俺は爆風を避けて跳んだイルカ先生を、着地する前に補足した。
トラップに気づいたのは流石だ。俺が好きになった人だけの事はある。
でも爆風を避けるのに気を取られ、上空に第2のトラップ__つまり、俺__が潜んでいた事までは見抜けなかった。
俺はチャクラを練りこんだ縄で、イルカ先生を後ろ手に縛り上げた。
「あんたは……」

俺は敵方の忍に変化していたのだけど、イルカ先生は即座に正体を見破った。
すぐに俺だと気づいてくれたのは嬉しいケド、余り喜べない。
イルカ先生が、敵を見るような眼で俺を見たから。

「俺を殺したいんだったら、どうして他の忍まで__」
俺はイルカ先生を肩に担ぎ、負傷した下忍たちに話を聞かれない場所まで移動した。
それから、変化を解いた。
「…どうして……関係のない者まで巻き添えにした?」
「彼らには、証人になって貰いたいからです」
「証人?」
鸚鵡返しにイルカ先生は訊いた。
「一緒に死んで下さいってお願いしても、アナタは聞いてくれないでショ?だから、アナタの望みが叶うような死に方を用意してあげたんです」
「俺の…望みだと…?」
「アナタ、いつも言ってたじゃないですか。里を護って死んだ両親を誇りに思っているって。自分も死ぬなら、慰霊碑に名を刻まれるような死に方をしたいって」
イルカ先生が誇りに思っているのは両親だけじゃないだろう。
でも、今はその事は考えたくない。
「先遣隊の情報に拠れば、敵方に忍はいない筈でした。でももし、敵に忍がいたら?」

俺は影分身と変化を使って敵の忍を演じ、第1、第2小隊と戦う。
敵は上・中忍からなる陣容の上に、数の上でも木の葉の倍はいる。
そこで、本来の姿の俺は敵を食い止め、第1、第2を逃がした後、敵と交戦している第3小隊の救援に向かう。
苦戦の末、俺は何とか敵の本陣を叩き、戦力を殺ぐという任務は遂行するものの、仲間を逃がすために手傷を負った俺と、同じく部下を助ける為に戦ったイルカ先生は殉職する__

「…何をふざけた事を……」
俺が計画を話すと、吐き棄てるようにイルカ先生は言った。
俺は哀しくなった。
勿論、喜んでくれるだろうとは思っていなかったケド、こんな風にあからさまに憎しみを向けられるとも思っていなかった。
嫌、嘘だ。
もう随分前から、イルカ先生は俺に笑ってくれなくなった。
話しかけても答えてくれない時もあったし、夜の営みも途絶えていた。
俺はそれを、イルカ先生は疲れているのだろうとか、アカデミーで何か厭なことでもあったのだろうと考えて、自分を誤魔化してきた。
でももう、限界だ。
俺とアスマの事とか、先生とイルカ先生の子供の頃の関係とかは、原因じゃない。
それはきっかけではあるかも知れないけど、イルカ先生が俺を嫌いになってしまった本当の理由は、もっと別なところにある。
それは、俺がクズだって事。

「…仕方ないんです」
イルカ先生の顔を見ているのが辛くて、視線を逸らして俺は言った。
「俺は仲間を大切にする事も出来ない忍のクズだから。アナタに好きになって欲しくて一生懸命、まともな人間のフリをしてたけど、聡いアナタを騙し続ける事は出来なかった……」
「…カカシさん…」
「任務は成功させます。でないと、慰霊碑に名前を刻んでもらえないし。それに他の連中を殺したりもしません。怪我はさせるケド」
大事な証人だから__言いかけて、俺は言葉を呑み込んだ。
ここは大事な『仲間』だからと言うべきだった。
やっぱり、俺はこういう人間だ。

俺は後ろ手に縛ったイルカ先生をそのまま木に括りつけると、周囲に結界を張った。
イルカ先生を逃がさない為と言うより、護る為に。
この辺りに敵はいない筈だけど、戦場では何が起きるか判らない。
「カタをつけたら、すぐに戻って来ます」
「…考え直す積りは無いんですか?」
イルカ先生の言葉に、俺は改めてあの人を見た。
「アナタは…考え直してはくれないんでショ?」
俺の言葉に、イルカ先生は何も言ってくれなかった。
嘘でも良いから考え直すって言って欲しかった。
それでも、俺の計画は変わらないケド。



イルカ先生を後に残し、第1、第2小隊のいる地点に向かいながら、俺は夜空を見上げた。
月が出ていれば綺麗だったろうに、残念だ。
こんな風に月や星の美しさを知ったのは、イルカ先生を好きになってからだ。それまでは月や星なんて、位置確認に利用するだけだったから。
イルカ先生と見上げる月は、いつでもとても美しかった。
イルカ先生と見る花は、いつもとても綺麗だった。
イルカ先生と一緒にいれば、世の中の全てが浄化され澄んでいるように思えた。
だけど俺は気づくべきだった。
例えイルカ先生の側にいても、俺自身が浄化される事は無いのだと。
俺の手に染み付いた血は、決して清められる事は無いのだ…と。





「…嘘でショ…」
第1、 第2小隊のいる場所にたどり着いた俺は、思わず呻いた。
彼らは、敵の忍と交戦していた。





back