「ホラ、味噌汁。熱いから気を付けろよ」
イタチが味噌汁の椀をしっかりと受け取ったのを確認してから、サスケは手を放した。
渡す時に、一瞬、指先が触れる。
「いつも済まない。料理も何もかも、お前ひとりにやらせてしまって」
「それは言わない約束だろ?」
「だが__」
「何かするたんびに一々、礼を言われるのはうざいんだよ」
イタチの表情が曇るのを見て、サスケは後悔した。
木の葉の里に戻り、再び一緒に暮らすようになって1週間。
まだお互いがお互いに馴れなくて、ちょうど良い距離感が掴めない。
と言うより、二人とも里に戻って以前のように一緒に暮らしているのだと言う事実が、まだとても現実のものとは思えないのだ。
サスケの小隊『蛇』とナルトたち木の葉の2小隊はそれぞれに暁を追い、幾たびかの戦いを経て暁のアジトへと辿りついた。
そこで彼らを待ち受けていた暁の首魁との戦いとなったが、想像を絶する首魁の強さにサスケもナルト達も苦戦を強いられた。
苦戦と言うより、それは殆ど一方的な殺戮に近かった。
あの時イタチに助けられていなかったら、サスケは死んでいただろう。
「…悪ぃ。オレが言いたかったのはただ……」
イタチの為に焼き魚の身を箸でほぐし、骨を取り除きながらサスケは言葉を捜した__どう言えばうまく気持ちを伝えられるのだろうと、悩みながら。
「あの時、あんたが助けてくれなかったらオレは死んでた。あんたが他の尾獣の力を無力化していなかったら、きっとナルト達も殺られてただろう」
だから…、と言いながら、サスケはもどかしさを感じていた。
生命を助けられた事は確かに感謝している。
だが、言いたいのはもっと別の事だ。
ただそれが何なのか、うまく言葉に出来ない。
「…俺はその為に10年も暁に潜入していたんだからな」
微苦笑して、イタチは言った。
暗部入隊の半年後、イタチは三代目火影から密命を受け、木の葉の里に身をおいたまま暁に潜入した。
先に暁に加担していた大蛇丸がイタチを仲間に引き入れようと工作していた事を逆手に取っての作戦だった。
イタチは極秘裡に行動していたが、やがてその動きにシスイが不審を感じるようになった。
シスイは実の弟のように可愛がっていたイタチが11歳になるやならずで暗部に入隊した事でイタチの身を案じ、暗部にいる友人を通じて密かにイタチの様子を窺っていたのだ。
イタチが三代目から受けた命令は極秘であった為、他の暗部隊員もイタチの行動の理由を知らされておらず、結果としてイタチが不審な行動を取っているかのように見えてしまったのだ。
イタチの行動を監視するようになったシスイはそれに気づいた暁によって殺され、自殺を偽装された。
その頃から暁の首魁は里を抜けるようにイタチに要求し始めたが、三代目の命令もあってイタチは木の葉に留まり続けた。
要求に応じないイタチに業を煮やした暁の首魁はうちは一族を皆殺しにし、その罪をイタチに被せて里を抜けざるを得ないよう、追い込んだ。
事態がそこに至り、三代目はイタチを潜入任務から解こうとした。
里を抜けてしまえば連絡を取るのが困難になり、何よりイタチの身を危険に晒すことになるからだ。
だがイタチは任を解かれる事を拒んだ。
暁の目的は全ての忍里を崩壊させるものであり、それは何があっても阻止しなければならないからだ。
そして何より、そこで暁への潜入を止めてしまったら、殺された一族の死が無駄になってしまう。
三代目は事の重大さとイタチの心情を酌んで、イタチが里を抜けて暁への潜入を続行する事を許可した。
三代目の死後、イタチへの密命は五代目となった綱手にのみ引き継がれた。
潜入任務では正体を知られることが即、死に繋がる為、イタチは里と連絡を取る事を一切せず、綱手はイタチの任務に関し、硬く口を閉ざしていた。
「お前をそれに巻き込んでしまったのは、済まないと思っている」
まっすぐにサスケの方に視線を向けて、静かにイタチは言った。
イタチが3年前に木の葉に現われたのは、暁がナルトを初めとする人柱力を狙い、尾獣の力を手に入れようとしている事を伝える為だった。
