気だるい満足感に浸りながら、オラトリオは長い腕を伸ばし、脱ぎ捨てた上着の胸ポケットから煙草のパッケージを取り出した
1本を口に咥えながらライターを捜す。が、思い直して煙草をパッケージに戻した。
「こっちの方がずっと良いぜ」
軽くウインクして言うと、傍らに横たわる恋人の唇に軽く触れる。
「煙草の味と__比べられるなんて……」
何度も繰り返されるキスの合間に、オラクルは軽く抗議した。
「煙草が吸いたくなったらって__言ったのはお前だぜ?」

大半の喫煙者がそうであるように、オラトリオは何度目かの禁煙を宣言していた。
そして大半の喫煙者と同じく、それに失敗していた。

今度、煙草が吸いたくなったら

オラクルが言ったのはそんな時だった。

代わりにキスすれば、吸わなくても済むんじゃない?

電話越しの従兄弟の言葉は、オラトリオにはやや意外だった。恋人同士になって2年以上が過ぎたが、オラクルの方から積極的な態度を取る事は滅多に無い。
尤も、誘っているかのようなその言葉が単にオラトリオに禁煙させたいだけのものなのだとは、すぐに判ったが。その時には二人とも締切り前で、暫くは会えそうにも無かった。

今は漸く仕事を終らせ、10日ぶりの逢瀬を楽しんだところだ。
「1日2箱は__多すぎるよ」
「しょーがねえだろ?締切り前は__どうしたって…」
何度も口づけを交わすうちに、軽い戯れのようなそれは、濃厚な情熱を帯びたものに変わる。オラトリオの長い指が、オラクルの膚の上をゆっくりと這う。まるで、それ自体で意志を持った生き物であるかの様に。
オラトリオの携帯が鳴ったのはその時だった。
モードを切り替え忘れていた事に、オラトリオは軽く舌打ちした。けれども、オラクルを愛撫する手は休めない。電話に出る気など無かった。
シーツからほっそりした腕を伸ばし、オラクルはベッドサイドテーブルの上からオラトリオの携帯を取り上げた。そして巧みにオラトリオの唇から逃れ、携帯を押し付ける。
「__ああ、やっぱりおめーか」
渋々電話に出たオラトリオは、不機嫌丸出しの声で言った。
『風邪でもひいたんですか?少し声が掠れていますね』
編集者の言葉に、オラトリオは軽く肩を竦めた。運動したばかりで喉が渇いているだけだとは、さすがに言えない。
『せめてもう少し煙草を減らせれば、神から授かった美声を損ねる事も無いのでしょうけれどね』
「そんな訳の判らねえ話をする為に電話して来たんじゃねえだろうな」
もし、そうならただじゃおかねえぞ__オラトリオがそう言う前に、クォータは答えた。
『無論、緊急の用事があるからですよ、電話を差し上げたのは』
「冗談じゃねえぜ。また締切り直前で他のライターに逃げられた仕事を俺に押し付けようってのか?」
オラトリオは半身をベッドの上に起こし、ベッドボードに背を預けた。
『ペイは悪くないですよ。あなたの様な駆け出しのライターが効率よく稼げるのは誰のお蔭なのか、忘れないで頂きたいですね』
「おめーのような駆け出しの編集者が雑誌に穴をあけずにいられるのが誰のお蔭なのか、忘れないで欲しいぜ」
傍らで、オラクルが声を立てずに笑う。
『それは感謝していますよ。あなたの他に、こんな無理を頼める相手がいないのも事実です』
殊勝なクォータの言葉に、オラトリオは形の良い眉を吊り上げた。
『それにあなたは、どんなに時間のない時でも仕事に手抜きはしない。だから、こういう時に安心してお願いできるのですよ』
「……まだイエスとは言ってねーぜ」
ぼやきながらも、オラトリオは仕事の概略を聞く為に、メモとペンを手元に引き寄せていた。



「何だかんだ言って」
電話が終ると、オラクルは言った。
「お前とクォータって、結構、良いコンビだよね」
「冗談じゃねえぜ。何であんな奴と」
「お前には才能があるって、クォータは何度も私に言っていたよ?」
「そりゃー、おべっかだろう__お前に対する」
オラトリオの言葉に、オラクルはきょとんと眼を瞬いた。
「どうしてお前を誉めるのが、私に対するおべっかになるんだ?」
「あいつが俺達の関係に気付いてるから…だ。お前自身を誉めるより、俺を誉めた方がお前が喜ぶと判ってるから」
「また……被害妄想だな」
オラトリオとオラクルの関係__それにクォータは気付いていて気付かない振りをしているのだと、オラトリオは思っていた。オラクルは気付かれてなどいないと信じている。
でも、と、オラクルはオラトリオの鈍い金色の髪に指を絡めながら言った。
「私自身が誉められるより、お前が誉められるのを聞く方が私が嬉しく思うのは事実だけど」
はにかみを見せながら言う恋人の言葉に、オラトリオは身体の熱が増すのを覚えた。
改めて相手を抱き寄せ、唇を重ねる。
「煙草の代わりのキスも悪くねえんだけどな」
オラクルを愛撫しながら、オラトリオは言った。
「お前の……を吸うってのなら、もっと効果がある気がするぜ?」
オラトリオの言葉に、オラクルは白い頬を赤らめて視線を逸らした。
「お前が煙草を吸いたくなるたびにそんな事されたら、身体が持たない……」
「そうなったら、俺が責任もって面倒みるぜ」
人の悪い笑いを口元に浮かべながら、オラトリオは言った。オラクルは怒ったようにオラトリオを睨んだ。が、すぐにそれは微笑みに変わる。
「ろくでなし」
短い言葉は、甘い睦言。

オラクルのしなやかな腕が首に絡み付くのを感じながら、オラトリオはもう一度、恋人に口づけた。








back

コメント
18000のキリを踏まれた綾園 理さんに捧げるリク小説です。
「それなりに仲良しの同じ顔3人(裏付き)」
Q太とトリオが仲が良いのか良くないのかはいまいち微妙ですが。
少なくともO2がいちゃらぶなのは確かですね。一生やってなさいってところで。
トリオが結局、禁煙に成功したのかどうかはフメイです(笑)

この話を読んでの感想などありましたら、こちらへどうぞ