「ケガはありませんか?」
敵忍を倒した俺は、イルカ先生に訊いた。
見たところ、無傷だ。
ほっとしたら身体から力が抜けて、俺はその場に倒れた。
「カカシさん……!」
俺の名を呼んで、あの人は俺に駆け寄った。
「あんた、どうして……俺を殺す積りなのに、何で俺を庇ったりするんですか」
「アナタに…他の奴が傷を負わせるのは耐えられないから」

誰かがイルカ先生を傷つけるなんて赦せない。
イルカ先生に痛い思いをさせるのも耐えられない。
だから殆ど苦痛を感じないような方法であの人の生命を絶つ積りだった。
でももう、身体が動かない。

「…第1と第2小隊はどうなったんですか?」
「…俺が行った時に生き残ってた連中は逃がしました……敵はこっちの3倍もいて、中・上忍クラスばかりで……」

予想通り、イルカ先生は仲間の心配をしている。
そして、敵に忍がいたのは全く予想外だった。
一体、先遣隊は何をやってたんだか。お陰で俺の計画は台無しだ。
俺は咳き込み、血を吐いた。
どうやら内臓を何箇所も損傷したらしい。
多分、終わりだ。
自分の余りの間抜けさに、俺は可笑しくなった。

「シナリオと全然、違っ……まるで、狼少年みたい……」
「…禄でもない事を考えたあんたが悪いんです」
イルカ先生の言葉は冷たかった。
でも今更、優しい言葉なんて期待していない。
俺のせいでイルカ先生の部下たちは殺されてしまった。任務も失敗だ。こんな俺を、イルカ先生が赦してくれるとは思っていない。

第1、 第2小隊が敵の忍と戦っているのを見た時、これは報いだと思った。今まで俺が殺してきた者たちが、俺に復讐しに来たのだ、と。
俺を恨んでいるのは俺に殺された敵ばかりではないだろう。
見殺しにした仲間や部下、任務の巻き添えにした一般人。
彼らは皆、俺を激しく憎み、恨んでいるに違いない。
それなのに、俺が今まで生きていられた方が不思議だ。

「…イルカ…先生……?」

急に寒気を感じて、俺はイルカ先生の温もりを求めて手を差し伸べようとした。
けれども、身体がいう事を聞かない。
イルカ先生は俺を見下ろしているだけだ。

「出来れば…アナタと一緒に……」
「たわけた考えは棄てるんですね。あんたは、独りで死ぬんです」

イルカ先生の言葉は、意外でも何でも無かった。
俺が勝手にあの人を好きになって、あの人からも好きになって欲しくて自分を偽った。騙してたと言っても過言じゃない。
その挙句、一緒に死んでくれだなんてムシが良すぎる。
どうして、誰よりも大切なあの人にそんな酷い事をしようなんて思ったんだろう。

「その方が、却って…良い……。どうしてアナタを殺そうなんて…ったのか……」
でも、と言いかけて、俺は再び咳き込んだ。
内臓からの出血が気管に流れ込んだらしい。酷く苦しい。それに、寒い。

きっと俺は、このまま死ぬ。

そう思ったら、何だか酷く孤独に感じた。
イルカ先生はすぐ側にいてくれるけど、それは多分、「写輪眼のカカシ」の死体をこんな所に放置できないから俺が死ぬのを待っているだけだろう__死んだら、死体を処分する為に。
何だか、忍のクズに相応しい最期じゃないか?
任務に失敗して部下を何人も死なせて、これじゃ慰霊碑に名前なんて刻んで貰えない。
慰霊碑に名を残せなかった忍のことなど、皆すぐに忘れるだろう。
イルカ先生も、俺のことなど忘れてしまうに違いない。
そう思ったら、酷く不安になった。
すぐに死ぬくせに、もう何も不安に思うことなどない筈なのに、たまらなく不安だ。

「…ルカ…せん……」
俺は立て続けに咳き込んだ。喋ろうとすると血が気管に流れ込んで咽る。
「アナタには酷い事を……でも、俺は__」
血が咽喉に絡まってうまく喋れない。
それでも、最期に一言だけ、あの人に伝えたい。
「それでも…は……アナタを……」
「無理に喋るのは止めなさい。あんたが言いたい事は判る」
あの人はそう言って、俺の言葉を遮った。

酷いよ、イルカ先生。
最期にたった一言、想いを告げるのも俺には赦されないんですか?
アナタを俺の血で汚したくないから抱きしめて欲しいなんて望まない。
俺が死んだら、忘れてしまって構わない。アナタを、哀しませたくは無いから。
新しい恋人に嫉妬もしない。アナタには、いつも笑っていて欲しいから。

だからせめて、愛しているって言わせて下さい。

「……イ…ル……」
もう一度、俺は血を吐いた。
身体がどんどん冷たくなってゆく。
最期まであの人の顔を見ていたいのに、視界がぼやけて禄に見えない。
何でだろう。
右目から涙が流れたことなんて無いのに。
「…タ…を……あい__」
「畜生…!」
もう一度、イルカ先生は俺の言葉を遮った。
表情は見えないケド、イルカ先生が怒っているのは判る。
「止血くらいはしてやる。だがそれ以上なんか期待するな。禁術の使いすぎで、医療忍術を使うチャクラなんぞ残っちゃいねえ」

俺は、自分の耳を疑った。
イルカ先生が、俺を助けようとしている……?
あの人は式を飛ばして救援を求めると、俺の傷を晒しで縛った。

「…何…故…」
「何故、助けるのかって?それは俺が聞きたい。俺はあんたのした事は赦せない。それに、あんたを恋人だなんて思ってもいない。あんたに付き纏われるのも嫉妬されるのももう、うんざりだ…!」
イルカ先生は一旦、言葉を切った。
それから、続けた。
「だから…俺はあんたを助けない。だが、見殺しにもしない。あんたも一応は、木の葉の忍だから」
だから、と、イルカ先生は続けた。
「俺に伝えたい言葉があるなら、自力で生き延びろ。生きて里に帰って、そして……」

そして?
生きて里に帰ったら、イルカ先生は俺の言葉を受け取ってくれるのだろうか?
イルカ先生は俺を赦せないと言った。
それでも、俺は__俺たちは__やり直せるのだろうか?

「誤解しないでくれ。俺はあんたとヨリを戻そうなんて思っちゃいない。ただ__ただ…あんたに死んで欲しくないだけだ」
本当に、酷い人だ。
アナタを失うくらいなら、死んだほうがマシなのに。
それでもアナタは、俺に生きろと言う。
なんて残酷で、
なんて愛しい。

俺は、ゆっくりと目を閉じた。
身体は石のように重く冷たく、感覚が失われてゆく。
失血が酷すぎた。きっともう、助からない。

それでも、もしここで死ななかったら。
もし、生きて里に帰ることが出来たら。
アナタがもう俺を愛してくれなくても、それでも……。

愛してるって言っても良いですか?









あとがき
お題全20話、漸く終わりました。
すれきったイルカさんと壊れまくったカカシの暗〜い話なので、付いてこれるお嬢さんはいるのだろうかと心配していましたが、途中でコメントを頂けて嬉しかったです。
実は10話で終わりにする積りでしたが、お陰で最後まで続けられました。
「続きが楽しみ」とおっしゃって下さったHaさん、Miさん、「黒イルカが素敵」「カッコ良い」とコメント下さったお嬢様方、有難うございましたm(__)m

この後、カカシがどうなるのか、生き延びたとしてイルカさんとの関係がどうなるのかは、お好みに合わせて脳内変換して下さいませ。
最後まで読んでくださって、有難うございますm(__)m

BISMARC


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