、セフィロスの私室と研究所に通じている事を、アンジールはここに何度か来る内に知った。
そして、そこから外に出られない事も。
外に出る為にはタークスのいる控えの間を通らなければならない。
要するに、タークスはセフィロスの監視役なのだ。
それをセフィロスも判っているからなのか、毎日、顔を合わせていても、タークスとは任務以外の話をしない。
だから、チェスの相手をさせるような事も無かった――今までは。

「セフィロス。続きは君の友人とやってくれないか?」
ツォンの言葉に、セフィロスはアンジールを見た。
「アンジールでは駄目だ。相手にならない」
素っ気無く、セフィロスは言った。
アンジールはかろうじてルールを知っているレベルなので、短期間で何千という定跡を覚えたセフィロスとはとても勝負にならないのだ。
「あ…ああ、そうだな。俺じゃ無理だ。ジェネシスならとも角…」

ツォンは、チェスボードに視線を戻したセフィロスと、その場に佇むアンジールを交互に見た。
アンジールは、次に何を言うべきか迷った。
ここでセフィロスが「ジェネシスは?」とでも訊いてくれれば話の繋ぎようもあるが、セフィロスはただチェスボードを見ている。
そして長い前髪が邪魔して、表情が読めない。
――俺たちに、心を閉ざしてしまったんだ…
ジェネシスの言葉が、アンジールの脳裏に浮かんだ。
ジェネシスの言う通りにも思えるが、そうとも言い切れないと、アンジールは思った。
セフィロスは元々あまり感情を表に表さないし、物言いが素っ気無い。
最初、セフィロスに会ったばかりの頃はそういう態度を冷たいと思った事もあるが、セフィロスがどんな環境で育てられたのかを知ってからは考えが変わった。
セフィロスは余りに閉鎖的な環境で育てられたせいで、人付き合いの仕方が判らないのだ。
それをこちらが理解してやれば、決して悪い奴ではないし、冷淡でもないのだと、アンジールは思っていた。
だが今は、何を話せば良いのか判らない。
セフィロスがジェネシスの名を口にしないのも、敢えて避けているように思えた。

「…だったらこの一局を最後にしよう。書類仕事が溜まっているんだ」
渋々、セフィロスの向かいに座り、ツォンは言った。
「お前が俺に勝つまで相手をする約束だ。それに、今日は当直だろう?」
「当直なのは君の護衛任務に関してであって、チェスの相手は任務に含まれていない」
ツォンの言葉に、セフィロスは黙って相手を見た。
それから、長い腕を傍らのデスクの上にある電話に伸ばす。
「まさか、ハイデッガー統括に電話して任務内容を変更させる気じゃ…」
慌ててセフィロスの腕を押さえて、そう、ツォンは言った。
「ハイデッガーじゃない。プレジデントだ」
何でもない事の様に、セフィロスは言った。
ツォンは軽く溜息を吐き、「判った」と呟く。
それから、恨めしそうにアンジールを見た。
「……遠征から戻ったので、帰還報告を…」
それ以上、間を持たせられず、アンジールは言った。
その言葉に、セフィロスは再びアンジールに視線を向ける。
「帰還報告ならソルジャー統括じゃないのか?」
「統括には昨日、戻った時に報告した。お前は俺を1stに推薦してくれたスーパバイザだからな。お前にも報告をと思って」

旧時代の国軍の形式を継承している神羅軍と違って、ソルジャーには明確な上官―部下の関係が無い。
無論、クラスが上のソルジャーは下のクラスのソルジャーに命令する権限を持つが、それは個々の任務で同行した時の話であって、誰が同行するかはその時のミッションによって異なる。
従って、恒常的に特定の部隊を編成し、それに所属する、という事は無い。
それにソルジャーの任務ではせいぜい数名程度のチームで行動するので、厳格な命令系統よりも、個々のソルジャーの状況に応じた判断が優先されるのだ。
だが、それだけだとソルジャー統括が全てのソルジャーを直接管理しなければならない事になり、それは事実上、不可能だ。
そこで神羅軍の部隊長に代わる職制として、スーパバイザがある。
ソルジャーは昇格時に上位クラスのソルジャーの推薦を必要とするので、2nd以上のソルジャーに関しては、通常は推薦した者がスーパバイザとなる。
そして、アンジールとジェネシスのスーパバイザは、セフィロスだ。

「俺はお前のスーパバイザだが、1stに推薦したのは俺じゃない」
表情を変える事も無く、淡々とセフィロスは言った。
「ジェネシスは俺だが、お前を推薦したのは今はもう、いないソルジャーだ。俺は、スーパバイザを引き継いだだけだ」
「……」
セフィロスの言葉に、アンジールはすぐには何も言えなかった。
アンジールとジェネシスは、同じ日に1st昇格の辞令を受け取った。
そして、『英雄セフィロスに推薦された初めてのソルジャーなのだから、誇りを持って任務に励め』とソルジャー統括から激励された。
あの時の感動は、今も忘れていない。
「お前もジェネシスも、俺に帰還報告する必要は無い。ソルジャー統括に報告すれば、それで充分だ」
「……判った」
他に何も言えず、そう、アンジールは言った。



