Anniversary

(2)



土曜の昼。
ジェネシスはセフィロスを自宅まで迎えに行き、その間にアンジールは食事の支度をした。
セフィロスの自宅は神羅本社ビル内にあり、セフィロスが任務以外でビルを出る事は滅多に無い。
アンジールたちと友人付き合いを始める前は、一度も無かったのだ。
だからプライベートで外出する事には、まだ慣れていない。
それで、ジェネシスが迎えに行ったのだ。
それまで何度かアンジールの家で三人で食事をする機会はあったが、ジェネシスの部屋に行くのは初めてだった。
「酒は駄目だ」

セフィロスにワインを勧めようとしたジェネシスを、アンジールは止めた。
初めてセフィロスをアンジールの家に招いて手料理を振舞った時、ジェネシスが飲ませたワインのせいでセフィロスが体調を悪くした事があった。
それ以来、セフィロスに酒を飲ませるのは宝条によって厳禁されている。

「少しくらい良いだろう?今日は俺の誕生祝いなんだ」
「あれだけきつく宝条博士に言われたのを忘れたのか?それ以前に、俺たちは未成年だ」
ジェネシスは三日前、アンジールはその二ヶ月前に17歳になったばかりだ。
そう言えば、と、セフィロス。
「誕生日のお祝いだと言っていたが…誕生日と言うのは、祝うものなのか?」
一瞬の間を置いて、ジェネシスは笑った。
「ただの口実だ。バノーラのような貧しい村では、村祭りとか誕生日とか、何か口実でも無いと贅沢が出来ないからな」
ジェネシスの説明に、アンジールは口を開きかけた。
が、そのまま口を噤む。
「バノーラというのは確か、お前たちの故郷だろう?貧しい村なのか?」
「何も無い所だからな。良かったら、あとでアルバムを見せる」
ジェネシスの言葉に、セフィロスはただ軽く頷いた。

食事の後、三人はダイニングテーブルから、リビングのソファに座を移した。
アンジールは自分とセフィロスの為にハーブティーを淹れ、ジェネシスは一人でワインを飲み続けている。
セフィロスと自分が乾杯の一杯しか付き合わなかったので拗ねているのだと、アンジールは思った。
「感じの良い村じゃないか」
ジェネシスが持って来たアルバムを開き、セフィロスは言った。
「貧しいと言うから、スラムの様な所かと思った」
アンジールとジェネシスは視線を交わし、軽く笑った。

ミッドガルと地方の格差は激しい。
ミッドガルに出てきたばかりの頃は、見るもの聞くもの全てが珍しく、新しい経験の連続だった。
アンジール達だけでなく、地方の村から出てきた若者は皆、同じで、新米ソルジャーの頃はそれで先輩にからかわれた事も一度や二度ではない。
プライドの高いジェネシスはその度にムキになって故郷を擁護し、アンジールは幼馴染を宥めるのに苦労した。
いずれにしろ、故郷を誉められるのは嬉しい。

「スラムはプレートの上との格差を見せ付けられるから荒れるんだ。バノーラでは皆が貧しいから、すさんだりはしない」
「皆が貧しいと言っても、こいつは例外だがな。地主のお坊ちゃんだから」
ジェネシスの言葉に、アンジールは笑って言った。
セフィロスは、興味深そうにアルバムのページをめくる。
一枚目の写真には木造の大きな建物が写っていて、門の前にたくさんの少年たちがいる。
「…これがお前の家なのか?」
「それは学校だ。一緒に写っているのは同級生の悪ガキども」
こっちが俺の家で、これが両親だと、別の写真を示してジェネシスは説明した。
アンティーク家具で設えた居間で、仕立ての良い服を来た男女と一緒に、子供の頃のジェネシスが写っている。
次の写真は、簡素な家の前で撮った物だった。
「これはアンジールの家族と一緒に撮ったやつだ」
「この女性は、アンジールに似ている」
「ああ。俺のお袋だ」
この写真、いつ撮ったやつだっけ?と、アンジールはジェネシスに訊いた。
アンジールの両親とまだ幼い二人が一緒に写っている写真は、四人家族のように見えた。
「さあ…覚えてないな。そもそもこれ、誰が撮ったんだ?」
「バノーラでまだカメラが珍しかった頃のじゃないか?お前が学校でカメラを見せびらかして、皆で珍しがってやたら写真を撮った時があっただろう」
「見せびらかした覚えなんてない」
アンジールの言葉に、幾分かむっとした表情でジェネシスは言った。
アンジールは笑う。
「お前の親父さんが気前良く焼き回しして皆に配ってくれたお陰で、うちみたいな貧しい家でも思い出を取っておけるんだ。その写真は、俺も持ってる」
セフィロスは、アンジールを見て何度か瞬いた。
それから、別の写真に目を留める。
「…これは?」
「イースターの仮装だ。みんなで仮装して、村中の家を回ってお菓子をねだるんだ」
「うちなんか貧乏でお菓子も自由に食えなかったからな。その分、イースターは楽しみだった」
「だからって、うちで焼いたパイを腹を壊すまで食べるなんて、やり過ぎだろう」
笑って言ったジェネシスに、それは違う、と、アンジール。
「毎年、みんなで腹いっぱいに詰め込んだのは確かだが、腹を壊したのは俺じゃない」
「そういう事にしておいてやる――こっちは村祭りの時だな」
次の写真を見て、ジェネシスは言った。
「確か、ジェシカがリンゴの女王に選ばれて、ちょっとした騒ぎになった年のだな」
アンジールの言葉に、それはこれの次の年だと、ジェネシス。
「良く覚えているな」
「俺がバノーラ・ホワイトを使ったリンゴジュースで賞を取った年だからな。忘れる筈が無い」
「そうだったな…。授賞式の写真はどこだ?」
「あれは別に取っておいてある」
言って、ジェネシスはアルバムをめくった。
次のページには、たくさんの少年少女が写った写真が収められている。
「懐かしいな。裏山にハイキングに行った時のか」
「グループ分けで、女の子の取り合いになったな。そんな下らない事で喧嘩になって、あれは懲りた」
ジェネシスの言葉に、アンジールは笑った。
「女の子がみんなお前と同じグループに入りたがったから、やっかまれたんだ。お前の味方をしたせいで、俺まで爪弾きにされた」
「俺の味方をしてくれたのは、お前だけだったな…」
「親友だからな」
短く、アンジールは言った。
その言葉に、ジェネシスは口元に笑みを浮かべた。
整った外見と地主の一人息子という地位のせいで、ジェネシスは女の子に人気があった。
が、それを妬まれるのと意地っ張りでプライドの高い性格のせいで、同性の友人はアンジールだけだったのだ。
そしてそれは、ミッドガルに出て来てからも変わらない。
覚えてもいないくらいに幼い頃からずっと一緒にいるので普段はそれが当たり前のような気がしているが、それでも時折、ジェネシスはアンジールの変わらぬ友情に感謝していた。
もっとも、それを口に出したり態度に出したりはしないが。
変わったのは、彼ら二人に、セフィロスという新しい友人が増えた事だ。

