明けましておめでとうございます。
アトランダムの皆様には、よい年末年始を迎えられた事と思います。

さっそくですが、今月号ではゆゆしき事態をお伝えしなければなりません。その名もずばり
『スクープ!あのオラクルを狙うストーカーが!?』
です。
研究機関専用学術ネット<ORACLE>管理パーソナル、オラクルといえばシンクタンク・アトランダムのアイドル的存在として有名ですが、そのオラクルを付け狙う不埒な輩がいるとの情報が、編集部に舞い込みました。
これが事実だとしたら嘆かわしい事とこのうえありません。あの素直で愛らしくて純粋なオラクルがストーカーに狙われているだなんて・・・
編集部では一丸となって、オラクルをストーカーから護る為、総力を挙げて悪に立ち向かう決意でおります。研究者の皆様のご賛同、ご協力をお願い致します。

それではさっそく、この問題に関する権威者の方々へのインタビューです。

編集部『早速ですが、オラクルを付け狙うストーカーがいるとは本当なのでしょうか?』
C氏『(むっつりと)残念ながら、本当だ』
編集部『あなたがそれに気づかれたきっかけは何でしたか?』
C氏『(さらにむっつりと)気づくも何も、俺様が<ORACLE>に行くたびにきゃつはオラクルにつきまとっている。これがストーカー行為でなくて何だ』
編集部『(わざとらしく驚いて)では犯人は判っているのですね?それならば、T・Aとしても、当然、何らかの対策を講じているとは思うのですが』
K氏『残念ながら、問題はそれほど単純ではないのですよ』
編集部『それはどういう事でしょうか』
K氏『アトランダムで起きる問題には、それを解決する担当セクションが純然と定められています。ところが今回のストーカーに関しては、彼の表向きの身分と実際のそれが異なるため、問題が複雑になっているのですよ』
編集部『要するに、“外交的な問題”という訳ですね。』
C氏『そんな手ぬるい事を言っている場合か!手を拱いて見ている間にオラクルにもしもの事があったらどうする』
K氏『大丈夫ですよ。その為に、オラクルには陰のガーディアンがついているのですから』
(公言してしまったら陰にも何にもならないのだが、その問題はここでは黙殺する)
C氏『それこそが、問題__』
K氏『ですからね、オラクルのガーディアンに、もっと自覚を強く持って頂いて、これまでにも増してオラクルの身の安全を護らなければならないのだと、充分に理解して頂く事が大切な訳です』
C氏『__ふん。そんな奇麗事が通れば良いがな』
編集部『既に編集部には、O博士やM博士からのご賛同・ご協力を頂けるむねの署名入り文書が届いています』
C氏『これだけの流れを無視するほど、きゃつも無謀ではあるまい』
K氏『オラクルがストーカーから解放される日は近いという事ですね』
編集部『それを伺って安心しました』

編集部では引き続き研究者・関係者の皆様のご協力をお待ちしております。
ご賛同いただける方は、アトランダム通信編集部気付『オラクルを護る会』までどうぞ!






「たでーま」
その日、<ORACLE>に戻ったオラトリオは、気が重かった。
「お帰り、オラトリオ」
愛しいオラクルの笑顔を見ても気が晴れない。
「あのね、ストーカーって何?」
「やっぱり……」
「__え?」
きょとんと聞き返したオラクルに、オラトリオは軽くため息を吐いた。
「あのメール、お前のとこにも送られて来たんだな」
「うん。『アトランダム通信2月号』って……。どういう事なのか、シンクタンクの広報部に問い合わせたんだけど、広報部では感知してないって」
そりゃ、してねーだろ__言いたいのを、オラトリオはぐっとこらえた。
「でね、ストーカーって何?」
むしろわくわくと楽しげな表情で、オラクルは聞いた。
「…何か嬉そーじゃねえか。ストーカーってのは犯罪者なんだぞ?」
その犯罪者呼ばわりされているのが自分だとは、口が裂けても言えない。
オラクルは一瞬、不安そうな表情になったが、すぐに笑顔を取り戻した。
「嬉しくはないけど。でも心配もしていないよ。だって」

オラトリオが護ってくれるんでしょ?

