その日、オラトリオが<ORACLE>に行くと、エモーションとカルマが来ていた。珍しい取り合わせだ。
「オラトリオ様、ご機嫌いかがですか?」
「御久しぶりですね、オラトリオ」
エモーションとカルマがおっとりと、挨拶する。オラクルが微笑する。
「今、お茶をいれるよ」
「私がやりましょうか?」
「良いよ、カルマはお客さんなんだから、座ってて」
「でも、手伝いますよ」
おっとりと会話を交わし、オラクルとカルマがキッチンへ向かった。二人の後ろ姿を眺め、オラトリオは妙な感覚を覚えた。
オラトリオはソファに座った。3人が座っていたテーブルからは離れて。オラクルから遊びに来て欲しいと言われて来たのだが、他に誰かいるなどとは思っていなかった。何だか、面白くない。
「オラトリオ様、こちらにいらっしゃいません?わたくし、ケーキを焼いて来ましたの」
「すいやせんね、気を遣って頂いて」
笑顔で、オラトリオは言った。内心、面白くなく思っていても、女性には愛想良くしてしまう。条件反射のようなものだ。
キッチンの方で、笑い声がする。何だか楽しそうだ。

お茶なんかいれるのが、何で楽しいんだよ

やがて、オラクルとカルマがティーポットと新しいカップを持って、戻ってきた。エモーションがそれを受け取り、皆のカップに注ぎ分ける。3人とも、穏やかに微笑んでいて、なんともおっとりした光景だ。時間までが、ゆっくりと流れているようだ。オラトリオは、自分が場違いな気がした。
「カルマが新しい紅茶を持ってきてくれたんだよ」
そう、オラクルがオラトリオに言った。
「皆さんのお口に合えば良いのですけれど」
「とても良い香りがしますわ」
3人は紅茶の話題で盛り上がっている。オラトリオは会話に付いて行けず、黙ってお茶をすすった。

今まで気づかなかったなんて、迂闊だったぜ。こいつら3人揃うと別世界だな…

カルマもエモーションも、腰を落ち着けて、寛いでいる。当分、帰りそうには無かった。
オラクルに、来て欲しいと言われた時、オラトリオはオラクルが寂しがっているのだと思った。だが、カルマ達がいるのなら、自分が此処にいる必要は無い。或いはカルマ達もオラクルに呼ばれたのかも知れない…
オラトリオは黙ってお茶をすすり、エモーションのケーキを口に運んだ。どちらも美味しい筈だった。が、味など、判らなかった。
「…どうかしたのか?さっきから、ずっと黙ってるけど」
そう、オラクルがオラトリオに聞いた。カルマとエモーションもオラトリオの方を見つめる。3人に心配そうな顔をされ、オラトリオは自分が悪い事をしたかのように感じた。せっかくの和やかな雰囲気を、彼は壊しているのだ。
「__嫌…ちょっと、用事を思い出しちまってな。そろそろ、戻らねえと…」
「まあ、残念ですわ、オラトリオ様。せっかく、お会いできたのに」
「俺もとっても残念なんすけどね」
エモーションに愛想笑いしてから視線をオラクルに戻す。オラクルは少し、哀しそうだ。オラトリオは罪悪感を覚えた。
「今日は…もう、ここには来れないのか?夜にでも…」
「…来れるようなら来るが…期待しないでくれ」
オラトリオが言うと、オラクルは寂しそうだった。オラトリオは、自己嫌悪を覚えた。オラクルに寂しい想いをさせたく無いと、常々、思っているのに、自分以外の誰かが側にいるのは面白くないだなんて、身勝手すぎる。いつでもオラクルの側にいられる訳でも無いのに。
現実空間に戻っても、特にする事はなかった。その日は休日だから。オラクルも仕事が余り無くて、暇なのだろう。せっかくカルマ達と楽しんでいたのに、何であんな態度を取ってしまったのだろう…

お前は俺には特別な存在だ。だからって…お前も俺の事、同じように想わなきゃならない理由にはならねえよな…

実際、どう思われているのだろうと、オラトリオは考えた。信頼されているのは判る。だがそれは、彼がオラクルの守護者だからだ。その役割が、彼とオラクルの関係を特別なものにしているのは確かだ。が、オラトリオに取ってはそれ以上の意味があった。

