また、繰り返し




「大丈夫ですか、イタチさん?」
「…服の替えが要るな」
大蛇丸のアジトを出たイタチに駆け寄って問うた鬼鮫の方を振り向きもせず、イタチは答えた。
「……かなりの出血だったようですが」
心配そうな鬼鮫の言葉に、イタチは改めて自分の姿を見遣った。
もう、傷口は塞がり血は乾きはじめているが、かなりの深手だ。
「また暫く、一つところで身体を休めなければならないようだ」
他人事のように言うイタチに、鬼鮫は肩を竦めたい気分になった。

イタチは暫く一箇所に留まっていれば、周囲の人間の生気を吸い取って傷もチャクラも回復する事が出来る。
それは鬼鮫も判っているが、それにしても自分の身体を大切にしなさ過ぎる。

「何故、わざわざ怪我なんかするんですか?それ以前に、サスケさんが欲しければさっさと拉致してしまえば良いでしょう?それに尾獣だって、暁なんかにやらせていないでとっとと私たちで集めた方が早い」
一気にまくし立てた鬼鮫に、そう、焦るなとイタチは言った。
「俺たちは化生の身だ。時間は幾らでもある__有り余る程に」
それに、と、イタチは続けた。
「遠い過去を思い出すのには時間がかかる。俺は元の姿を取り戻す為に尾獣の力を利用する積りだが、元の姿が何であるのか、戻ったらどうなるのか、それはまだ思い出せない」
鬼鮫は黙ってイタチの整った横顔を見つめた。

大きな目を縁取る長い睫。
血の色をした瞳。
蒼褪めた白い頬。
艶やかな黒髪__
どれを取ってもこの世の者とは思えないほどに美しい。

「……それだけ美しければ、今の身体に未練があるのは判りますよ」
イタチは鬼鮫を瞥見し、何も言わずに歩き始めた。
その後について歩を進めながら、鬼鮫は続けた。
「もしかしたら、今のままで良いと思ってませんか?」
「…かつて俺を封印したのが何者なのか、何故、封印されたのかを思いだせない内は、結論は出せない」
「じゃあ、場合によっては……また、大人しく封印されるって事もあるんですか?」
不満そうな鬼鮫の言葉に、イタチは軽く笑って首を横に振った。

かつて__数百年か、数千年かの昔__イタチは何者かによって暗黒の闇に封印された。
長い時を経て術者の術が衰えた為か封印が僅かに緩み、イタチは自分の身体の一部を斬り落として外界へと逃した。
身体の一部は更に長い時をかけて周囲の人間の生気を吸い取って力を蓄え、人間の女の胎を借りて自由に動ける身体を手に入れたのが、やっと二十年前の事だ。
まだ力も不安定で記憶は朧気だが、あの暗黒の闇に戻ろうとは、思わない。

「尾獣の力を手に入れれば記憶だって戻るかもしれないのに、何故、そう時間をかけるんです?」
「言った筈だ。俺たちには、時間は有り余っている」
イタチの言葉に、鬼鮫はあからさまに肩を竦めた。
戦いもせずに無為な日々を過ごすのは不満だが、契約を交わしてイタチの眷属となった以上、逆らう事は出来ない。
「俺たちと違い、人間はほんの数十年しか生きられない」
独り言のように、イタチは言った。
「その刹那のごとく短い時間の合間に、憎しみ、恨み、あるいは信じ、期待し、裏切られ……それでも信じる事を止めない」
興味深い生き物だとは思わないか?と、イタチは言った。
鬼鮫は、改めてイタチを見つめた。
「……あなたがサスケさんを従わせたいと思っているにも拘わらず、あえてご自分を憎ませようとするのは…」
一旦、言葉を切り、それから鬼鮫は続けた。
「何度、裏切られてもサスケさんがあなたを信じる事を止めないと……そう、思っているからなんですか?」

鬼鮫の言葉に答える代わりに、イタチはただ笑った。
嘲笑でも蔑笑でもない。
冷たく美しい笑みだ。
そしてそれは美しいだけに一層、禍々しく、鬼鮫の背筋を寒からしめた。

「……容赦ないですねぇ……」
それ程の絶対的な忠誠を求められたなら、自分ならとても付いていけないだろうと思いながら、鬼鮫は言った。
そしておそらくイタチは、サスケの絶対的な信頼を得るまで、何度でもサスケを裏切り続けるのだ。
宿屋で出会った時の、サスケの一途な眼差しを思い出す。
妖魔に魅入られた哀れな少年は、そう遠くない内に憎しみ続ける事に疲れてしまうのだろう。
だがもし全てに倦み疲れたサスケがイタチの意のままに従うようになったら、イタチはサスケへの興味を失うのではないか__
胸の奥が痞(つか)えるような奇妙な感覚に、鬼鮫は自らを哂った。









Fin



後書き
イタチさん、誕生日おめでとうございます♪
…って全然おめでたくない内容ですが、誕生日UPなので一応、祝っておきます;
『夕霧』『浮舟』でイチャらぶな(ってほどイチャイチャはしてませんが)サスイタを書いたので、反動で思いっきりダークなイタチさんを書きたくなって書きました。
この話のイタチさんは魔性の化身という設定ですが、途中から普通の人間で超ダークな方が良かったかな…と思ってみたり。
でも極悪人だと看做すには原作のイタチさんは物静か過ぎるんですよね。
悪でも善でも愛は変わりませんが。

ここまで読んで下さって、本当に有難うございましたm(__)m
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。


BISMARC



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