「お話なら、ここで伺います」
話があるからオレの家に来ないかと誘ったシスイに、イタチは冷淡な口調で答えた。
シスイは苦笑し、軽く肩を竦める。
「そう、他人行儀にするなよ。オレ達、兄弟みたいにして同じ家で育った仲じゃないか」
シスイはミコトの従兄妹の子だが、早くに母親を病気で亡くし、父親は任務で不在がちだった。
そしてそのずば抜けた才能が子供の頃から顕著だった事もあって、一族の長老の家で育てられた。
イタチもまた、一族の当主の座を継ぐ者として、しきたりに従ってアカデミー卒業までは長老の家に預けられていた。
厳しいしきたりにばかり縛られる陰鬱な屋敷の中にあって、二人がお互いを誰よりも身近に感じていたのは当然の成行だった。
シスイは改めてイタチに向き直り、声を潜めた。
「身体の事で、お前が色々と辛い想いをしているのは知ってる。オレも本当に心配しているんだ。だから…」
少しの間だけ、話をする時間をくれと言われ、イタチは渋々それに従った。

中忍になってから、シスイは長老の家を出て実家に戻っていた。
父親が任務で生命を落としてからは、一人暮らしだ。
その気ままさと端正で精悍な容姿、それに忍としての卓越した実力のせいもあって、18になったばかりのシスイは既に両手では足りぬと言われる数のくのいちと浮名を流しており、その噂はその手の事に疎いイタチの耳にも入っていた。
「身体の具合はどうなんだ?任務に支障を来たすとか、そういう事はないのか?」
シスイの問いに、イタチは黙って首を横に振った。
「勿論、お前が任務に手を抜くような事がないのは判ってる。だけど、くのいちみたいに休暇を申請する訳にも行かないから、辛い日もあるんじゃないか?」
シスイが暗に月のものの事を言っているのだと判り、イタチは視線を逸らせた。
「……母上から薬を貰っているから……」
「じゃあ、やっぱり痛みはあるのか__可哀そうに」

イタチはシスイを見、すぐにまた視線を逸らした。
自分が両性具有なのだと気づいてから、戸惑うことばかりだ。
シスイの言うとおり、月のもののある時にきつい任務が入ると、いくら痛み止めの薬を飲んでいても辛いものがある。
体調不良を理由に暗部の任務を休む為には暗部付きの医療忍の診断書が必要になるので、休む事も出来ない。

「オレの知り合いのくのいちの医療忍が、先週付けで暗部に配属されたんだ。その娘(こ)に頼んで、お前の身体が辛い時に任務を休めるよう、診断書を出して貰おうか?勿論、診察は無しで、だ」
「診断書を…?」
逸らしていた視線をシスイに戻し、イタチは言った。
「うまく理由を誤魔化しておくから、お前の身体の事がばれる心配は無い」
「…そうして貰えるなら、助かる」
「判った。さっそく頼んでおくよ」
シスイに礼を言って席を立とうとしたイタチを、シスイは引き止めた。
「話はまだあるんだ」
「でも…今日はもう、時間も遅いし」
「泊まって行けよ。母上にはオレから連絡しておくし、晩飯くらい、作ってやる。それに、明日、任務休みなんだろう?」
引き止められた事にイタチは幽かな困惑を覚えたが、便宜を図ってくれる相手を邪険にも出来ず、それに子供の頃、一緒に育った気安さもあってシスイの勧めを受け入れた。



話はまだあると言いながら、シスイは中々それを切り出さなかった。
夕食の間は他愛の無い世間話や新しく開発した術の話、それに長老の家にいた頃の思い出話などして場を繋いだ。
そうしている内にイタチの気持ちも大分和らぎ、入浴を終えて用意された寝室に入った時には一緒に暮らしていた頃のような親しみを、再びシスイに対して感じるようになっていた。
自分が両性具有だと気づいたこと、そしてそれが一族中に知れ渡ってしまってから、ずっと心痛の絶えない日が続いていた。
こんな風に寛いだ気持ちになれたのは、久しぶりだ。

「それで、話ってなんですか?」
必要なものが足りているかと様子を見に来たシスイに、イタチは訊いた。
シスイはすぐには答えず、畳の上に腰を降ろした。
それから、イタチを見る。
「お前が辛い想いをしているのに今まで何もしてやれなくて、悪かったと思っている」
「……シスイ…」
「オレも驚いたんだ。それに長老たちが一族全体の問題にしちまったから、下手に口も出せなかったし」

イタチは視線を落とした。
一族全体の会合の席で、自分の身体の事が本人の眼の前で、本人の意思を無視して議論されるのに耐えられなくなって、今は会合にも出席していない。
そのせいで一族の中で孤立してしまい、フガクも眉を顰めるばかりだ。