極めつけの笑顔とともに言われ、オラトリオは頬が火照るのを覚えた。
照れ隠しに視線をそらし、わざとらしく咳払いなどしてみる。
「ん…ああ、勿論。お前の事は俺が護るからな。心配なんかするこたぁねえさ」
「信じているよ、オラトリオ」
「オラクル……」
信じきったまなざしで見上げられ、オラトリオは心が騒ぐのを覚えた。
大切な相棒。
かけがえのない、たった一人のパートナー。
そのオラクルに対し、相棒に対する以上の感情を自覚し始めて3ヶ月。未だに手を握るどころか、告白もしていない。
もしかして、今がチャンス?__かすかな期待に、オラトリオの胸は高鳴った。
オラクルは自分を信頼しきっているのだ。

今、気持ちを打ち明ければ__

「邪魔するぞ」
お約束の絶妙なタイミングで、コードが現れた。
相変わらず正式なアクセスパスを無視している。しかも今日はカルマが一緒だ。
「コード…。また勝手に入ってきて」
「すみませんね、オラクル。少し急いでいたものですから」
幽かも悪びれないコードの代わりに、外交スマイルを浮かべてカルマが詫びた。オラクルもそれほど怒っている訳ではないので、すぐに機嫌を直して、お茶のリクエストなど聞いている。

「今日、伺ったのは」
オラクルが4人分のティーセットを用意して戻ってくると、カルマが口を開いた。
「このごろ、あなたを狙うストーカーがいるという情報に関してなのですが」
「そんな不埒者は即刻、細雪の露にしてくれる」
コードの視線が矢のごとく突き刺さるのを感じながら、オラトリオは紅茶を啜った。
「私は大丈夫だよ。オラトリオが護ってくれるから」
「そのひよっ子に問題があるから俺様は心配しているのだ」
「__師匠……。俺が何したってんです?」
「身に覚えがないとは言わさんぞ」

覚えも何も、まだ手も繋いでないんすけど……?

余りに情けない反論だし、反論しても無駄なのは判っているのでオラトリオは黙っていた。
オラクルにはその自覚がないのに、コードはオラクルをカシオペア・ファミリーの一員とみなし、自分の庇護下にあると勝手に思い込んでいる。

「問題だなんて、どうしてそんな事を言うんだ?」
少しむくれて、オラクルが言った。
「勿論、問題なんてありませんよ」
とりなす様に、優しくカルマが言う。
「オラトリオが今まで以上にしっかり守護者の自覚を持って、守護者の仕事は<ORACLE>を護る事であって、その立場に付け込んで美味しい想いをしてしまおうだなんて不埒な事さえ考えなければ、問題なんて少しもありません」
「…美味しい想いって?」
「邪な下心をもって、お前を丸め込み、思い通りにしてしまう事だ」
むっつりしたコードの説明に、オラクルはにっこりと微笑んだ。
「それなら大丈夫だよ。オラトリオが私を騙したり、悪いことなんてする筈がないから」
「ならば良いが?」
意味ありげなコードの視線に、オラトリオはやや、焦った。
別に焦る必要はないのだが、条件反射みたいなものである。
「も…ちろんですよ。俺がオラクルを騙すだの丸め込むだのなんて、する訳ないっすよ」
「『良いことだ』とか言って、イケナイ事をしたりもしませんよね?」
「しません!」
「絶対にだな?」
「絶対にですね?」
「絶対に!!」



「はぁぁぁぁぁ〜っ」
コードとカルマの去った後、オラトリオはぐったり疲れてカウンターに懐いた。
「…オラトリオ?どうしたの?」
「何でもねえよ。ちょっと疲れただけで」
「大丈夫?奥で休んだほうが良くない?」
気遣ってくれるオラクルにへらりと笑って見せ、再びオラトリオはカウンターに懐いた。
コードとカルマの監視の目が光っていては、晴れてオラクルとらぶらぶになるなんて夢のまた夢。
それどころか『アトランダム通信』によれば、強力な妨害者は他にもいて、更に増え続ける一方だ。

俺が何したってんだ!?

叫びたいのをこらえつつ、オラトリオは対策を講じることにした。一人も味方がいなくては太刀打ち出来ない。



オラトリオの『晴れてオラクルとらぶらぶに!』野望への道のりは険しく、困難はまだまだ山積している。
その困難がいかに熾烈を極めるか、この時のオラトリオはまだ、知らない。






Fin.


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