どこかにあるはずの光景



「もういっかい、見せてよ、兄さん。ねえ、もういっかい」
興奮してはしゃぐ幼い弟に、イタチは苦笑した。
「写輪眼は戦いの時に使うものだ。見世物じゃ、無い」
「でも、すごくきれい」
イタチが僅か8歳で写輪眼を開眼__それも最初から巴が三つ揃った完璧な形での__した事は、うちは一族の誉れとしてその日の内に一族中に広められた。
サスケもその事を知って我が事の様に喜び、何度か見せてくれとせがんでいたのだが、見世物ではないからと、イタチは中々応じなかった。
サスケが漸くイタチの写輪眼を目にする機会を得たのは、イタチの写輪眼開眼から三ヶ月ほど、経った後のことだ。

その日、ミコトは所用があって朝から出かけ、任務が休みのイタチにサスケを託していた。
修行につきあってとせがむサスケをイタチはまだ早いからと宥めていたのだが、子供らしい遊びなどした事も無く育ったイタチは幼い弟と遊んでやる事も出来ず、駄々をこねるサスケを持て余していた。
それで仕方なく、前からサスケが見たがっていた写輪眼を見せてやったのだ。
「ねえ、お願い、兄さん。もういっかい。もういっかい、見せて」
「……もう一回だけだぞ?」
軽く溜息を吐いて、イタチは再び写輪眼を発動させた。
「すごいよ、兄さん。カッコ良い」
大きな瞳を輝かせて誉める弟を、イタチは写輪眼でまっすぐに見つめた。
まだ赤子のような丸みを残した幼い身体が透けるようにして、チャクラの流れが見える。
イタチは幽かに眉を顰めた。
まだ幼いサスケにチャクラの動きなどあろう筈も無く、見間違いだと思っていたのだが、2度、続けてそれが見えたのなら間違いの筈は無い。
「サスケ。ちょっと立ってみろ」
「……え?」
不思議そうな顔をしながらも、サスケは兄の言葉に従ってその場に立った。
その頭からつま先まで、イタチは再び写輪眼で見据えた。
確かに、そして小さな身体には不釣合いな強いチャクラが、出口を求めて蟠る様にして渦巻いている。
「……サスケ。お前__」
「あ、母さんだ」
その時、玄関の引き戸の開く音がして、殆ど同時にサスケは部屋から駆け出した。
サスケは振り向かなかったから、自分の背中を見送ったイタチがどんな表情をしていたか、気づかなかった。

「ごめんね、イタチ。サスケの面倒を見てもらって」
サスケと共に居間に姿を現したミコトは、笑顔でそう、言った。
「俺がその為にこの家に引き取られた事は判っていますから」
イタチの言葉に、ミコトの表情が硬く強張る。
サスケは幼いながらも不穏な空気を感じ取り、母と兄を交互に見上げた。
「…誰からそんな風に言われたのか判らないけど」
それは違うわ、とイタチに言ってから、ミコトはサスケに向き直った。
「サスケはちょっと自分のお部屋に行ってなさい」
「どうして?」
「おやつの用意が出来たら呼んであげるから。ね?」
やんわりと引き離されて、サスケは渋々、居間から出て行った。

「俺も自分の部屋に戻って良いですか?」
「その前にこれだけは聞いて」
言って、ミコトはイタチを引きとめた。
「あなたをうちで引き取ったのは、姉さんがずっと病気がちだったからよ。サスケの為とかじゃなくて__」
「では写輪眼を開眼したというのに中忍試験も受けさせて貰えない理由は何ですか?下忍ならば大した任務も割り当てられないから、サスケの側にいさせるのに好都合だからでしょう?」
「あなたが心配だからよ」
思わずイタチの両肩を掴んで、ミコトは言った。
「いくら優秀でもあなたはまだ8つなのよ?でも中忍になってしまえば年齢なんて関係なく危険な任務にも就かされるかもしれない。私はそれが心配なの」
イタチは暫く口を噤んでいたが、それから視線を逸らした。
「…シスイが言ってた。俺の役目はサスケを護る事で、その為に本家に引き取られたんだって」
「そうじゃないわ。私は姉さんからもあなたの事を頼まれて__」
「『殺して』……と?」

ぴくりと指先が震えるのを、ミコトは自身で感じた。
やはりあの時の姉の言葉をイタチは覚えているのだ。
忘れる筈が無い。
実の母親が我が子を殺してと喚く姿を目の当たりにしたのだ。
忘れられる筈が無い。
この家に引き取ってから自分たちに少しも懐かないのも、あの時のショックが尾を引いているのだろうと、いつも哀しく思っている。
何故、姉があんな事を口走ったのか今でも判らない。
シスイの言うとおり、イタチを引き取ったのはサスケの護衛の為。
そしてそれは一族の長老会議での決定であり、我が子を奪われる事になった姉が取り乱したのは理解できる。
だが何故、『殺して』などと言ったのか。

「……姉さんはきっとあなたを手放したくなかったのよ。でもずっと病気がちで伏せってることが多くて、あなたの為に充分な事がしてあげられないって、ずっと悩んでたわ」
だから、と、ミコトは続けた。
「あなたを手放すくらいなら殺してしまった方が増しだと思う位に、自分を追い詰めてしまっていたのだと思うわ」
イタチは何も言わず、黙ってミコトを見つめた。
漆黒の瞳は底の無い深淵のようで、言葉の大半が嘘である事を見透かされているかのようだ。
「……俺がこの家に引き取られた理由が何であれ」
やがて口を開くと、イタチは言った。
「サスケは俺が護ります」
口元に僅かな笑みを浮かべ、イタチは続けた。
「サスケには、興味がある」
居間を出てゆくイタチの後姿を見送りながら、不吉な予感を覚えるのをミコトはどうする事も出来なかった。






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