「これからは、オレが全力でお前を護る」
「…そんな事をすれば、シスイまで孤立する事になる」
シスイは、イタチの手に軽く触れた。
「孤立なんかしたって構わない。お前は何も悪くないのに、お前が罪でも犯したかのように騒ぎ立てている連中の方が間違っているんだ」
イタチは眼を上げ、シスイを見た。
「何故…俺の為にそこまでしてくれる?一緒に育ったのは何年も前の話だし、本当の兄弟という訳でも無いのに」
「ああ…。実の兄弟って訳じゃない。そして、実の兄弟でなくて良かったと、オレは思ってる」
怪訝そうに眉を顰めたイタチに、シスイは笑った。
「お前の事が、好きだから」

言われた意味が判らず、イタチは怪訝そうな表情のままシスイを見つめた。
シスイは手を伸ばし、イタチの頬に触れる。

「お前が両性具有なんだと知って、最初は驚いた。だけどすぐに、それで良かったと思うようになった。何でそんな風に思ったのか自分でも不思議で、考えた」
そして、と、シスイは続けた。
「気づいたんだ。オレはお前が好きなんだって。多分、何年も前から」
漸くシスイの言葉の意味に気づき、イタチはシスイの手を振り払った。
「俺は、男だ」
「判ってる。男として今まで生きて来た。それを急に変えられないのも判るし、何よりオレは、お前が両性具有だと知ったから好きになったんじゃ、無い」

イタチは信じられない想いで首を横に振った。
シスイの事は実の兄のように慕っていた。
だからこそ、こんな感情を打ち明けられるのは不本意だ。

「シスイが何人もの女の人と付き合っているのは、俺も知っている」
「そんなものはやっかんだ連中が流した無責任な噂だ。ちょっと話をしただけで、すぐ寝た事にされちまう。さっき言った医療忍だって、噂ではそういう事になってるらしいが、今度、会ったら本人に訊いてみると良い」
シスイの言葉に、イタチは口を噤んだ。
「確かに何人かとは、付き合ったさ。でも誰とも長続きはしなかった。続く筈も無かった__オレが本当に好きなのは、お前だけなんだからな」
口を噤んだままのイタチの手に、シスイはもう一度、触れた。
「お前はまだ子供だし、オレ達は兄弟みたいにして育った。だから、お前にこんな感情を持ってはいけないんだと、きっと無意識の内に自分を戒めてたんだろう」
だけど、と、半ば囁くようにシスイは言った。
「気づいちまったんだ。オレは、お前を愛しているんだ…と」
「…あなたの気持ちには応えられない」

シスイの手を振り払い、視線を逸らしてイタチは言った。
自分が両性具有なのだと一族中に知られてから、一部の男たちから下卑た視線を向けられるようになった。
シスイもそういう男たちと同じなのだと思うと、憤るよりもむしろ情けなく感じる。
そんな男を実の兄のように慕っていたのだと思うと、口惜しい。

「オレはただ、お前を護りたいんだ」
静かに、宥めるような口調でシスイは言った。
「今のお前は一族の中で孤立してしまっているし、身体の秘密を護る為には一族以外の人間を頼る訳にも行かない。まるで嵐の中を艪も櫂もなく漂流している小船のようなものだ。それで、どうやってこの先やっていく積りだ?」
「…交換条件という訳か」
「そうじゃない。そんな風に誤解させてしまったんなら謝る。オレを男として愛するのが無理なら、今まで通り、兄だと思って慕ってくれれば良い」
ただオレは、と、シスイは続けた。
「自分の気持ちを、お前に知って欲しかっただけだ」

イタチは言うべき言葉が見つからず、口を噤んだ。
シスイの本心がどこにあるのか判らない。
ただ確かなのは、自分が頼れる相手は他にいないのだという事だけだ。
ミコトは身体を気遣ってくれるが、イタチが両性具有で生まれた事を自分の落ち度であるかのように言って自らを責めるので、いたたまれなくてとても頼る気になれない。
フガクは一族の当主としての立場から、会合に出席しろと言うばかりだ。

「オレはお前を護りたい……。オレに、お前を護らせてくれ」
半ば囁くように、シスイは言った。
それから、イタチの頬に触れる。
イタチが振り払わないのを確かめてから、シスイは相手を抱きしめた。
「幾ら優秀な忍でも、お前はまだ子供だ。暗部に入った時も心配だった。上の連中はただ、一族に取って好都合だからと手放しで喜んでいたが……。オレは、心配している」
「…任務は、間違いなく遂行している」
「それは判っている。だがお前は、気持ちの優しい子だ。余り感情を表に出さないから誤解され易いが、赤ん坊の頃からずっとお前を見ていたオレには判る。だから…お前が暗部の残酷な任務で心を痛めていないか、オレはずっとそれが心配だった」

