あなたの美しさが、私には哀しいのです。
ただ一度の過ちも、あなたは忘れない。
あなたには、忘れるという事が出来ないから__
その事実が、私を苛むのです…。





訪問者の識別IDに、オラクルは不安を覚えた。
オラトリオは出張に行っていて、未だ戻ってきていない。

よりによって、こんな時に…

「ご機嫌いかがですか、オラクル」
微笑して、静かにクオータは言った。オラクルの不安を解く為に、出来るだけ穏やかに振る舞ったのだ。
が、効果は無かった。
「…何か、用なのか?」
不安そうに、オラクルは言った。緊張が、感じられる。
今日は、彼がいないのだろう。
彼がいれば、オラクルはこんなに不安がったりしない。

ただ…あなたに会いたくて…

「データの検索に来ただけです。無論、私がアクセスを赦されているデータの__よろしいでしょうか?」
<ORACLE>へのアクセス権限は人間によって定められている。オラクルはその決定に従い、データを管理するのが仕事だ。
「…何を?」
素っ気無いほど、短く、オラクルは聞いた。
クオータは閲覧を望んでいるデータの内容を告げた。オラクルの表情に、憂鬱そうな陰が浮かぶ。検索にひどく手間取るデータだからだ。だが、クオータにその権限が与えられている以上、検索を拒むわけには行かない。
「データを捜してくるから…」
ここで待っていてくれと言いかけて、オラクルは口を噤んだ。クオータに側にいられるのも不安だが、<ORACLE>内に一人でいさせるのはもっと、心配だった。
「奥の書庫だ。一緒に来てくれ」
軽く溜息を吐いて、オラクルは言った。クオータは充分な距離を保って、オラクルについて行った。これ以上、オラクルを不安がらせたくは無い。
書架の前に立ち、目的の本を捜すオラクルの横顔を、クオータはじっと、見つめた。

お会いするたびに、奇麗になるのですね。
彼を想い、彼に想われているから…

オラクルは何冊かの本を選び出した。それでも、まだ充分ではない。古いデータは圧縮され、別の書庫にある。引き出すのも厄介だし、解凍しなければならない。
「すみません、お手数をお掛けして…」
クオータの言葉に、オラクルは相手を見た。
「よろしければ、お手伝いしますが__」
「私のデータに、勝手に触らないでくれ」
オラクルの苛立たしげな言葉に、クオータは此処に来た事を後悔した。
検索に手間取るデータの閲覧を望んだのは、少しでも長く、オラクルの側にいたいからだった。だがオラクルには、嫌がらせをされているかのように感じられるのだろう。

どうすれば、あなたは私を赦してくれるのです…?
その為になら、私はどんな事でもするのに…

やっとデータが揃うと、それを持って閲覧室へ行くように、オラクルは言った。クオータは微笑んで礼を述べたが、オラクルの態度は少しも和らがなかった。

閲覧室でクオータがデータを調べている間、オラクルはカウンターについて座っていた。クオータは、時折、オラクルの方を見た。頬杖をついて、ぼんやり考え事をしている様だ。何を考えているのかは明らかだった。嫌、誰の事をと言うべきなのだろう。
もし、彼がいなければ__何度と無く、クオータは思った。クオータはオラトリオのバックアップとして作られた。オラトリオが停止すれば、オラクルを護るのはクオータの役目になる。

そうなったら、あなたは私を信頼してくれますか…?
微笑んで、私に呼びかけてくれますか。
『私の守護者』と…

クオータは、視線を落とした。オラトリオが停止すれば、オラクルがどれほど哀しむか、想像に難く無かった。そしてオラクルを哀しませるくらいなら、自分がオラトリオの身代わりに停止する方が、ずっと、増しだった。


閲覧室から出、クオータはオラクルに歩み寄った。オラクルが気づいてクオータの方を見た。不安は、消えていない。
「ありがとうございました。今日は…これでお暇します」
ふっと、オラクルの表情が和らいだ。クオータの言葉の為ではない。彼が、戻ってきたのだ。
「オラトリオ…」
穏やかに微笑んで、優しくオラクルは言った。オラクルの笑顔の透明な美しさが、クオータを傷つけた。どんなに望んでも、それが彼に向けられる事は、決して無い。
「何だよ、お前。何しに来た?」
オラクルを庇うかのように、クオータとの間に立って、オラトリオは言った。オラクルはオラトリオの後ろに回り、その腕に、そっと手をかけている。不安は、安堵に変わっていた。
「データを見せて頂いていただけです。もう…帰りますから」
言って、クオータはオラクルを見た。オラクルはクオータを見ていなかった。オラクルの雑色の瞳に写るのは、最も信頼する守護者である、最愛の片割れの姿だけだった。


「何もされなかっただろうな?」
クオータの去った後、少し、心配そうにオラトリオは言った。オラクルは微笑んで頷いた。
「疲れただろう?今、お茶をいれるから」
「今回、ちょっとハードだったけどな。お前の顔を見ただけで、疲れなんか吹っ飛ぶぜ」
オラクルは何かを言いかけた。が、表情に、緊張と、不安の色が過ぎった。
「どうした、ウイルスか?」
「…違うみたいだ。でも…何かが<ORACLE>の扉の前に…」
「ちょっと、見てくるぜ」
オラトリオが<ORACLE>の扉を開けると、其処には見事な薔薇の花束のCGが置かれていた。薔薇には珍しい、青紫色をしている。手にとって調べると、カードが付いていた。

データを見せて頂いたお礼に__クオータ

オラトリオはすぐに花束を処分しようとした。が、それにしても奇麗な薔薇だった。オラクルが喜びそうだ。オラトリオは少し、迷い、仕掛けが無いか厳重にチェックし、更に暫く迷ってから、花束を<ORACLE>に持ち帰った。無論、カードは処分した。
花束を手にしたオラトリオを、オラクルは意外そうに見つめた。
「…もしかして、それ、クオータが…?」
「ああ。データの礼だとか、カードが付いてた。棄てようかとも思ったんだがな。ウイルスは入ってない」
オラクルはそれでも不安なのか、少し、遠巻きに、薔薇を眺めた。
「…奇麗な色だね」
オラクルの言葉に、オラトリオは少し、面白くない気がした。
「やっぱり棄てようぜ。あんな奴の作ったCGじゃ、何があるか判らん」
「でも…とても奇麗だよ」
棄てるのは惜しいとばかりに、オラクルは言った。そして、花束とオラトリオに近づく。
「そうか?紫のバラなんて、何か変じゃねえか?青いバラは不幸の象徴だって言うしな」
オラクルはオラトリオのすぐ近くまで歩み寄り、微笑んだ。
「私がこの薔薇を奇麗だと思うのは、お前の瞳と同じ色だからだ」
「俺の瞳?__同じ…か?」
「そう、同じだよ」
言われて、オラトリオは改めて、薔薇を見た。確かに、そうかも知れない。

あの野郎、オラクルの趣味を理解してやがるぜ

オラクルはクリスタルの花瓶のCGを形成し、オラトリオはそれに花束を活けた。
「今度、俺がもっと良いやつを作ってやるぜ」
「うん…期待してる」
二人は見つめ合い、そして、口づけを交わした。


あなたの全てを、私は愛しています。
あなたの彼への想いも含めて…。
あなたの幸せが、私の幸福なのです。
でも…たった一度でも、あなたが私に微笑んでくれるのなら…。

教えて下さい。
それを望む事すら、私には赦されないのですか…?







Fin.


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