何で男になんか、惚れちまったんだ、俺は…。しかもあんな世間知らずで、鈍感な奴に…

ぼんやりと、オラトリオは外を眺めた。
他の誰かが守護者であれば、やはりオラクルは、その誰かを信頼し、優しく気遣うのだろう。
他の誰かであるならば、オラトリオは自分の生命をかけてまで護る気にはなれなかっただろう__与えられた役割には反するが。



夜になった。少し、迷った末、オラトリオは<ORACLE>に行った。
「オラトリオ…。来てくれて嬉しいよ」
微笑して、オラクルは言った。他には誰もいない。その事で、オラトリオは少し、ほっとした。
「…何か…用でもあったのか」
内心とは裏腹に、オラトリオは聞いた。
「そうじゃ無いけど。ただ…お前と一緒にいたかった」
「俺…と?」
他の誰かでは無く?__そう、オラトリオは心中で呟いた。
「エモーションに、ケーキの焼きかたを教わったから、今度、作ってあげるよ。それにカルマにも色々な種類の紅茶を貰ったし」
嬉しそうに、オラクルは言った。
「ああ…。良かったな」
「お前が、気に入ってくれると良いけど」
オラクルの言葉に、オラトリオは改めて相手を見た。
「それって…俺の為って事…か?」
「そうだよ。エモーションにケーキの焼きかたを教わったのも、カルマに紅茶を貰ったのも、お前の為だ。それで二人に来て貰ったんだ。久しぶりに会えて嬉しかったけど」
何の屈託も無く、オラクルは言った。オラトリオは自分を恥ずかしく思った。そして、嬉しくもあった。ただ…オラクルが気遣ってくれるのは、単に彼がオラクルの守護者だからであるのなら、少し、寂しい。
「もしも…」
言いかけて、オラトリオは口を噤んだ。
「もしも、何?」
オラクルが聞く。オラトリオは躊躇った。こんな事を聞いて何になる?だが、それでも、聞かずにはいられなかった。
「もしも…俺でなく、他の誰かがお前の守護者だったら…そして俺が、お前の守護者で無かったら…」
オラクルは、オラトリオが最後まで言うのを待っている。オラトリオは言った事を後悔した。
「…何でも無いんだ。忘れてくれ」
「他の誰かだなんて、考えられないよ」
静かに、オラクルは言った。
「私はお前が好きだから、他の誰かだなんて考えられない」
「オラクル…」
予想もしていなかった__期待はしていたが__オラクルの言葉に、オラトリオはやや、驚いて、相手を見た。オラクルは穏やかに微笑んでいる。恋心を打ち明けたと言うより、仲の良い友人に対する態度のようだ。

私は思考と感情を調整されている…

オラクルの言葉を、オラトリオは思い出した。信頼と好意と友情__それ以上のものを求めるのは望みすぎという物だ…。
「お前も…私を好きだと思ってくれていると嬉しいけど」
まっすぐにオラトリオを見つめ、オラクルは言った。オラトリオは複雑な心境だった。オラクルが好きと言うのがどういう意味なのか、掴み難かったから。こういう時に、リンクは役に立たない。
「…オラトリオ…?」
オラトリオが黙っているので、少し哀しそうに、オラクルは言った。オラトリオの心が騒ぐ。
「俺も…好きだぜ、お前の事」
「本当に?」
「ああ。前から…ずっと好きだって思ってた」
オラトリオの言葉に、オラクルは嬉しそうに微笑んだ。雑色の瞳が、いつもより明るく輝く。それは、オラトリオの見間違いでは無かった。少し躊躇った末、オラトリオはオラクルを抱き寄せた。
「好きだ…ぜ、オラクル」
「私も…」

『好き』の意味なんてどうだって良い。俺はオラクルが好きで、オラクルは俺の事を好きでいてくれて__
今は、それだけで良い…

服を通して感じられる温もりが心地良い。
静かに目を閉じ、オラトリオはささやかな幸せに酔った。

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