お遊びはこれまで




「サスケは、どこにいる?」
問われたカブトは、身動きも出来ずに問うた相手を見つめた。
サスケに良く似た面差し。
一文字に傷の入った木の葉の額宛。
何より、黒地に紅く雲を染め抜いた暁の装束__
眼の前の相手がうちはイタチである事は間違いない。
だがなぜ、彼がここにいるのか、カブトには理解できなかった。
そして、何故、身体が動かないのかも。
イタチはカブトの答えを待つように、何も言わずに静かに佇んでいる。

------しまった。瞳術……!

術中に陥ったのだと気づいた時には既に遅い。
カブトの右腕は本人の意思に逆らってサスケの部屋のある方向を指し示していた。



「ノックぐらいしろって、いつも言って__」
いきなりドアを開けた相手に抗議しようとしたサスケの言葉は、途中で途切れた。
信じられない思いに、無意識のうちに何度か瞬く。
「久しぶりだな。サスケ」
薬物の副作用による幻覚かと思い始めた時、イタチが口を開いた。
「……何しに来やがった」
「随分、無茶をしているようだな」
サスケの問いには答えず、部屋の隅に並べられた薬物の瓶を見遣って、イタチは言った。
「無理をし過ぎて身体を壊したら元も子もないと、いつも言っていただろう?」

------無理はするな、サスケ。まだ身体の出来ていない子供のうちに修行をしすぎるのは却って逆効果だ

不意に、何年も前の記憶がサスケの脳裏に蘇る。

------だってオレ、早く兄さんみたいに強くなりたくて…

記憶の中のイタチは優しく微笑み、サスケの頭を撫でる。

------焦る必要は無い、サスケ。俺はいつまでも待っているから
------兄さん……

見上げたイタチの瞳が、紅く変わる。

------お前が、俺を殺しに来るのを

「……ッ……!」
サスケは草薙の剣を掴み、そのまま鞘を払った。
「オレはあんたを殺す……!」
イタチは幽かに眼を細めた。
「…その様子ではまだ万華鏡写輪眼は開眼していないようだな」
「それがどうした」
「今のお前では、俺は殺せない」
「見くびるな……!!」
一気に高めたチャクラを剣に流し込み、サスケは袈裟懸けに斬り付けた。
血飛沫が飛び散り、金臭く生臭い臭いが部屋に立ち込める。
「……な…に、してやがる……?」
信じられない思いで、サスケは相手を見つめた。
幻術か影分身かと思ったが、そのいずれでもない事はすぐに判った。
イタチの肩から胸にかけて深く切り裂かれ、足元に血が滴り落ちる。
「な…にやってんだ、あんた。何で…避けない?」
「言った筈だ。今のお前では俺は殺せない。力の足りない者と、戦う気は無い」
思わず問うたサスケに、表情も変えずにイタチは答えた。
「ふ…ざけるな……!あんたが反撃しなければ、オレが手加減するとでも思ったか?」
コロシタクナイ__胸の奥に木霊する想いを打ち消そうと、サスケは歯噛みした。
「……さっきの…質問に答えろよ」
自分の意思ではない何者かに操られるように、唇から言葉が漏れる。
「あんたは何しに此処に来た…?あの時、あんたがオレを殺さなかったのは、オレに……あんたを殺させる為なのか?」

刹那、イタチの口元に笑みが浮かんだように、見えた。

次の瞬間、サスケの身体は宙を舞って壁に叩きつけられた。
部屋の壁は衝撃に耐えかねて崩れ去り、隣の部屋まで飛ばされてその壁に叩きつけられ、ようやくサスケの身体は床に落ちた。
「かはっ…く……ぅ…」
咳き込み、血反吐を吐きながら、何が起きたのかすぐには判らなかった。
折れた背骨と破裂した臓腑が悲鳴をあげ、身体が焼け付くように熱い。
「隙だらけだな、サスケ」
そんな事で俺を殺せると思うのか?__言いながら歩み寄ってくるイタチを、サスケはぼんやりと見遣った。
イタチに殴られたのだと、ようやく気づく。
単に殴られたのではなく、チャクラの塊を叩きつけられたのだ。
感情が乱れて隙があったのは確かだが、それでもイタチの動きは全く見切れなかった__写輪眼を発動しているにも拘わらず。
自分はこの8年の間、何をやっていたのだと思った時、イタチがサスケの頬に軽く触れた。
「お前を殺す訳には行かない……。お遊びは、これまでにしよう」
遊びだと?__言おうとしても、言葉にならない。
だがどうしてもこれだけは訊かなければならないと、サスケは必死で口を開いた。
「どうし…て……オレを、殺さなかっ…た……?」

8年前のあの時も。
そして今も。
どうしてオレを殺さない…?

イタチは憐れむように、サスケの髪を優しく撫でた。
「その答えを、お前はもう知っている筈だ」
イタチの言葉に、8年前の記憶がサスケの脳裏に蘇る。
南賀ノ神社地下の秘密の集会所。
その石碑に刻まれた一族の秘密。
「オレに…封印されてる……白狐…か」
「そう。それが、俺の目的だ」
言って、イタチは笑った。
10年前のあの夜に褥でサスケに見せたような、ぞっとする程の美しい微笑だった。






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