「二人の事は二人に任せて、そっとしておいてあげれば良いじゃない」
カカシとイルカが定食屋にいた頃、アスマは自宅で紅と差し向かいで酒のグラスを傾けていた。
二人ともかなりの酒豪で、1本目のウイスキーは既に空になりかけている。
「放っておいたら、傷つくのはイルカだけじゃない。カカシもだ」
「そうかしら?今のイルカ先生には親身になって世話をしてくれる人がいた方が良いと思うけど」
「カカシが、その役に相応しいと思うか?」

紅はそれは…と口篭り、形の良い眉を顰めた。
暗部を抜けた後も、カカシには暗部絡みの任務が与えられることが少なくない。そしてそういった任務の発令は往々にして急で、何日も何週間も帰れない事もままある。

「イルカはああ見えて結構、気が強いからな。表面は何でもないように振舞ってるが、その実、かなり参っている筈だ。そんな時に、誰かが半端に側にいるってのは、却って酷じゃないか?」
「それでも…」
紅は手の中でグラスを弄びながら言った。
「あなたがイルカ先生のような状態になったら、私は側にいてあげたいと思うわ」
「…その為に、忍を辞めることになっても、か?」
「アスマ。あなたいつからそんな悲観論者になったの?確かに二人のどちらかがああいう状態になれば任務には差し障りが出るでしょう。でもだからと言って、全てを諦めなければならない訳じゃないわ」
アスマは黙ったまま暫くグラスを見つめていた。
それから、二人のグラスに琥珀の液体を継ぎ足した。
「…お前がイルカみたいな状態になったとしたら、俺は誰か人を頼んでお前の面倒を見て貰うだろう。そして、俺自身がイルカみたいな状態になったら……」

アスマは、一旦そこで言葉を切った。
それから、続けた。

「お前に、側にいて欲しいとは思わない」
「…私も、自分がイルカ先生みたいになったら、あなたに側に居て欲しいとは思わないわ」
でも、と、紅は半ば苛立たしげに髪をかき上げた。
「あなたがああなったら、きっと私は側にいるわよ。勿論、忍を辞めたりもしない」
「……女はしたたかで強い生き物だから…な」
自嘲気味に、アスマは口元を歪めた。
「俺を、軽蔑したか?」
アスマの声は低く、口調は落ち着いていた。
が、幽かに不安の色を孕んでいることに、紅は気づいていた。
「…くの一を馬鹿にしないでよ。男が身勝手で愚かしい生き物だなんて事、とうの昔から知っているわ」
アスマは暫く紅を見つめていた。
それから、笑った。
「困ったことに、奴らは二人とも、その『身勝手で愚かしい生き物』なんだ」
「……哀しいわね」
アスマは何も言わなかった。
答える代わりに、紅の白い手の上に、自らの大きなそれを乗せた。
「でもあの二人には」
アスマの手に指を絡め、もう一方の手で包み込むようにして、紅は言った。
「何らかの『答え』が必要だわ。それが、どんな答えであろうと」
「答えならもう、出てるんじゃないのか」
いいえ、と紅は首を横に振った。
「カカシは言うべき事を言っていない。答えが欲しいと言いながら、本心ではそれを怖がって先延ばしにしているのよ。だから、イルカ先生も何も答えられない」

アスマは何か言いたげに一旦、口を開いた。
が、何も言わず、紅の白い手を見つめた。
それから、再び口を開いた。

「……怖い女だな、お前は」
「くの一を馬鹿にしないでよ」
言って、紅は嫣然と微笑んだ。



back