夢を見た。

この頃、厭な夢ばかりを見る。
大体は暗部にいた頃の夢だ。それも、仲間を犠牲にしたり囮にしたり捨て駒にしたりして見殺しにした時の夢。
暗部では任務の完遂が何よりも優先される。
火影直属のエリートとか何とか言ってるケド、暗部の実態は消耗品だ。
そんなトコロに、俺は随分と長くいた。長過ぎる程に。
だから、馬鹿の一つ覚えみたいに「俺の仲間は誰にも殺させない」とかなんとか唱えていないと、うっかり部下を捨て駒にしてしまいそうになる。
波の国に行った時だって、足手まといなガキどもを見棄てて逃げようかと何度も思った。

だって仕方ないでショ?

誰だって自分の身は可愛い。
誰だって、死ぬのは怖い。
数え切れないくらいの人を殺めてきた忍のクズであっても。
死んでしまったら二度とイルカ先生に会えないと思った時、俺は邪魔なガキどもと事情を隠してランクを偽った依頼人を心底、憎んだ。
それでも九尾を腹に宿してるナルトが死なないのは判っていたし、ナルト達を見捨てたりしたらイルカ先生にチクられるのは火を見るより明らかだった。
だから必死であいつらを護ったケド、慣れない事をしたせいでチャクラ切れを起こし、酷く惨めだった。

俺は物心ついた時には既に戦地にいて、遠国にいる母親の顔は知らないし父親とも滅多に会えなかった。そしてその父親が俺に教えてくれたのは、人を殺す術だけ。
友達なんか当然、いなくて子供らしい遊びなんかしたコトも無い。
オトナに混じって人殺しに明け暮れる俺を、周囲はバケモノと呼んだ。
そりゃそうだよね。
普通ならアカデミーに入ったばかりのヒヨコみたいな年齢で中忍になって、危険な潜入任務を何度もこなした。
今にして思えば、あの時の俺は捨て駒にされてたんだろう。
さもなければ10歳にもならないガキを敵地に独りで送り込むなんて、考えられない。
俺の父親が任務に失敗して死んだ後、周りの連中は俺を持て余していたに違いない。或いは、俺が報復でもすると思ったか。
だから俺を葬り去ろうとした。けれども、俺は死ななかった。
俺は殺すことしか知らない男だ。
死に方なんて、判らない。

イルカ先生と出会えたのは奇跡だった。
イルカ先生の存在が奇跡そのもの。
殺すことしか知らなかった男が、誰かを護りたいと思うようになった。
闇の世界に棲んでいた俺に、光が与えられた。
性悪なアバズレのようだった俺が、汚れ無き乙女のような恋をした。
これが奇跡でなくて何だろう?
その奇跡に、俺は有頂天になった。
感情はあまり表にださない方だけど、この歓びは隠しきれなかった。
少しでもイルカ先生に気に入って貰いたくて、料理も覚えた。
以前、イルカ先生がつきあってた女たちが気立てが良くて家庭的な可愛らしいタイプだと知ったので、あの人の前ではそう見えるように振舞った。
あの人と一緒に暮らし一緒に掃除や洗濯をしていると、暗部にいた過去が嘘だったように思えて、なんだかまともな人間になれた気がした。

だから、今更、暗部にいた頃の事なんて思い出したくない。

「綺麗な月ですね」
俺は窓から外を見つめているイルカ先生に声をかけた。
このところイルカ先生は仕事が忙しくて疲れているせいで、夜の相手をしてくれない。
だから俺は眠りが浅くなって、ろくでもない夢ばかりを見るのだ。
今夜はしっかり構ってもらおうと、俺はあの人を後ろから抱きしめた。

