「第7小隊から救援要請です」
「そっちに喰いついたか。ま、予想の範囲内だけどね」
俺は敢えて平然と、部下に言った。
実際には予想の範囲内どころか、晴天の霹靂だった。
あんな所に敵が、それも精鋭揃いの第7小隊が救援要請を送らなければならない程の敵が潜んでいたなんて、考えもしなかった。
「『予想の範囲内』……ですって…?」
部下の声が掠れた。
俺より年上の癖に。
それでも、暗部暦は俺より短いけど。
「彼らが敵の注意を惹いている間に潜入する」
「ですが、それでは第7小隊は__」
「任務の遂行が先だ。それから、救出に向かう」
無表情な面の下で、部下の顔色が変わるのが判った。
もしかしたら彼には、第7小隊に親しい友人がいるのかも知れない。
「……予想の範囲内と仰ったのは…彼らが……最初から囮だったという意味ですか…?」
部下の言葉に、俺は溜息を吐きたくなった。
最初から囮だったのは別の小隊だ。が、この状況下では何が起きるか判らない。
そしてその状況下で任務を遂行する為には、多少の犠牲には目を瞑らなければならない。
「アンタ、暗部でショ?」
短く、俺は言った。
暗部は普通の忍とは違う。
普通の忍だって一般人から見たら充分に後ろ暗い存在だ。一般人が生娘なら、忍なんてみんな淫売だ。
それでも、娼婦にも『ランク』ってモノがある。
高級遊郭の花魁から、橋の下で筵を抱えている下級女郎まで。
どっちも、金で自分を売る事に変わりは無いけれど。
それでも花魁は滅多なことでは客に身体を赦さない。と言うより、客の方でそれを求めない。それが『通』の嗜みというものだからだ。
一方の女郎は、客の下卑た欲望を自分の内に吐き出させることで日々を生きてゆく__或いは、日々、死んでゆくと言った方が正しいかも知れない。
忍の任務が里を護ることにあるなら、暗部のそれは、里を死なせる点にある。
どこの里にも腐り、膿んだ部分がある。
それを切り捨て、殺すのが暗部の役目なのだ__
俺が暗部に入ったばかりの頃の隊長は、よくそう、言っていた。
あの頃の俺はまだガキで親も無く師もなく仲間も無く、自分のしている事の意味だとか生きている理由だとか存在している意義だとか、そんな事を考える余裕も無かった。
そしてただ、『任務』という名の下に行われる殺戮を繰り返していた。
先生は仲間を大切にしろと教えてくれたけど、その仲間を救って任務に失敗した俺の父親が何故、死ななければならなかったのかは教えてくれなかった。
元々はたけの家は名門でも何でもなくて、その中から「三忍も霞む」と言わしめるほどの『天才』が生まれたことで、彼に対する風当たりは最初から強かったのだと、随分、後になって聞いた。
それを聞いたところで、何が変わる訳でも無いけれど。
「彼らを『捨て駒』にしたくなかったら、四の五の言わずにとっとと任務を遂行する。判った?」
俺の言葉に、その部下は答えなかった。
任務は成功した。が、第7小隊は、誰一人として帰還しなかった。
彼らは、その遺体すら還っては来なかった。
「イルカ先生」
あの人の気配に、俺は読んでもいなかったイチャパラから目を離した。
別に約束はしていなかったけれど、一緒に帰ろうと思ってアカデミーの門のところで待っていたのだ。
外はもう、すっかり暗くなって寒かったけれど、イルカ先生はいつでも明るくて温かい光だ。
「…ずっとここにいたんですか?」
「一緒に帰りたかったから」
俺が答えると、イルカ先生は手を伸ばし、俺の額宛をずらした。
それから、俺の左目を拭う。
イルカ先生にそうされて始めて、俺は自分の左眼から涙が流れていた事に気づいた。
「……帰りましょう」
静かに言って、イルカ先生は踵を返した。
俺は慌ててその後を追った。
「ね。手を繋ぎませんか?」
「人に見られます」
「見られたって良いじゃないですか」
「アカデミーの生徒には見られたくありません。俺は、教師ですから」
俺は仕方なく、手を繋ぐのは諦めた。
そしてイルカ先生と一緒に歩きながら、昨夜イルカ先生が泣いていたのは何故なんだろうと、ぼんやりと思った。
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