俺はチャクラを練りながら、逃げる術を考えた。
印を組まなくてもチャクラを練り術を発動させる方法は、腕を酷く負傷したり、敵に捕らえられた場合の為にと、昔、四代目に教わったものだ。印を組んだ時より術の発動まで時間がかかるが、威力は変わらない。
縄にはあの男のチャクラが練りこんであるし、結界も破るのは困難だ。通常の場合なら、不可能だと言っていいかも知れない。
だが今、あの男は「敵に忍がいた」という茶番を演じる為に多重影分身と変化を使い、かなりのチャクラを消費している筈だ。あの男のチャクラは質・量ともに俺の比ではないが、スタミナ切れを起こしやすいという弱点がある。
あの男のチャクラが残り少なくなった時が、逃げるチャンスだ。
トラップにやられた部下たちの身も心配だが、俺は敢えて自分が逃げることに専念しようと決意した。
あの男の狙いは俺だけなのだ。
俺が逃走してしまえば、他の仲間に危険は及ばない。

アナタの望みが叶うような死に方を用意してあげたんです

あの男の言葉が、脳裏に蘇った。
俺は確かに里を護って死んだ両親や四代目を誇りに思っている。だが誇りに思う以上に、彼らには生きていて欲しかったと思っているのが本心だ。
それに俺自身は英雄になろうなんて思っちゃいない。「慰霊碑に名を刻まれるような死に方をしたい」だなんて考えたこともなければ、言った記憶も無い。
あそこに名を刻まれるのは、殆どが早すぎる死を迎えた者たちだ。
忍としては仕方のない事なのだろうし、犬死にするよりは『英雄』として死んだほうがマシかも知れない。
だが、遺された者の哀しみや愛する者を残して死んだ者の無念さは、あんな冷たい石の碑では癒せない。
ナルトはもう、俺がいなくても大丈夫だろうし、アカデミーの子供たちは一時的にはショックを受けても俺の事をすぐに忘れるだろう。アカデミーでは俺の替わりはすぐに見つかるだろうし俺には家族もいない。
だがそれでも、今、こんな理由で死ぬなんて真っ平だ。

不意に、あの男のチャクラが弱まった。
俺はその機を逃さずに綱を切り、結界を解いた。
あの男はいずれチャクラ切れを起こすだろうとは思っていたが、予想より早いし、それに変化が急激過ぎる。
敵を演じている影分身の一人が味方の攻撃で負傷でもしたのだろうか?
だが今回の任務は敵方に忍がいないという事でランク認定が低く、味方は中・下忍ばかりだ。
それなのにあの写輪眼のカカシが、急激にチャクラを低下させるほどの重傷など負わされるだろうか?
俺は不審に思いながら、トラップで吹き飛ばされた部下たちの許に急いだ。
「…何が殺したりはしない、だ…!」
部下の下忍たちは、3人とも事切れていた。
俺はあの男に対する怒りを改めて感じながら、遺体に歩み寄ろうとした。
だが。
何かがおかしい。
起爆布の威力は減殺してあった。トラップに気づけなければ怪我はするだろうが、死ぬほどでは無かった筈だ。
俺は、慎重に辺りの様子を探った。
完全に気配を消しているのか、気を感じ取る事は出来なかった。
それでも、囲まれているのは判った。

「…隠れていないで出てきたらどうだ」
俺の言葉に答えるように、敵忍が姿を現した。
あの男の変化では無い。チャクラが違う。
全部で8人。二人は上忍、残りは中忍クラス。
最悪だ。
「仲間割れでもあったのか?あれは、我々の仕掛けたトラップじゃ無い」
「…答える義務は無い」
「ほう…。ならば、死んでもらおうか」
一人の言葉と共に、クナイの雨が俺に降りかかった。俺はそれを避けて跳びながら、印を組んだ。
8対1では、戦いが長引けば長引くほど、こちらの不利だ。
「火遁、紅竜弾!」
術を発動させると同時に、身体に痛みが走った。
これはかつて四代目に教わった禁術で、術者のチャクラを何倍にも増幅させる力を持つ。
それだけに身体への負担が大きく、まさに両刃の刀だ。
「畜生…!何て火力だ」
敵はこちらが中忍一人と思って油断していたようだ。
今の火遁で2人を仕留め、4人に負傷を追わせた。だが残り2人は無傷だ。
負傷した4人もまだ戦えるし、こちらが禁術を使えると判って警戒心が高まると、厄介な事になる。
「土遁、瓦解の術!火遁、昇龍波!」
「ぐわっ……!」
俺は敵に体勢を立て直す隙を与えずに連続攻撃を仕掛けた。

