「…俺に近づいたのは、復讐の為だったんだな」

イルカ先生の言葉に、俺は何度か瞬いた。
何の事なのか、さっぱり判らない。
さっきまで優しかったイルカ先生が急に機嫌の悪くなった理由が判らなくて、苛々する。
だからオビトの話なんかしたくなかったのに。
それに、先生と子供の頃のイルカ先生がつきあってた話も聞きたくない。

「俺を、どうする積りなんだ?」
もう、こんな話は止めて晩御飯にしましょうと言いかけた時、怖い顔でイルカ先生が言った。
俺は溜息を吐いた。
「一体、アスマに何を言われたんですか?」
「話を逸らさないで下さい。あんたは最初から、俺のせいでオビトさんが死んだ事を知っていて俺に近づいた。そうでしょう?」
もう一度、俺は溜息を吐きたくなった。
「確かにアナタに興味を持ったきっかけは、アナタが先生の大切な人だったって事です。あの時の事を知ってる奴と任務で一緒になって、その話を聞かされたんです」
どうしたらイルカ先生の機嫌が直るんだろうと思いながら、俺は続けた。
「でも、あの事がアナタのせいだったなんて俺は思いません。先生に頼らなきゃ任務も遂行できなかった俺の未熟さのせいでああなってしまったんです」

そもそも敵に捕まったリンが悪い。
それに、俺の命令に背いて独りでリンを助けに行こうとしたオビトも。
そんな考えが頭を過ぎって、俺の苛立ちは募った。
やっぱり俺は仲間を大切に出来ないクズだ。
俺がこんなクズだって知ったら、イルカ先生は俺を嫌いになってしまうだろうか?
だから、イルカ先生とオビトの話なんかしたくなかったのに。

「……復讐の為で無かったら、何故、俺に近づいたんですか?」
もう一度、イルカ先生は「復讐」という言葉を口にした。
何でそんな事を言うんだろう。
恋人に対して使う言葉じゃないでショ?
「言ったじゃないですか。先生が大切にしていた子がどんな人なんだか興味を持ったんです。アナタに会って、先生がアナタを好きだった理由はすぐに判りました。そして俺もアナタを好きになった」
俺の言葉に、イルカ先生は口の中で小さく「まさか」と呟いた。
俺は苛立ち、ますます不安になった。
「もう、昔の話なんか止めましょう。戦だったんだから、誰かが死ぬのは仕方ない事じゃないですか?誰のせいだったなんて、そんな事を言っても何の意味もない」
イルカ先生は何かを言いかけて止め、俺を見つめた。
それからまた、口を開いた。
「そうやって…あんたはまた俺に心を閉ざしてしまうんですか?」

驚いた。
こんなに好きなのに、イルカ先生は俺の全てなのに、どうして判ってくれないんだろう?
たまらなくなって、俺はイルカ先生の腕を強く握った。

「本当に、アスマが何を言ったんですか?俺の事、もう嫌いになっちゃったんですか?」
「カカシさん……」
「俺はイルカ先生が側にいて笑ってくれてたら、それだけで良いんです。他には何も要らない。イルカ先生がいてくれなかったら、俺は死んでしまいます」
イルカ先生は、俺が任務で怪我をして帰って来た時みたいに辛そうな顔で、俺を見た。
「痛みを分かち合う事もできないのなら、何の為に俺たちは一緒にいるんですか…?」
「何の為?呼吸をするのに理由がいるんですか?アナタがいなければ俺は死んでしまうんです。言葉の綾なんかじゃない。本当に死ぬんです」

どう言えば判って貰えるんだろう?
このままイルカ先生に嫌われてしまう位なら、死んだほうがマシだ。

いっそ、一緒に死んじゃおうか?

俺は改めてイルカ先生の顔を見た。
健康そうに日焼けした男らしい顔立ちも、鼻の上の傷痕も好き。
でもやっぱり笑顔が一番、好きだ。
このまま死ぬのだったら、せめて最後にイルカ先生の笑った顔が見たい。
イルカ先生の笑顔を見ないまま、死ぬなんて出来ない。
そんなの哀しすぎる。

「俺が嫌いになったんだったら、俺を殺してください。でも、最期にアナタの笑顔を見せて」
「カカシさん、あなたは……」
イルカ先生は暫く俺を見つめ、それから、俺を抱きしめてくれた。
まだもう少し、一緒にいられる__そう思ったら、身体から力が抜けた。




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