「大蛇丸の野郎、写輪眼の小僧にクスリを使っているらしいぞ」
サソリの言葉に、イタチの指先が幽かに震えた。
「写輪眼の小僧ってイタチの弟か、うん?」
「ああ。一族殲滅の生き残りだ」
問うたデイダラに、サソリが答えた。
二人は意味ありげにイタチを見たが、イタチは無言のままその場を立ち去った。
「……薄情だな、うん。自分の弟だって言うのに」
「一族を皆殺しにしたヤツに、兄弟だの肉親だのなんぞ関係あると思うか?」
吐き棄てるように言ったサソリに、デイダラは軽く眉を上げた。
「だけど弟は殺さなかったんだろう?何か理由があるんじゃないか?」
サソリは傀儡の首を巡らせて、デイダラを見上げた。
それから、ヒルコの面を正面に戻す。
「…あるとしたら、死以上の苦しみを味あわせたかったって事だろうな」



ナツツバキ



次の隠れ家に向かう為、イタチは鬼鮫を伴って山道に歩を進めていた。
様々な敵から狙われる抜け忍としては当然の事だが、暁のメンバーは定期的に隠れ家を移動している。
一箇所に長く留まる事はしないので、言ってみれば常に旅をしているようなものだ。
こうして鬼鮫と共に『旅』を続けて、もう何年にもなる。
「次の任務までまだ間がありますし、今回の移動はゆっくり出来ますね」
暢気とも取れる鬼鮫の言葉に、イタチは何も言わなかった。
気にかかるのは、サソリの言っていた事だ。
大蛇丸が自分の転生の器となる相手をそう乱暴に扱うとは思えない。が、部下を大蛇丸の側近として潜り込ませているサソリの情報は疑う余地が無い。
それに、あの大蛇丸ならば何をしても不思議では無い。
サソリの情報に拠れば、大蛇丸が今、潜んでいる隠れ家はここらか半日もかからない場所だ。
「…どうしました、イタチさん?」
足を止めたイタチに、鬼鮫は問うた。
樹上を見上げるイタチに倣って視線を上げると、緑の葉に混ざって白い清楚な花が一輪、咲いている。
「夏椿だ。今頃に咲くのは珍しい」
「椿の一種なんですか?確かに、形が似てますね」
夏椿は6月から7月の上旬にかけて開花する高木で、白い花びらのふちにプリーツのような細かいぎざぎざがある。
7月下旬の今頃に咲いている姿を見る事は滅多にないが、一輪だけ咲き遅れたのだろう。
朝に開花し、夕方には落花してしまう一日花だ。
そう思って見遣る内に、咲き遅れの一輪が花弁ごと枝から離れた。



「アンタは全部、予測してたんだろう?」
声にイタチが振り向くと、立てた片膝を抱えて、サスケが座っていた。
両目の写輪眼が、憎しみを込めるように紅く色づく。
「……お前が大蛇丸の元に行く事は、予想が出来た。大蛇丸はうちは一族に興味を抱いていたし、お前はどんな手段を使ってでも強くなろうとするだろうからな」
「当然だ。アンタを斃す為だったら、オレはどんな事でもやる」
イタチは、幽かに眉を顰めた。
「…大蛇丸がお前に薬物を投与しているというのは本当なのか?」
「そんな事、アンタに何の関係がある?」
「…俺は…」
サスケは立ち上がり、答えあぐねているイタチに詰め寄った。
「アンタは一族を憎んでいた。だから皆殺しにしたんだ」
「…それは、違う」
「何が違うんだ?オレだけ生き残らせたのも、オレを一族の誰よりも憎んでたからじゃ無いのか?」

イタチは口を噤んだ。
7歳の少年に取って、一族を皆殺しにされた上にただ一人、取り残されるのは、殺される以上に辛い事だったろう。
殺したのが実の兄であれば尚更だ。
泣きじゃくり怯えるサスケの姿に、何度、本当の事を言ってしまおうと思ったか知れない。
だが今はまだ、真実を告げる時ではない。
サスケが万華鏡写輪眼を会得し、自分と同等の実力を身につけるまでは、打ち明ける事は赦されないのだ。

「アンタはオレが疎ましかったんだ。だから殺される以上の苦痛を味あわせて、大蛇丸の元に追いやった」
イタチは思わずサスケに手を差し伸べ、その痩せた肩に手を置いた。
お前を苦しめたくなどは無いのだと、そう告げられたらどんなに気が楽だろう。
全てを打ち明けてしまえれば、どんなにか……。
それでも、サスケは自分を赦さないかも知れない。
恐らく、赦さないだろう。
だがそれでも、これだけはどうしても成し遂げなければならない。
たとえその為に、己の最も大切なものを犠牲にしようとも。
「……強くなれ、サスケ。憎しみや恨みで、心が傷ついてしまわない程に」
「言われなくたって強くなってみせるぜ」
サスケはイタチを睨みつけたまま、その手を振り払った。
「そして、アンタを殺す」



幽かな音を立てて、咲き遅れの夏椿が、地に落ちた。
「…散っちゃいましたね」
幾分か惜しそうに、鬼鮫は言った。
『霧隠れの怪人』に花を愛でる心などあるのかと訝しむ者もいるだろうが、長くパートナーとして寝食を共にして来たイタチには、それは意外な事では無かった。
「…行くぞ」
それだけ言うと、イタチは再び歩き始めた。









Fin.


■相変わらず暗いお祝いSSでスミマセンm(__)m
サスケの薬物乱用疑惑に絡めて、イタチさん視点で 書いてみました。
夏椿の花が落花する一瞬の間の幻影です。
イタチさんは色々と謎めいていて何を考えているのか 図りがたいのですが、弟があれほどお兄ちゃんの事しか 考えていないのだから、兄もきっと愚弟を心配している 筈……という願望と捏造の元に書きました。
■サスケ、お誕生日おめでとう♪
兄さんの日(23日)に生まれるなんて、 生まれた時からお兄ちゃんが大好きだったんだね…(>_<)


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