「…済まない。内輪話ばかりで退屈だろう?」
そのセフィロスが口を噤んでいるのに気づき、ジェネシスは謝った。
が、セフィロスは答えなかった。
ただ、黙って写真を眺める。
「……セフィロス?」
無表情でアルバムをめくるセフィロスの名を、アンジールは呼んだ。
セフィロスは尚も黙って何ページかアルバムをめくり、それから口を開いた。
「…お前たちは、いつも一緒にいたんだな」
「あ…ああ――嫌、いつもって訳じゃないが、写真を撮った時には……」

曖昧に、アンジールは語尾をぼかした。
セフィロスは無表情で、視線をアルバムに落としたままだ。
長い睫毛が、雪のように白い肌に陰を作る。
そして無表情のセフィロスは、大理石の彫像か、白磁の人形のように見えた。

「そういう事…か」
「……え?」
独り言のように呟いたセフィロスに、アンジールは訊き返す。
「学校に行ったり、同級生と遊んだり、家族が一緒に過ごしたりして、それを思い出として写真に残す。それが、普通なんだな」
「……それは……」
アンジールは口ごもった。
ジェネシスの方を見たが、ジェネシスは口を噤み、俯いてしまっている。
「俺は研究所で育てられて、初陣の時まで外に出た事が無かった。『遊び相手』は実験用のモンスターだけだったが、あれは実際には遊びではなく、戦闘訓練だった。写真を撮るのは、記録として。実験動物の観察データと同じ扱いだ」
平淡な口調で、淡々とセフィロスは続けた。
「子供の頃の話をすると、皆、変な顔をする。訊かれた事に答えただけなのに、どうしてそんな反応をされるのか、今まで判らなかった」
やっと、理由が判った――アルバムの写真を見つめたまま、そう、セフィロスは言った。
写真の中では、少年の頃のアンジールとジェネシスが肩を組み、笑っている。
「ジェネシス…?」
不意にジェネシスが席を立ち、アンジールは相手の名を呼んだ。
「済まない…。飲みすぎたようだ」
それだけ言うとジェネシスは踵を返し、寝室へと消えた。
セフィロスはゆっくりと目を上げ、閉ざされたドアを見遣る。
相変わらず、無表情だ。
「ちょっと様子を見てくるから、悪いがここで待っててくれ」
セフィロスに言って、アンジールはジェネシスの後を追った。