チームで動く場合、仲間同士で相討ちにならないように間合いを計らなければならない。その分、単独行動より攻撃のタイミングが遅れる。
その僅かな隙を狙っての攻撃で、更に3人を倒し、残り3人にもダメージを与えた。
だが、禁術の連続使用は俺の身体にも予想以上の負担をもたらしたようだ。
全身が熱く、関節が軋むように痛む。
これで攻撃を受けたら、避けられない。

「貴様、よくも俺の弟を…!」
敵の上忍の一人が、血走った目で俺を睨みつけた。
凶悪な殺気に、吐き気がする。
「お前らは手を出すな!こいつは俺が八つ裂きにしてくれる」
言って、敵忍は槍を構えた。忍には珍しい槍使いだ。
俺は背中の忍刀に手を伸ばしたが、身体が思うように動かない。
「くたばりやがれ……!」
ドスッという重い音が響き、血の匂いが鼻腔を掠めた。
俺は目の前にいる男の銀髪を、半ば呆然と見つめた。
あの男は俺を庇って槍を自分の身で受けると同時に、敵の胸にクナイを付き立てていた。
そして腹に槍を射したまま残った二人の敵も倒した。
俺が加勢する暇も無かった。

「ケガはありませんか?」
あの男は俺を見て、笑って訊いた。
そして、そのままその場に倒れた。
「カカシさん……!」
腹に受けた槍以外にも、あの男は何箇所も負傷していた。それも、かなりの深手だ。
これならば、急激にチャクラが弱まった理由も判る。
「あんた、どうして……俺を殺す積りなのに、何で俺を庇ったりするんですか」
「アナタに…他の奴が傷を負わるのは耐えられないから」
俺はあの男のベストのファスナーを外し、傷を調べた。
止血しようとし、思いとどまった。
この男は、俺を殺そうとしたのだ。
生き延びれば、いずれまた俺の生命を狙うだろう。
そして、その時にはまた、仲間が犠牲になるかも知れない。
俺の部下だった下忍たちが死んだのは、この男が殺したも同然だ。

「…第1と第2小隊はどうなったんですか?」
「…俺が行った時に生き残ってた連中は逃がしました……敵はこっちの3倍もいて、中・上忍クラスばかりで……」
あの男は苦しげに咳き込み、血を吐いた。
そして、笑った。
「シナリオと全然、違っ……まるで、狼少年みたい……」
「…禄でもない事を考えたあんたが悪いんです」

生暖かい感覚に、俺は自分の足を見た。
あの男の身体から血溜まりがゆっくりと広がり、俺の足を赤く染めている。
このまま放っておけば、死ぬだろう。
そうすれば、俺はやっとあの男から解放される。

「…イルカ…先生……?」
弱々しく言うと、あの男は俺に手を差し伸べた。正確には、差し伸べようとした。
俺は、動かなかった。
「出来れば…アナタと一緒に……」
「たわけた考えは棄てるんですね。あんたは、独りで死ぬんです」

自分の言葉の冷酷さを、俺は意外に思った。
だが、あの男は驚きも哀しみもしなかった。
ただ、静かに微笑んだ。

「その方が、却って…良い……。どうしてアナタを殺そうなんて…ったのか……」
でも、と言って、あの男は再び咳き込んだ。
内臓からの出血が気管に流れ込んだらしく、酷く苦しそうだ。
俺は、目を逸らした。

このまま、何もしなければ良い。
そうすれば、俺は解放される。
この男のした事は赦せない。
このまま、何もするな__

血の匂いに吐き気を感じながら、俺は、目を閉じた。





back