俺はベッドの上に寝転んで窓の外を眺めた。
あの男は任務が入ったと言って一昨日の夜から姿を見せない。
俺は曇りがちの空をぼんやりと眺めた。他に何もする事は無い。
こうして結界内に監禁されて、4日目だ。

アカデミーにはあの男から俺が病欠すると連絡を入れたと言っていた。流石に4日も休めば誰かが心配して様子を見に来てくれるのではないかと期待してみたが、中忍の同僚に、上忍の張った結界は破れまい。
これから、どうなるのだろう。
抗うのも逃れるのも無理な事は判っている。あの時、思い知らされたから。
あの時、俺はあの男に別れて下さいと告げた。これ以上、一緒にはいられません、と。
あの男は俺が心変わりして他に誰か好きな人が出来たのだと思い込み、職場の同僚がその相手だと勝手に決め付けた。
それは席が隣だから話をする機会が多いというだけの同僚で、人妻で、お腹に子供がいた。
あの男はその子供が俺の子ではないかと疑い、腹の子ともども彼女を殺すと喚きたて、俺は必死であの男を止めた。
彼女は殺されはしなかったが、2週間後に流産した。
元暗部ならば、誰にも気づかれずに妊婦に堕胎薬を飲ませるのも容易いだろう。
それ以来、あの男の嫉妬と独占欲と猜疑心は異常なまでに強くなり、俺は碌に同僚と飲みに行くことも出来なくなってしまった。
思えば、あの頃から監禁されていたようなものだ。

「…俺に、どうしろって言うんだ…?」
あの男は俺に心の内を見せない。寝る相手なら他にもいる癖に、俺を放そうとはしない。
一体、何が望みなんだ?

俺はあの男は過酷な環境に長く居たせいで、人を信頼したり、心を開いたりする事が出来ないのだろうと思っていた。
それでもあの男が俺を愛しているなら、いつかは心を開いてくれるだろうと思っていた。
俺は親鳥が卵を温めるようにして、辛抱強くあの男が心を開くのを待った。その為に、出来るだけの努力もした。
九尾事件の後の辛かったことや哀しかったことも、あの男には包み隠さず話した。他の誰にも話さなかった事まで話し、自分の弱みを晒した。
けれども、あの男の心は堅く閉ざされたままだった。
表面だけの優しさと俺に甘えたがる素振りは変わらなかったが、溝が埋まる事は無かった。
そして俺は、孵る事のない卵を抱き続けるのに疲れてしまった。

不意にチャクラの流れが変わり、結界が解けた。
何事が起きたのかと、俺は警戒心を抱きながらベッドに起き上がった。
「イルカ。いるのか?」
アスマ先生だ。
「お前さんが4日もアカデミーを休んでるって聞いてちょっと気になってな」
部屋に入ったアスマ先生は、勧めてもいないのに勝手に卓袱台のところに座った。どうやら長い話になりそうだと思い、俺はお茶を淹れた。
「奴に何をされた?」
前置きも無く、アスマ先生は訊いた。俺は、見ての通りだと答えた。
「今までどうすべきか迷ってたが…やっぱりお前さんにも話しておいた方が良いと思ってな」
「あなたとカカシさんの関係の事ですか?それとも、カカシさんと子供を殺す事の拘わりについて?」
時間を無駄にする積りが無いのは俺も同じだったので、単刀直入に訊いた。アスマ先生は、両方だと答えた。
「奴はガキの頃から天才の名を縦(ほしいまま)にしたエリートだが…精神的に不安定な面がある。表面上、飄々として何事にも動じないように振舞っている分、抑圧も深い」
暗部にいる間にそれが一層、悪化したらしいと、アスマ先生は続けた。
「俺が奴の全てを知っているって訳じゃないが、唯一判っているのは、子供の死が奴をおかしくさせる鍵になっているって事と、そうなっちまった奴を正気に戻すには、他に方法が無いって事だ」
「…具体的にどうなってしまうんですか?」

俺は聞いてしまってから後悔した。
こんな事、訊いて何になる?

「まず、意識が飛ぶ。戦場で敵味方の区別もつかなくなった奴を想像してみろ。こっちから攻撃しない限り反撃もされないが、危なくって仕方がねぇ。その後、自閉症のガキみたいに自分の殻に閉じ篭っちまって、口も利かなきゃ飯も喰わなくなる。放っておけば死ぬだろうな」
「そんなカカシさんを正気に戻すために、あなたはあの人を抱いているのだと仰るのですか?」
「…ああ」
思わず、俺は笑った。
「……何が可笑しい」
「あなたがカカシさんを好きなのが見え見えだからです。別に、隠す必要は無いでしょう」
アスマ先生は不機嫌そうに眉を顰めた。
「…俺の気持ちなんざ、どうだっていい。カカシの奴は、あんたに惚れてるんだ」
「暗部では、結界を張って恋人を監禁するのが普通なんですか?」
「奴は病気なんだ」

やや強く、アスマ先生は言った。
病気なのは判っている。
それも、不治の病だ。

「結界に閉じ込められたのは初めてですけど、ずっと監視はされてたんです。忍犬や、式を使って。そして少しでも誰かと親しそうに話していればその相手に異常なまでに嫉妬する。それどころか、殺してやるって言うんです」
それでも、と、俺は続けた。
「俺にあの人を赦せと言うんですか?」
「…あんたは奴の事を__」
「こんな目に遭わされてるのに、どうやって愛せるって言うんですか?」

俺は、息苦しさを感じた。
自分に、嘘は吐けない。

「…それでも……奴にはあんたが必要なんだ」
「どうして…俺なんですか」
「多分、あんたが奴と正反対だからだろうな…」

ダカラ溝ハ埋ウマラナイ

俺は帰って行くアスマ先生の後姿を見送りながら、死んで楽になる途を選べない自分を呪った。




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