ジェネシスは床の敷物の上に、膝を抱えて座っていた。
「大丈夫…か?」
飲み過ぎが原因で無いのは判っていたが、そう、アンジールは訊いた。
「…馬鹿か、俺は」
床を見つめたまま、ジェネシスは言った。
「三人でいるのに、俺たち二人が赤ん坊の頃から仲良くしてましたなんて写真を見せびらかして、それでセフィロスが疎外感を感じないと思うなんて、どうかしていた」
言うべき言葉が見つからず、アンジールは口を噤んだままでいた。
ジェネシスは溜息を吐いた。
「俺はもっとセフィロスの事を知りたかったし、俺の事も知って欲しかった。俺たちは『英雄セフィロスの友人』として他のソルジャーに羨ましがられてるが、実際にはお互いのプライベートな事は、殆ど何も知らない…」
「…セフィロスが、話したがらないから…な」
「何をやってるんだ、俺たちは?」
傍らに立ち尽くすアンジールを見上げ、苛立たしげにジェネシスは言った。
「俺たちはセフィロスが特殊な環境で育てられた事も、両親がいない事も知っている。任務以外で神羅ビルの外に出た事が無かったのも、戦うこと以外、殆ど何も知らないのも」
それなのに、と、ジェネシスは続けた。
「あんな写真を見せてセフィロスがどう思うか、考えなかったなんてどうかしてる。セフィロスが研究所でモンスターと戦わされている時に、俺たちは田舎でのんびり暮らして馬鹿みたいに笑って写真に納まってたんだ……」
アンジールは、口を噤んだままでいた。
バノーラにいた頃、セフィロスの記事をジェネシスに見せられた時の事を思い出す。
写真で見るセフィロスは、自分たちと同じ年頃の少年であるにも拘らず常に毅然としていて、その超然とした雰囲気に憧れたものだ。
だが今にして思えば、年端も行かない子供が無表情でモンスターを倒す姿は、どこか異常だ。

アンジールがリビングに戻ると、セフィロスは一枚の写真を見つめていた。
アンジールとジェネシスが、アンジールの両親と一緒に写っている写真だ。
「この写真が、一番、良く撮れていると思う」
白磁の人形を思わせる美貌に何の表情を浮かべる事も無く、独り言のようにセフィロスは言った。
いつ撮ったのかは定かではないが、多分、自分たちが六歳くらいの頃だろうと、アンジールは思った。
何か嬉しい事でもあったのかどうかは覚えていないが、ジェネシスもアンジールも、満面の笑みを浮かべている。
自分で見ても、幸せそうだ。
「…セフィロス、今日は……」
途中で、アンジールは言葉を切った。
セフィロスが不快そうであるならば、疎外感を味わわせてしまって悪かったと謝っただろう。
寂しそうならば、お前は俺たちの大切な友人なのだと、口先だけでなく心から言っただろう。
だがセフィロスは無表情だった――初めて、ブリーフィング・ルームで会った時のように。
「その…来てくれて有難う。主役が中座してしまって悪かったと、ジェネシスが言ってた」
他に言うべき言葉が見つからず、苦し紛れにアンジールは言った。
セフィロスは視線を上げて、アンジールを見た。
「今日はもう、帰った方が良さそうだな」
「嫌、そういう意味で言った訳じゃ……」
アンジールは言ったが、セフィロスは席を立ち、踵を返した。
類稀に美しい白銀の髪が、しなやかに揺らぐ。
「…家まで送ろう」
「大丈夫だ。いい加減、タクシーの乗り方くらい覚えた」
それでも、と、アンジールは言った。
「お前をちゃんと家まで送ってやってくれと、ジェネシスに頼まれてる。今日はあいつの誕生祝いだからな。我儘を聞いてやらないと」
アンジールの言葉に、セフィロスは「そうか」と短く言った。


化学技術部門第一研究所第三実験室。
人気の無い薄暗いその部屋で、セフィロスは一つの実験用ポッドに歩み寄った。
ゆっくりと手を伸ばし、ガラスに触れる。
ホルマリンで満たされたポッドの中には、大型の猿に似た『モンスター』の姿があった。
「お前が自分からここに来るのは珍しいな」
セフィロスの背後から声を掛けたのは、宝条だ。
セフィロスは、振り向きも答えもしなかった。
ただ、黙ったまま冷たいガラスを撫でる。
「…落ち込んでいるようだな」
「落ち込む…?」
宝条の言葉に、セフィロスは訊き返した。
視線は、ポッドに向けたままだ。
「お前がソレに会いに来るのは、外で嫌な事があった時だからな」
セフィロスは幽かに首を横に振り、「そんな事は無い」と、呟く。
フン…と、宝条は鼻を鳴らした。
「今日は確か、ジェネシス・ラプソードスの誕生祝いに行って来たのだったな。のこのこそんな下らない所に行くから、落ち込んで帰って来る羽目になるんだ」
セフィロスは宝条を見、幽かに眉を顰めた。
「俺は落ち込んでなんかいないし、下らなくも無い」
「では訊くが、お前は誕生日を祝う意味が判るのかね?」
「意味?」

鸚鵡返しに、セフィロスは訊き返した。
ジェネシスはただの口実なのだと言っていた。
ただの口実なら、意味など無い筈だ。
だが、意味はあったのだとセフィロスは思った。
それが何であるかは、判らなかったが。

「判らないのは、それがお前の関わるべき世界では無いからだ」
そう、宝条は言った。
セフィロスは答えない。
「お前は特別なんだ。その事を、忘れるな」
「……周りが嫌でも思い出させてくれる」
ポッドの中を見つめ、独り言のように、セフィロスは呟いた。




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