Anniversary

(1)



「誕生日?」
「ああ。ジェネシスの」
訊き返したセフィロスに、アンジールは頷いた。
「来週の水曜、ジェネシスの所で一緒に飯を食う予定なんだ。作るのは俺なんだが、良かったらお前も来ないか?」
すぐには答えず、セフィロスはアンジールの傍らのジェネシスを見た。
当事者であるにも拘らず、ジェネシスは口を噤んでいる。

初めてアンジールとジェネシスの二人がセフィロスの任務に同行したのは、一年と少し前の事だ。
それ以降、何度か任務を共にし、ジェネシスの努力の甲斐もあって、セフィロスの休暇に同行する位、親しくなった。
任務以外の時に一緒にいる事も少なくなく、二人はセフィロスの友人なのだと、周囲には思われている。
だがそれでも、任務以外では滅多に神羅本社ビルの外に出ないセフィロスが、自分の誕生日を祝いに来てくれるのか、ジェネシスには自信が無かった。
正確に言えば、誘えば来るだろうとは思っていた。
セフィロスはアンジールの手料理を気に入っているのだ。
アンジールが料理を作ると聞けば、来る筈だ。
だが、アンジールの料理目当てではなく、自分の誕生日を祝って欲しいと、ジェネシスは思っていた。

「水曜でなくとも、来てくれるんだったら、お前の都合に合わせるが」
「…誕生日というのは生まれた日の事じゃ無いのか?どうしてそれが来週なんだ?」
幾分か不思議そうに訊いたセフィロスに、アンジールは一瞬、言葉に詰まった。
が、すぐに笑顔を見せる。
セフィロスの知識が恐ろしく偏っていて、信じられないくらいに世間知らずなのは、もう、判っているのだ。
「俺が言ったのは、生まれたのと同じ日の事だ。つまり一年の中の、月と日付が同じ日だ」
「それで?」
「それでそのジェネシスの誕生日のお祝いをやるから、お前も来ないか?」
「…何故?」
短く、セフィロスは訊いた。
ピクリと指先が震えたのを、ジェネシスは自分で感じた。
が、すぐに平静を装って笑みを浮かべる。
「別に忙しいなら良いんだ。手間を取らせて悪かった――行こう、アンジール」
「お…おい、ジェネシス。話はまだ終わって――」
「これ以上、セフィロスを煩わせるな。行くぞ」
アンジールの腕を引っ張って、ジェネシスはセフィロスの執務室を出た。


「何を怒っているんだ、ジェネシス?話はまだ途中だったじゃないか」
「途中だと?あれ以上、何を話す事があると?」
苛立たしげに言ったジェネシスに、アンジールは幽かに溜息を吐いた。
アンジールには、ジェネシスの気持ちが判る。
ジェネシスは少年の頃からずっとセフィロスに憧れ、少しでもセフィロスに近づきたくてソルジャーになったのだ。
寝る間も惜しんで努力を重ね、短期間で1stになったのも、セフィロスに認められたいからだ。
初めて任務でセフィロスに同行してからは、余り人に心を開かないセフィロスに慎重に近づき、時間をかけて友情を育んだ。
その間には友情が壊れてしまいかねない出来事もあったが、今ではセフィロスの友人だと、自他共に認めるくらいに親しくなっている。
それでもジェネシスは、セフィロスを自分の誕生日に呼ぶ事を躊躇っていた。
断られて、傷つくのを恐れたのだ。
それを、「絶対に大丈夫だから」と説得したのはアンジールだ。
「…セフィロスは招待を断った訳じゃない。ただ、どうして自分が呼ばれたのか判らないだけだ」
「呼ばれる理由が判らないというのは、応じる気が無いのと同じだろう?俺たちは1stになってまだ二年目のひよっこで、英雄とは格が違うんだ」

ジェネシスの言葉に、アンジールは再び軽く溜息を吐いた。
確かにセフィロスの神羅カンパニーでの扱いは全てにおいて特別で、別格なのだと感じる事もしばしばだ。
自分たちはセフィロスの友人の積りでいるが、会社の上層部はそれを認めていないのだと思わざるを得ない事も、たびたびある。
だが、それはあくまで上の連中の話だと、アンジールは思った。

