任務だと、思えば良い。

それが、俺の辿り着いた結論だった。
任務であるなら、どんな事でも割り切れる。子供を殺すのだって罪悪感は感じない。
だから、これは任務だと思えば良いのだ。

里の誇るトップレベルの上忍。ただし時に情緒不安定となり、心が歪んでいる。
だから監視役兼世話係が必要で、それが俺に与えられた任務だ。
俺の任務はあの男と一緒に暮らし、一緒に飯を喰い、時々目合(まぐわ)う事。
そうしてあの男の抱えている歪みを、何とか許容範囲内に収まるようにするのが目的だ。
俺の手に負えない時には、同じ任務に就いている猿飛アスマが補佐をする。
レベルとしては難しくも何とも無い。
が、お守りの対象が里にとって貴重な戦力なので、Cランクくらいには認定されるだろう。
これが俺に与えられた任務。
期限は、あの男が死ぬまで。



「綺麗な月ですね」
ぼんやりと夜空を見上げていた俺の後ろで、あの男が言った。
答えずにいると俺の身体に腕を回し、背後から抱きしめてきた。
今、あの男は俺に甘えたがっているのだ。
まるで、母親に構って貰いたがっている子供だ。
そうやって甘えたがるのは、何か厭なことがあった証拠だ。だが俺の知る限り、このところあの男は暗部の任務には関わっていない筈だ。
ならば、日常が平穏すぎるせいで昔の事でも思い出したのだろう。

「綺麗ですね。あなたみたいに」
空を見上げたまま、俺は言った。
俺はあの男のお守り役だ。
甘えたがっている時には甘えさせてやるのも勤めだ。
「そうですか?やっぱり、そう思いますよね?」
あの男は俺の隣ににじり寄り、俺の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。
俺は少し、呆れた。

「やっぱり…って何ですか。あんたがナルシストだとは知りませんでした」
「そうじゃなくて、俺が月だって事ですよ。イルカ先生が太陽だから」
言いたい事は判った。
が、飛躍しすぎだ。
こんな男が上司だなんて、ナルトたちも可哀想に。
中忍試験の時、「潰してみるのも一興」と言ったのは本心に違いない。
あの男は元々、ナルトに嫉妬していた。ナルトが俺を肉親のように慕い、俺もナルトには他の生徒より目を掛ける。それが、独占欲の塊のあの男には気に入らないのだ。
亡くなった人を悪く言いたくは無いが、あんな男をナルトの目付け役にした三代目の判断は、間違っていたとしか思えない。
三代目があの男をその役に選んだのは、恐らくあの男が四代目の弟子だったからだろうが。

四代目。
その言葉だけでも、俺の心は震える。
恋は何度か経験したが、あの人に対する想いは特別だった。

「俺は太陽なんかじゃありません。太陽に喩えるなら、四代目のような人こそが相応しい」
「…先生が、ですか?」
あの男は腕の力を緩め、俺の横顔を見つめた。
「何も判らない子供だった俺にも、あの人が抜きん出た存在なのは感じ取れました。誰よりも強くてどんな事でも器用にこなせて、それでいて少しも奢ることなく誰に対しても優しかった…」
「止めませんか、そんな話」
不機嫌そうに言われ、俺は幾分か意外に思ってあの男の顔を見た。
「あなたの先生だった人の話をするのが、気に障るのですか?」
「アナタの恋人だった人の話でしょう。恋人の前で昔の恋人の話をするなんて、マナー違反です」

でも、あんたは俺の恋人じゃない

そう、口に出して言ったなら、この男はどんな反応をするだろう。
きっと逆上して俺が心変わりしたのだと責め立て、いもしない俺の新しい恋人を殺すと喚くのだろう。
俺は溜息を吐きたくなった。
こんな気狂いのお守りをしていたら、こっちまでおかしくなってしまいそうだ。
それもあの男が死ぬまでずっと続くのだ。その苦痛を考えたら、とてもCランク任務とは呼べない。

だったら、ルールを変えれば良い。
これは任務ではなく、ゲームだ。
あの男が俺を嫌い、俺から離れるように仕向けられれば、俺の勝ちだ。
そう考えたら、口元に自然と笑みが浮かんだ。
後にして思えば、この時の俺は四代目の事を話すなと言われたせいで、心がささくれだっていたのだ。

「済みません。でも、あの人とは深い仲だった訳じゃありませんから」
「それは先生がアナタを大切にしてたからでショ?あと何年か、待つ積りだったんだ」
苛立たしげに言うあの男を、俺は珍しいものでも見るように見た。
そして、どこまであの男が感情を露にするのか、興味を持った。
「どうして、そう思うんですか?」
「リンから聞いたんです。先生には他に好きな人がいるのに、ご意見番たちの命令で、別な女の人との間に子供を作らなきゃ、いけないんだって。でも、本当に好きな人の事は、諦めていないって」

四代目の子供がもうすぐ生まれるのだと、俺は九尾事件の少し前に両親から聞かされた。だから、四代目の事は諦めろ、とも。
俺は裏切られた気がしてショックだったが、怖くて四代目を問い詰める事は出来なかった。
そうして苛立ちと憤りに苛まされている内に九尾が里を襲い、四代目も両親も死んでしまった。

「あの人は…四代目はリンさんには俺の事を話していたんでしょうか」
「知りませんよ、そんな事。リンが好奇心で勝手に嗅ぎ回ったか、別のくのいちの誰かから噂でも聞いたのかも知れない」
「あなたには、俺との事は隠していたんですね?」
「知ってたら、アナタを奪ってた。もっと早くにアナタの存在を知っていたら、他の誰にも渡さなかったのに」
まるで捕食者が獲物を見るような眼で、あの男は俺を見た。
俺は、背筋が寒くなるのを感じた。

これは痛みを伴うゲームだ。
だが、やり遂げなければならない。





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