バレンタインを目前にして、オラトリオは燃えていた。 バレンタインと言えば親しい友人や家族など、大切な人にカードや花などを贈り、親睦を深める日。 が、何と言ってもバレンタインは『恋人たちの日』だ。英語のValentineには『(バレンタインの日に得た)恋人』の意味もある。 前々から密かに恋焦がれていたオラクルに告白するにはこの日しかない__ そんな訳でオラトリオは、バレンタインの2週間も前からプレゼントの選別・構築、そして告白する台詞の練習などに日夜、励んでいた。 そして、バレンタイン当日。 「お帰り、オラトリオ」 「た…たでーま、オラクル」 <ORACLE>に降りたオラトリオを、いつものように優しく微笑んで、オラクルが迎えた。 オラトリオの方はいつも通りとはいかない。冷静になろうと思っても、どうしてもあがってしまう。が、それに気づくオラクルではない。 「お茶をいれて来るね」 「あの…な、オラクル?」 言い出すきっかけを失うまいと、席を離れかけた相棒を引き止めて、オラトリオは言った。 「何?」 「その…お前にプレゼントがあるんだけど」 単刀直入に、オラトリオは言った。 ここで下手に『渡したいものがある』とか何とか言えば、『報告書?』とか聞き返されてきっかけを逸してしまうのは、クリスマスで経験済みだ。 「…これ」 「ありがとう、オラトリオ」 差し出された小さめの包みに、オラクルは嬉しそうに微笑んだ。 「これ、バレンタインの義理チョコだよね?」 ………は? 予想だにしていなかった言葉に、オラトリオは固まった。 確かに用意したプレゼントはチョコレート。 オラクルは甘いものが好きだし、甘い香りに誘われてスイートな気分になれば、告白もしやすいというもの。 プレゼントをチョコレートにすると決めてから、オラトリオは世界中からチョコのデータを集めた。 そして様々な試行錯誤を繰り返し、味・香り・見た目ともオラクルの好みにぴったりの最高のチョコレートを構築したのだ。 その努力の結晶を、スーパーの300円(邦貨換算)均一で売ってるようなシロモノと一緒にされたのでは哀し過ぎて涙も出ない。 「……確かにチョコはチョコだが、義理なんかじゃ__」 「実は私も用意していたんだ。はい、義理チョコ」 にっこり笑って手渡されたのは、綺麗にパッケージされた小さな包み。 包装紙にハートの絵などプリントされていて、いかにも300円(邦貨換算)のバレンタイン限定商品だ。 「……あの、オラクルさん……?」 「義理チョコって、お世話になったひとに感謝の気持ちを込めて贈るものなんだろう?」 お前にはいつも護って貰っているから__嬉しそうに微笑んで、オラクルは言った。 その笑顔はいつもにも増して愛らしい。 が、激しく認識がズレているのはいつもと変わらない。 「……義理チョコなんて言葉、誰に聞いたんだ?」 「今月号の『あとらんだむ通信』に載ってたんだよ」 言って、オラクルはデータを空間に展開した。 『あとらんだむ通信』__この数ヶ月、オラトリオを悩ませている諸悪の根源。 その名前を聞いただけで、オラトリオはいや〜な気分になった。 何とか発行元を突き止めようと画策しているものの、T・Aのセキュリティに阻まれていまだに目的は果たせていない。 厭な予感に苛まされつつも、オラトリオは『あとらんだむ通信』に目を通した。
「……何なんだ、これは」 読み終わって、思わずオラトリオはぼやいた。 先月、先々月もひどい内容だったが、今月のは更に訳が判らない。 「でね、これを読んで『義理チョコ』って何なのかエモーションに訊いたら__」 「『世話になったひとに感謝を込めて贈るもの』だって言われたんだな?」 「うん」 嬉しそうに、オラクルは頷いた。 幽かに頭痛を覚え、オラトリオはこめかみを押さえた。 どうせなら、『本命チョコ』の説明を聞いて欲しかった。 って言うより、エモーションの説明がそもそも激しく間違っている。 それにオラクルさん、『あとらんだむ通信』の記事の殆どを無視してませんか……? 「私はいつもオラトリオにお世話になってるからチョコを用意したんだけど、オラトリオからも貰えるなんて思ってなかったよ」 すごく嬉しかった__間近に見つめて言われ、オラトリオは頬が熱くなるのを覚えた。 「お…俺だって、いつもお前には世話になってるし、感謝してるから__」 「俺様にも感謝して貰おうか」 いいムードになりかけた時、お約束どおりコードが現れた。 「また勝手に入って来て……」 オラクルは幽かに眉を潜めたが、もう慣れてしまっているので怒ってはいない。すぐに笑顔を見せて、小さな箱を取り出した。 「もちろん、コードにも感謝しているよ。はい、これ。義理チョコ」 オラクルの言葉に、一瞬、コードの表情が強張った。 が、そこは海千山千の最長老。何事も無かったかのように礼を言って受け取る。 「じゃあ私、お茶をいれて来るね」 ローブの裾を軽く翻してオラクルがキッチンとして使っているコーナーに姿を消すと、コードは尊大な態度でどっかりとソファに腰をおろした。 オラトリオの大きな手に大事そうに握られている『義理チョコ』を瞥見し、口元に笑いを浮かべる。 「そういえば、『義理チョコ』の大漁だったらしいな、ひよっ子」 コードに言われ、確かにアトランダムの女性職員たちからたくさんのチョコを貰っている事を、オラトリオは思い出した。 オラクルにチョコを贈る事に全神経を集中していて、貰ったチョコ__それこそ本当に『義理チョコ』だ__の事など念頭に無かったのだ。 「日本人制作のロボットにバレンタインの贈り物をすれば、ホワイトデーには3倍返しが相場だそうだからな」 来月が見ものだな__言って、コードはせせら笑った。 「………」 『あとらんだむ通信』の発行と共に自分の不幸がまだまだ続くのを、この日、オラトリオは身に沁みて感じた。 Fin. back |