「セフィロスは格だのなんだの気にするような奴じゃ無いだろう?」
「もう、この話は止めよう。そもそも子供じゃあるまいに、誕生日なんて祝う必要も無い」
ジェネシス…と、アンジールは宥めるように幼馴染の名を呼んだ。
ジェネシスは元々、ナイーブな少年だった。
感受性が豊かなせいもあって、傷つきやすい。
そして傷つきやすいのに負けず嫌いで意地っ張りな面もあって、自分が傷ついている事を隠そうとするのだ。
それでわざと辛辣な物言いをして周囲に誤解される事も少なくないが、兄弟のようにいつも一緒にいるアンジールには、ジェネシスの本心が判る。
「お前も知っているだろう?セフィロスは自分がいつ、どこで生まれたのかも知らないんだ。当然、誕生日を祝って貰った経験も無いだろう。だから、こういう事に慣れて――」
途中で、アンジールは言葉を切った。
「そうか…。どうして自分が呼ばれたのか判らないんじゃない。何故、誕生日を祝うのかが判らないんだ」

アンジールの言葉に、ジェネシスは半ば唖然として相手を見た。
それから、整った眉を幽かに顰める。

「…自分の誕生日を祝って貰った事も、誰かの誕生日を祝った事も無い。だから、誕生日を記念日として考えた事も無いんだな…」
セフィロスは余り自分の事を話したがらない。
それはセフィロスの育った環境が余りに特殊で、話を聞いた者が思わず眉を顰めるような内容が少なくないからだ。
そしてそんな反応を示される事を嫌って、セフィロスは自分の事を話さない。
それが判っているので、アンジールとジェネシスは、セフィロスが何を言っても平静を装って受け流すようにし、常識外れの質問にも驚いたりせず丁寧に説明してやっていた。
彼らがセフィロスの友人でいられるのは、それも理由の一つだ。

「だったら、ちゃんと説明すれば――」
「駄目だ」
アンジールの言葉を、ジェネシスは遮った。
「何て言って説明する気だ?『普通は誕生日を祝うものだ』?そんな言い方をすれば、セフィロスはきっと――」
傷つく、と、その言葉をジェネシスは飲み込んだ。
こちらにまっすぐに歩み寄って来るセフィロスに気づいたからだ。
滅多に自分の執務室から出てこない英雄の姿に、控え室にいる他のソルジャーたちの間に、低いざわめきが走る。
「宝条に掛け合ったが、水曜はどうしても検査をすると言い張られた。別の日にしてくれないか?」
「ジェネシスの誕生日の話…か?」
訊き返したアンジールに、セフィロスは頷いた。
アンジールは口元を綻ばせた。
「その週なら俺たちはいつでも大丈夫だから、お前の都合の良い日で構わない」
「じゃあ、土曜は?」
OKだ、と、アンジールは笑った。
セフィロスも、軽く笑う。
「お前の料理が食べられるのは、楽しみだ」
「ああ。腕によりをかける」
セフィロスは頷き、踵を返した。


「良かったじゃないか」
セフィロスがソルジャー控え室を出て行ってから、アンジールは言った。
が、ジェネシスは不満そうな表情だ。
「セフィロスは俺の誕生日を祝いたい訳じゃない。ただ単に、お前の料理が食べたいだけだ」
「…祝いたくない訳でも無い。ただ、祝う理由が判らないだけだ」
言って、アンジールは幽かに眉を顰める。
「誕生日を祝う意味が判らないなんて…哀しいな」
「セフィロスを、哀れむ気か?」
ジェネシスの言葉に、アンジールは首を横に振った。
「子供の頃、誕生日って言うとご馳走が食えるのが単純に嬉しかった。セフィロスにだって、そんな経験があっても良いだろう?まあ、俺の手料理じゃ、役不足かも知れんが」
「子供の頃、俺の誕生日には、普段、ろくに口を利いた事も無い連中が料理目当てで押しかけて来ていたな」
幾分かうんざりした口調で、ジェネシスは言った。
アンジールは笑う。
「バノーラは貧しいんだ。それくらいは、地主の息子として当然の慈善事業だと思え」
「バノーラではそんなだったから、俺はセフィロスには……」
途中で、ジェネシスは言葉を切った。
「別に料理目当てでも良いさ。それで、セフィロスが楽しんでくれるなら」
アンジールは笑い、幼馴染の肩をポンと軽く叩いた。




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