初めて任務で忍ではない一般人を殺めた時の記憶が脳裏に蘇り、幽かに指先が震えるのをイタチは覚えた。
返り血に塗れたまま夜中に家に戻り、何も出来ず、何も考えられず、ただその場に蹲っていた自分を抱きしめてくれたのは、サスケだ。
幼いサスケの腕は細く弱く、サスケを動揺させない為にも自分がしっかりしなくてはならないのだと、必死に気力を振り絞った。
そしてシスイの腕は逞しく、胸は広く、そしてサスケと同じように温かい。

「ただでさえ暗部で辛い想いをしている筈なのに、身体の事で周囲に秘密を持ち、その上、一族の中で孤立して……。そんなお前を、オレは放ってはおけない」
イタチの髪を優しく撫で、シスイは言った。
「オレにお前を護らせてくれ。冷たい風からも、吹きすさぶ嵐からも。オレが盾となって、お前を護る……」
身体から力が抜けるのを、イタチは覚えた。
そしてそのまま、イタチは眼を閉じた。








「思ったんですけどね」

サスケと共に酒を酌み交わしながら、鬼鮫は言った。
月に2、3度、二人はこうして一緒に酒を飲む。
サスケはまだ16なのにとイタチは眉を顰めるが、大蛇丸に変化して周囲の者たちを欺きながら音の里を治めるサスケのストレスは相当なもので、多少の息抜きは必要だと渋々容認している。
イタチは元々酒を殆ど飲まない上に、視力の回復がまだ思わしくないので、サスケの酒の相手はもっぱら鬼鮫が勤めている。
実は鬼鮫はかなりの酒豪なのだが、サスケと飲む時はほんの嗜む程度に抑えている。

「うちはシスイという男、本気でイタチさんの事を好きだったんじゃないんですかね」
鬼鮫の言葉に、サスケは眉を顰めた。
「イタチを誑かして弄んだヤツだぞ?」
「イタチさんからはそういう風に聞いていますが。でも、誤解だった可能性もあるんじゃないかと」
「イタチとの…そういう事を、皆に言いふらしたんだ。それのどこに誤解の余地がある?」
鬼鮫は自分とサスケの盃を酒で満たし、一口、啜ってから口を開いた。
「自慢したかったんじゃないですかね」
「自慢……だと?」
鸚鵡返しに訊き返したサスケに、鬼鮫は頷いた。
「初めてお会いした時イタチさんは13でしたけど、その大人びた雰囲気と翳のある美貌に驚いたものです。増してやうちは一族の者たちは、イタチさんが両性具有だと知っていた。ならば一部の男たちがイタチさんに興味を持ち、高嶺の花のように見ていたとしても、不思議ではありませんよ」
「……シスイはその高嶺の花を自分が手に入れたのを、自慢したがったって言うのか?」
「男とは、そういうものでしょう?」
尤も、と、鬼鮫は笑った。
「サスケさんみたいな人は逆に女たちから高嶺の花と思われていたでしょうから、こういう気持ちは判らないかも知れませんが」

シスイが多くの女たちとの間に流した浮名は、流石にサスケの耳にまでは届いていなかった。
が、記憶に残るシスイが相当な美丈夫だった事は、時が経った今も覚えている。

「自慢より、他の男に対する牽制の気持ちの方が強かったかもしれませんね。イタチさんは自分のものになったのだから手を出すなと、そうやって周囲に知らしめる事で、イタチさんを護る積りだったのかも知れません」
「…シスイがどんな積りだったかなんて関係ない。イタチはあの男のせいで傷ついたんだ」

不機嫌に言いながら、だがもし、と、サスケは思った。
もしもシスイがイタチに対して誠実なままであったなら、自分がイタチの恋人になる事は、おそらく無かったのだ。
信頼していたシスイにまで裏切られたので無かったら、イタチは幼い弟に縋るような真似はしなかっただろう。

「無論、私はうちはシスイを庇う積りはありませんよ」
口元から鋭い歯を覗かせて、鬼鮫は哂った。
「私はただ、自分の手であの男を八つ裂きにしてやれなかったのが残念なだけです」
サスケは何も言わなかった。
手にした杯に口をつける事も無く、そのまま小卓に置く。
「…どうしました?」
席を立ったサスケに、鬼鮫は訊いた。
「イタチの部屋に行って来る」
「今日は具合が良く無くて、早めに寝まれたのでは?」
「だから…寝顔だけでも」
大蛇丸に変化して部屋を出てゆくサスケの後姿を、鬼鮫は黙って見送った。
そして過去の恋敵にも嫉妬せずにいられないサスケの若さに、幽かに笑った。





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