「なあ。今晩、何が食べたい?」
兄の手をしっかりと握り任務へと向かう道すがら、サスケは訊いた。
暁の首魁との戦いで万華鏡写輪眼を酷使した結果、イタチは失明していた。
今は、サスケがイタチの『眼』だ。
毎朝、自分の任務の前にイタチを暗部詰所まで送ってゆき、夕方には迎えに行く。
二人暮しなので、食事の支度も身の回りの世話も全てサスケがしている。
サスケも自分の任務があるのでそう、暇ではないが、兄の世話が出来る事は純粋に嬉しい。
三代目火影からの密命を受けて暁に潜入していたイタチは、木の葉の里に戻った後、暗部情報部の部隊長として作戦立案・情報分析の任に就いていた。
サスケはイタチの口添えで__口うるさい里の上役も、人生の半分を潜入任務に投じ、木の葉のみならず他の忍里の崩壊をも防いだ功績者のたっての望みを無碍には出来なかった__里抜けの罪を赦されたが、規則に従って未だ下忍の位にある。
サスケと同じく上忍並みの実力ありと周囲から認められながら、未だ下忍の地位にあるナルトと共に、次の中忍試験に備えているところだ。
「そうだな…。別に何でも。お前の好きな物で良い」
何気なく答えたイタチに、サスケは思い切り不満そうな表情を浮かべた__それが兄には見えないのだと、判っているから。
「オレに気を遣うんだったら、コレが食べたいって、はっきり言ってくれた方が良いって前にも言ったろ?献立を考えるのって、意外に大変なんだぜ?」
「そうか。だが俺も、余りそういう質問に慣れていないからな」
言って、晴れやかに笑ったイタチの横顔に、サスケは安堵を感じた。
共に木の葉の里に戻り、再び一緒に暮らし始めた頃は、全てが不安だった。
眠りに就くたびに、これはただの夢であって目覚めたら自分は大蛇丸のアジトにいて、イタチに復讐するための修行を続ける日々が戻って来るのではないかと思うと、中々寝付けなかった。
イタチと一緒にいてもそれがただの幻ではないかと不安になり、イタチの姿が無ければもう二度と会えないのではないかと慄いた。
二人ともそれぞれに任務に戻り、『平穏』と呼べる日々が繰り返されるようになって二ヶ月。
ようやく今の生活に慣れてきたところだ。
「それは判ってるけどさ。でも、今日は特別な日だろ?」
「…特別な日?」
サスケの言葉に、イタチは鸚鵡返しに問い返した。
「あんたもしかして、今日が何の日か、判ってないのか?」
「……ああ」
暫く考えてから、イタチは答えた。
サスケはやっぱり、と呆れた溜息を吐き、それから笑った。
「今日は、あんたの21回目の誕生日だぜ?」
イタチは幾分か意外そうに盲いた眼を瞠り、そして口元に微笑を浮かべた。
「覚えていてくれたのか」
「忘れる訳、ないだろう?__たった一人の…兄さんなんだから」
口の中で呟くように『兄さん』と言った時、幽かに頬が熱くなるのをサスケは覚えた。
そうやって呼ぶのは、もう8年ぶりだ。
イタチの冤罪が晴らされ里に戻ってからも、すぐには昔のように接する事は出来なかった。
8年のあいだ、ずっとイタチに復讐する事しか考えていなかったのだ。
急に気持ちは切り替えられない。
木の葉病院に入院していた頃、同じく入院中のナルトが会いに来ても、初めはどう接して良いのか判らなかった。
一族を滅ぼしたのがイタチでは無かった事。
極秘任務で暁に潜入していたイタチに、生命を助けられた事。
その全てが罠か何かに思えて、すぐには信じられなかったのだ。
だから満面の笑顔で「良かったな」と言うナルトに、何も答えられなかった。
退院した後、ナルト達に刃を向けた事は謝ったが、以前のような気持ちで接する事が出来るようになったのは、再び一緒に何度か任務をこなしてからだ。
退院後、イタチとは一緒に暮らしているが、却ってきっかけが掴み難く、今まで『兄さん』とは呼べずにいた。