そこでサスケと再会したのは、イタチの予想外だったが。
「…任務だったんだから仕方ない。って言うより……」
サスケは一旦、言葉を切り、それからまた続けた。
「オレはこの8年の間、ずっと一人で苦しんでた」
「…済まない」
「そうじゃなくて、オレは自分が孤独なんだと勝手に思い込んでた。オレの気持ちなんて誰にも判らないし、判る筈も無いと思ってた。ナルトやサクラの想いを無視して、勝手に里を棄てて……」
サスケはイタチの手に、軽く触れた。
「オレなんかより、あんたの方がずっと孤独で辛かった筈なのに、オレはあんたを憎む事しかしてなかった」
「そう仕向けたのは、俺だからな」
「…理由を訊いても良いか?」
「哀しみは人の心を弱く、憎しみは強くする__そう、思ったからだ」
イタチの言葉は、サスケには意外では無かった。
そして復讐という目的が、自分の8年間を支えていたのだと改めて思う。
もしもその目的が無かったら、突然の喪失と哀しみに押し潰されてしまっていただろう。
「あんたは……暁のリーダーを憎んでたのか?一族を皆殺しにして、あんたに濡れ衣を着せたヤツを」
さもなければあんな戦い方は出来ないだろうと思いながら、サスケは訊いた。
暁の首魁とイタチの戦いは壮絶を極め、地形が変わり、後には何も残らない程だった。
イタチもサスケも重傷を負って木の葉病院に三ヶ月入院し、やっと退院したのが1週間前だ。
「憎悪はあったかも知れない。だがあの戦いの時には、お前を助けることしか考えていなかった」
イタチの言葉に、サスケは眼を瞠った。
「シスイが殺された時、一族の他の者にも害が及ぶ可能性を考慮すべきだった。嫌、可能性がある事は判っていたのに、虐殺を防げなかった」
だから、と、自分に触れているサスケの手に自らの手を重ね、イタチは続けた。
「もうこれ以上、大切な人が死ぬのは見たくないと思った。どうしても、お前だけは助けなければ…と」
不意に目頭が熱くなり、視界がぼやけるのをサスケは感じた。
そして、自分が言いたかった事が何であるのか、はっきりと気づく。
「…あんたはやっぱりオレの憧れで、遠いけどいつかは追いつきたい目標で…また一緒に暮らせるようになって……嬉しいぜ」
大好きな兄さんだから、と、口には出さず、心中でサスケは呟いた。
「…泣いているのか?」
「ちょっと風邪気味で、鼻が詰まってるだけだ」
心配そうにイタチに問われ、サスケは幾分か焦って乱暴に目元を拭った。
「とにかく、オレはあんたと一緒にいられて、あんたの為に何か出来るのが嬉しいんだ。料理でも身の回りの世話でも何でも。だから一々、気を遣ったり、他人行儀に恐縮したりするのは止めてくれ」
兄弟なんだから、と、サスケは付け加えた。
「そうだな…」
微笑って、イタチはサスケの方に手を伸ばした。
サスケは僅かに躊躇ってからイタチの手を取り、自分の頬に触れさせる。
「いつか言ったように、俺はお前の越えるべき壁として、お前と共に在り続けるさ__これからは、ずっと」
イタチの優しい口調と頬に触れる手の温もりに、再び透明な滴が頬を伝うのを、サスケは覚えた。
だが今度は拭おうともせず、流れるに任せる。
そして嬉しくて流す涙もあるのだと、生まれて初めて味わう実感を噛み締めていた。
■去年はお祝いなのに暗い話でしたが、今年は「だったら良いな」シリーズと銘打って(?)こうであって欲しいという兄弟の行く末を捏造してみました。
一応、これは前編で続きがある筈です(筈って…;)
本文中に明記はしていませんが、イタチさんはサスケを助ける為に万華鏡写輪眼を酷使した結果、失明しています。
■イタチさん、お誕生日おめでとうございます(*^_^*)
ますます美貌に磨きがかかってこれからが楽しみです。
だから死なないで……(あ、暗い締めに……;)
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