俺は遣る瀬無さと絶望感に打ちのめされた。
やはりこの男は、決して俺に心を開こうとはしない。
ならばこの不毛な関係を終わらせる方法は、一つしか残っていない。

「オビトさんが死んだのは、あなたのせいじゃ無いです」
俺の言葉に、あの男は意外そうな表情を浮かべた。
まだこの話を続けるのかと言いたげに。
「あなたは仲間を助けようとした。でもそれは叶わなかった。だからと言って、あなたが罪悪感を感じる必要は無いでしょう?」
「…アスマがアナタに何を話したのかは知りませんが、あれは俺の責任でした」
殊勝な言葉を吐いた男を、俺はまっすぐに見据えた。
「責任?それはあなたがあの時、既に上忍で、隊長だったからですか?任務の完遂も仲間の生命を助けるのも、全てあなたの責任だったと?」
「…違いますか?」
「あなたがあんなに早く上忍になったのは、あの頃が第三次忍大戦のさなかで人手不足だったからです。あなたのお父さんがあんな死に方をしてしまったせいで戦力に穴があいた。あなたはそれの埋め合わせをさせられただけです」
俺の言葉に、あの男は幽かに眉を顰めた。
余裕を見せて笑うことなど、もう出来まい。
「…アスマが、そんな事まで…?嫌、そんな筈は__」
「全力を尽くしたのにオビトさんを助けられなかったのなら、それは仕方のない事であって、あなたのせいじゃありません。あなたがずっと罪悪感を抱き続けているのは、あなたが……」

オビトさんを、見殺しにしたからです

「千鳥を使って岩を砕けば、オビトさんを救うことは出来た。でもそんな事をすればあなたはチャクラ切れを起こし、任務遂行どころか自分の身まで危うくなる。だからあなたは、敢えてオビトさんを見殺しにしたんです」
あの男は穴の開くほど俺の顔を見つめた。
元々白い貌が、一層、蒼白くなる。
「あなたは手に入れた写輪眼のお陰で益々強くなった。でも同時に、オビトさんを見殺しにした罪悪感もずっとあなたに付き纏うことになってしまった」
でも、と俺は続けた。
「あの時の事は、あなたの責任では無かった。四代目が予定通りにあなた達と合流していたら、オビトさんは助かっていた筈です」
「…どうして……何故、あなたがそんな事まで…」
「知っているのは、四代目から聞いたからです」

俺は一旦、言葉を切った。
あの人の事を思い出すと、今でも胸が痛む。

「俺はあの時、伝令として任務に加わっていました。そして敵の仕掛けたトラップの一つに引っかかって、怪我をしたんです」
動脈を切る大怪我で、出血が酷かった。
すぐに手当てを受けて出血は止まったものの、それまでの失血が酷く、緊急の輸血が必要だった。まだ子供で体力が充分でないせいもあって、造血剤ではとても助かりそうになかった。
「瞬身の術が使える四代目しか、俺を救えなかった。だから四代目は俺を里まで連れ帰り、医療班に引き渡してから戦地に戻ったんです。そして幾ら瞬身の術を使っても一度に移動できる距離には限度があり、あなた達との合流が予定より大幅に遅れてしまったんです」
だから、と、改めてあの男を見、俺は言った。
「オビトさんが死んだのはあなたの責任ではありません。俺のせいだったんです」

俺は口を噤んだ。あの男も、何も言わなかった。
暫くの後、あの男は口を開いた。
「先生は眼の前で死に掛かっている仲間を見棄てるような人じゃありませんでした。アナタを助けるために俺たちとの合流が遅れたのは、それこそ仕方のない事だったんじゃありませんか?」
「俺のせいだと言ったのは、あの場所に俺がいた事がそもそもの原因だったからです」
「…どういう意味ですか…?」
俺は、オビトが死んだのは自分の責任だと言っていた四代目の姿を思い起こした。
俺は自分の罪に慄いたが、あの人は優しかった。
「あの頃の俺は、下忍ですらなかったんです。アカデミーは卒業していたものの大戦のせいで上忍師が圧倒的に不足していた為に、試験を受けられなかった。それなのに四代目にせがんで、伝令として前線に連れて行って貰ったんです」
「…何故?」
「俺はあの人の__四代目の側にいたかった。両親もいつも任務でいなかったから寂しくて、あの人の側において欲しかったんです」
あの男は幽かに眉を顰めた。
「…アナタと先生は…」
「恋人でした。少なくとも、俺はそう思っていました」

身体の関係などは無かった。
それでも子供ながらに精一杯、愛した人だった。
両親は俺たちの関係に反対だったし四代目の子供が産まれると聞かされた時にはショックだった。
それでも俺は、あの人を愛していた。
あの人が亡くなってからも、あの人との思い出を愛し続けた。
あの人が生きていたならナルトに注いでいたであろう愛情を、代わりにナルトに注いだ。
無論、初めからナルトを愛せた訳では無かったけれど。

「…アナタの子供っぽいワガママのせいで、オビトが死んだって言うの?」
冷ややかな口調で、あの男は言った。
俺の眼の前の男は、今まで見たこともない位、冷たく獰猛な瞳で俺を見た。
「そんな話、アンタの口から聞きたく無かったよ」
だって、と、あの男は続けた。
「今まで折角、知らないフリをしてたのに、それが駄目になってしまったでショ?」

俺は、心臓を鷲みにされたように感じた。
あの男が俺に近づいて来た時、俺をからかっているのか、さもなければ復讐の為だと思った。

そしてそれは、思い過ごしではなかった。





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