「ありがとう、サスケ」
どういう反応を示すのだろうと思っていたイタチは、サスケの予想に反してあっさりと答えた。
肩透かしを喰ったような気にはなったが、失望はしなかった。
イタチと一緒にいられる。
その、優しい笑顔を見る事が出来る。
ただそれだけの事が、今はたまらなく嬉しい。
「だが食べたいものと言われても、すぐには思いつかないな。お前に任せる」
「じゃあ、何か欲しいものは?」
子供の頃にはクナイや手裏剣をあげたかったが小遣いが足りず、仕方なく野の花を摘んで贈った事を思い出しながら、サスケは訊いた。
眼の見えない今のイタチには、忍具も花も無用の物だ。
「その気持ちだけで充分だ」
「そういうのはナシだぜ?それじゃオレの気が済まない」
イタチは立ち止まり、サスケのほうに視線を向けて微笑った。
「俺の一番、欲しいものは、もう手に入ったからな」
「……え?」
イタチはそっと手を伸ばし、サスケの頬に軽く触れる。
「里に戻り、お前とまた一緒に暮らすこと。お前に、もう一度『兄さん』と呼ばれること__それが、俺の何よりの望みだった」
一気に頬が赤くなるのを感じ、サスケは慌てて顔を背けた。
そしてすぐに、イタチには見えないのだと気づく。
表情で気持ちは伝えられない。
ならば、言葉にするしか無いのだ。
「……それじゃ、あんたへの誕生日プレゼントにはならねぇよ」
だって、と、サスケは続けた。
「それは、オレの一番の望みなんだから」
サスケの言葉に、イタチは整った顔に優しい微笑を浮かべた。
そしてサスケの癖毛に指を絡め、愛撫するようにして梳く。
ずっと昔に花を摘んで贈った時にも、こんな風に頭を撫でてもらったのだと、サスケは思い出した。
あの頃には遠い憧れでしかなかった兄が、今は手の届くところにいる。
これが夢ならば永遠に醒めないで欲しいと、サスケは心から願った。
「…そろそろ行かないと、任務に遅れる」
ずっとこのままこうしていたいという気持ちを何とか抑えて、サスケは言った。
そうだな、と軽く頷いたイタチの手に指を絡め、その温もりを確かめながら歩き出す。
喪った人たちは還らないし、失った時も取り戻せない。
けれども何事も無ければ、自分がいかに恵まれているかにも気づけなかっただろう。
もしもあの惨劇が無ければ、周囲の賞賛を一身に集めている兄を妬み、疎ましく思い続けていたかも知れない。
今はただ、イタチと一緒にいられることを運命に感謝したい気持ちでいっぱいだ。
暗部の詰め所に着くと、門の所で鳥の面を付けたイタチの部下が待っていた。
ここから先は、部外者は立ち入り禁止だ。
「それじゃ、また夕方に迎えに来る」
「ああ、判った」
軽く微笑って言うと、イタチはサスケから手を放した。
代わりに案内の部下の肩に手を置き、踵を返す。
「__兄さん…!」
イタチの後姿が厚い扉の中に消えようとした時、サスケは呼びかけた。
「まだ言ってなかったけど、誕生日、おめでとう」
生まれて来てくれて、ありがとう。
オレの兄さんでいてくれて、ありがとう。
言葉に尽くしきれない想いを心の内で呟いたサスケを振り返って、イタチは夢見るように美しく微笑んだ。
■前編ではまだお互いに馴れてなくてぎこちない二人でしたが、この中篇では新婚夫婦も砂を吐きそうないちゃらぶを目指してみました(笑)
イタチさんが優しいお兄ちゃんに戻ったので、サスケも感情を隠さず素直な子です。
ただお年頃なので色々とテレはありますが(^.^)
次の後編はサスケお誕生日編の予定です。
■イタチさん、お誕生日おめでとうございます♪
生まれて来てくれて、ありがとう。
たくさんの萌えをありがとう。
どうかいつまでもご無事で(切実;)
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