「綺麗ですね。あなたみたいに」
イルカ先生の言葉に、俺は嬉しくなった。
俺はいつも、イルカ先生は俺の太陽だと思っている。俺はあの人の光を受けて初めて輝くことの出来る月だ。
その気持ちが通じているのだと思い、俺は尻尾でも振りたくなって言った。
「そうですか?やっぱり、そう思いますよね?」
「やっぱり…って何ですか。あんたがナルシストだとは知りませんでした」
ナルシスト?何で?
ああ、そうか。イルカ先生は俺が月みたいに綺麗だって言ってくれたんだっけ。
コトバって、難しい。

「そうじゃなくて、俺が月だって事ですよ。イルカ先生が太陽だから」
「俺は太陽なんかじゃありません。太陽に喩えるなら、四代目のような人こそが相応しい」
「…先生が、ですか?」
唐突に先生のことを言われ、俺は浮かれていた気持ちが沈むのを感じた。
「何も判らない子供だった俺にも、あの人が抜きん出た存在なのは感じ取れました。誰よりも強くてどんな事でも器用にこなせて、それでいて少しも奢ることなく誰に対しても優しかった…」
「止めませんか、そんな話」
俺は何とか苛立ちを抑えて言った。
イルカ先生は、意外そうな顔で俺を見た。
「あなたの先生だった人の話をするのが、気に障るのですか?」
「アナタの恋人だった人の話でしょう。恋人の前で昔の恋人の話をするなんて、マナー違反です」

俺は余り自分を他人と比べた事が無い。
周りは勝手に俺を『天才』と呼び、ガイは勝手に俺をライバルだと言っているケド、そんなの俺の知った事じゃない。
俺は確かに早熟で異常な環境で育ったから、比較する相手もいないのだ。
だから誰かをライバル視したことも無ければ、誰かを目標にして憧れたことも無い。
ただ唯一の例外は、先生だ。
あの人は技や術に秀でていただけでなく人間的にも優れた人格者で、だからこそあの若さで四代目火影に選ばれた。
それまで『バケモノ』扱いされていた俺を、人として扱ってくれた。
先生は俺の目標というより、もっとずっと高い所にいる存在だった。
あの人には叶わない。
あの人を、越える事は出来ない。
先生は、そんな存在だった。
そんな人が恋敵だったら、勝てるワケが無い。

「済みません。でも、あの人とは深い仲だった訳じゃありませんから」
イルカ先生の言葉に、俺は却って苛立った。
先生の側にいたくて危険な戦地にまでついて行ったクセに、そして先生だってイルカ先生を助けるために俺たちを見捨てるようなマネまでしたのに、それがどうして深い仲じゃないなんて言える?
「それは先生がアナタを大切にしてたからでショ?あと何年か、待つ積りだったんだ」
「どうして、そう思うんですか?」
「リンから聞いたんです。先生には他に好きな人がいるのに、ご意見番たちの命令で、別な女の人との間に子供を作らなきゃ、いけないんだって。でも、本当に好きな人の事は、諦めていないって」
言ってしまってから、俺は後悔した。
こんな余計な事を言ってしまえば、ますますイルカ先生は先生を忘れられなくなってしまう。

「あの人は…四代目はリンさんには俺の事を話していたんでしょうか」
「知りませんよ、そんな事。リンが好奇心で勝手に嗅ぎ回ったか、別のくのいちの誰かから噂でも聞いたのかも知れない」
「あなたには、俺との事は隠していたんですね?」
「知ってたら、アナタを奪ってた。もっと早くにアナタの存在を知っていたら、他の誰にも渡さなかったのに」

俺は苛立ち、酷く不安になった。
そんな昔の事なんかどうだって良いでしょう?
今は俺だけを見て。
俺の事だけ考えて。
そう言いたいのに、咽喉が締め付けられるように苦しくて、言葉が出ない。
このままイルカ先生との関係が壊れてしまうかも知れないと思うと、痛いほどに胸が苦しい。

「イルカ先生……っ」
俺はたまらなくなってあの人を押し倒し、強引に唇を重ねた。





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