「ねえ、兄さん。今度こそ修行に付き合ってよ」
あの頃のオレは、いつもそんな風に強請ってばかりいた。
アイツは大概、「忙しい」とか「父上に見てもらえ」とか言って取り合ってくれなかったけど、
その日は違っていた。
アイツは手招きし、駆け寄ったオレの頬に軽く触れ、そして微笑んだ。
あの時のアイツのぞっとするような美しさは、何年経っても忘れられない。
甘く苦い過去
「明日、任務休みなんでしょ?だから__」
「明日より、今のほうが都合が良い」
サスケを自分の隣に座らせ、軽く頭を撫でてイタチは言った。
「今から?もう、夜なのに?」
「父上も母上も明日の朝まで戻らない。今が好都合だ。__だが、お前が嫌だと言うなら__」
「嫌じゃない!今からでも全然、構わないよ!」
滅多に相手をしてくれない兄が構ってくれる機会を逃すまいと、必死になってサスケは言った。
そんなサスケの姿に、イタチは軽く微笑む。
「任務は夜もあるんだから、夜の修行も必要だよね?」
「ああ…。良く判ったな」
「当たり前だよ!じゃあオレ、支度して来る」
勢い良く立ち上がろうとしていたサスケは急に腕を掴まれてバランスを崩し、兄の脚の上に尻餅をついた。
「兄さん…?」
「行かなくて良い。外でする訳じゃない」
「家の中で?手裏剣の修行を見てくれるんじゃないの?」
イタチは答える代わりにサスケの手を引き、自分の部屋まで連れて行った。
イタチの部屋は離れにあった。
先月、中忍に昇格してから任務で帰りが遅くなる事もあるからと、本人の希望でここに移ったのだ。
それまでは怖い夢を見るといつも兄の寝室に逃げ込んでいたサスケだったが、イタチが離れに移ってからは一度も足を踏み入れていない。
渡り廊下を通って離れに行くまでの間、サスケは一種の不安を感じ始めていた。
家族四人で住むには広すぎる家は、今はいつもより一層の静寂と暗闇の中に包まれている。
イタチが襖を開けると、きちんと整えられた居間に幾つのも書棚が置かれ、あまたの巻物が整然と収められている様子がサスケの眼に映った。
「すごいや、兄さん。こんな沢山の巻物、全部読んだの?」
得体の知れない不安を追い払おうと、必要以上に大きな声でサスケは訊いた。
イタチはまるで聞こえなかったかのように問いを無視し、奥の間の襖を開ける。
部屋の中央に敷かれた布団が、月明かりに照らされて白く浮かび上がった。
「ここに、おいで」
「修行を見てくれるんじゃなかったの?」
褥の上に座らされ、サスケは不満げに頬をふくらませた。
イタチは笑い、それからサスケを抱き寄せる。
「兄さん……?」
「お前には生まれながらの才能がある。修行など、する必要もない」
サスケのクセ毛を撫でながら、囁くようにイタチは言った。
サスケは間近にイタチを見上げた。
「本当に?オレも兄さんみたいになれる?来年、アカデミーだけど、まだオレ何も__」
不意に唇を奪われ、サスケは口篭った。
眼を閉じ、イタチの為すに任せる。
怖い夢を見てイタチの部屋に逃げ込むと、イタチはいつもこうしてサスケを抱きしめて宥めていた。
サスケは兄に抱きしめられるのが好きだった。
特に怖い夢を見た後は、とても安心できた。
頬や首筋に口付けられるのも、くすぐったいけれど好きだ。
だからその夜も修行を見てもらえない不満はあったが、大人しく兄の腕に抱かれていた。
だが、背を撫でていたイタチの手が服の下に滑り込み、その指先が胸の突起に触れると、サスケは思わずイタチの手を振り払った。
「兄さん、何す__」
「お前は、俺が嫌いか?」
イタチに間近に見つめられ、サスケは困惑した。
何か良くないことが起きようとしているのだと感じたが、それが何なのか判らない。
「……嫌いな筈ないじゃないか。オレの兄さんなのに」
「では、好きか?」
幽かに笑い、イタチは訊いた。
サスケは頷いた。
「ちゃんと言葉で言わなければダメだ。俺を、好きか?」
「好き……だよ、兄さん」
「愛している?」
「愛してる……」
不意に肩の荷が降りたように気持ちが楽になるのを、サスケは感じた。
不安は消え、代わりに歓びが沸きあがる。
「大好きだよ、兄さん。愛してる」
「ああ……。俺もだ、サスケ。お前が……で、ある限り」
イタチの言葉の後半はサスケには聞き取れなかった。
だが、サスケは構わなかった。
大好きな兄が自分を愛してくれている__それだけで、充分だったから。
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