セフィロスの執務室を出たアンジールは、そのままトレーニングルームに向かった。
遠征から戻ったらトレーニングの相手をすると2ndのソルジャーたち――彼らのスーパバイザはアンジールだ――に約束していたし、何より、思いっきり身体を動かしたかった。
頭の中を、空っぽにしたかったのだ。
夕方までトレーニングルームで過ごした後、3rdも含めてアンジールを慕う若いソルジャーたちと共に繁華街に繰り出した。
そして、気がついたら、酒を注文していた。
いつもは後輩のソルジャーが酒やタバコに手を出すのを窘めていたが、その日はそんな気になれなかった。
それにミッドガルでは、未成年でもソルジャーであれば酒・タバコは黙認されるのだ。

「今までどこで何をやっていたんだ?」
夜、遅く自宅に戻ったアンジールを迎えたのは、ジェネシスの不機嫌そうな質問だった。
二人は互いに部屋の合鍵を渡しているので、いつでも相手の部屋に入れた。
と言っても、実際にはジェネシスがアンジールの家に来るのが殆どで、アンジールがジェネシスの所に行く事は、殆ど無い。
「…来てたのか」
「お前、酒を飲んでるな。だったら尚更、セフィロスとは一緒じゃ無かった訳だ」
何があった?と、ジェネシスは訊いた。それから、セフィロスはどうだった?とも。
「タークスにチェスの相手をさせていた。俺じゃ相手にならんからな。帰還報告だけして、帰って来た」
「だったら今まで何を?」
「後輩連中のトレーニングに付き合って、その後、外で一緒に飯を食った」
キッチンに入り、コップに水を汲んで飲んでから、アンジールは答えた。
ジェネシスは、眉を顰めた。
「どうしてセフィロスが、タークスなんかとチェスを?もう、俺たちとは付き合わない気か…?」
「帰還報告は、必要ないそうだ。俺も、お前も」
アンジールの言葉に、ジェネシスは幾分か不安そうな表情になった。
「やっぱり……セフィロスは怒っているんだ。どうする、アンジール?」
「どうするって、言われてもな…」
再びコップに水を汲んだ幼馴染に、ジェネシスは不満そうな表情を向けた。
「何を他人事みたいに言ってるんだ?それに、こんな大事な時に、何でザコどもと食事になんか行った?」
「ザコは言いすぎだ」
「英雄セフィロスに比べたら、ザコ以下のゴミみたいな存在だろう」

ジェネシス、と、アンジールは低く相手の名を呼んだ。
そして、見据えるような目で見る。

「お前が昔からセフィロスに憧れているのは知ってるし、今、セフィロスの事で悩んで苛ついているのも判る。だが、俺の仲間を侮辱する事は許さん」
「仲間だと…?」
「そうだ、仲間だ。俺にとっては、お前やセフィロス同様、あの連中も大切な仲間なんだ」
アンジールの言葉に、ジェネシスの表情が険しくなる。
「俺だけならまだしも、セフィロスまであんな虫ケラ連中と同列にする気か?スラムで安酒を飲みすぎたようだな」
「お前こそ、いい加減にしろ。俺がスーパバイザをやってるのは、俺が才能と努力を見込んで指導している連中だ。いずれ1stになる素質が――」
それがどうした、と、ジェネシスはアンジールの言葉を遮った。
「お前だって俺と同罪だと自分で認めただろう?今はセフィロスとの友情が壊れてしまうかどうかの瀬戸際なんだ。2ndのゴミどもに係わってる場合じゃない」
「お前に取ってゴミでも、俺には仲間だと言った筈だ。それに、俺はお前みたいに四六時中、セフィロスの事だけ考えていられるほど暇じゃない…!」

思わず怒鳴ってしまってから、アンジールは後悔した。
が、謝る気にはなれない。

ジェネシスは苛立たしげに髪をかき上げ、それから口を開く。
「…そうだろうな、相棒。お前は俺と違って、他に友人も懐いてくる後輩も、たくさんいるんだ。セフィロスや俺と友人で無くなっても、痛くも痒くもないだろう」
むしろ、と、ジェネシスは続けた。
「お前にはその方が好都合なんじゃないのか?何でお前みたいに良い奴が俺みたいな我儘な奴の友達なんだって、言われずに済むからな」
「…ジェネシス…」
「俺が知らないとでも思ったのか?子供の頃も、こっちでソルジャーになってからも、お前が同じ事を言われ続けているのを。特に2ndの連中は、俺がお前と一緒にいるせいで碌に話しかけられない、だから俺が遠征でいないとせいせいするって言ってるのを…な」
それだけ言うと、ジェネシスはアンジールに背を向け、そのまま部屋を出て行った。




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