「俺、泣けないんです」
言って、カカシは微笑った。



〜カカシの場合〜


きっかけは、アカデミーの生徒たちが喧嘩して二人とも泣き出し、中々泣き止まなくて困ったとイルカが話した事だった。
その日、カカシはイルカを自宅に誘い、手料理でもてなしていた。
イルカは料理が余り得意では無い。
独り暮らしが長いので一通りの料理は作れるが、好きな食べ物と訊かれたら「一楽のラーメン」と答える位だから、料理の腕は知れている。
一方のカカシは6歳で中忍、14の時から里に戻るまでずっと暗部にいたので料理などした事が無かった。里に戻り、イルカと出会ってから『普通の』生活をするようになり、料理も覚えた。
おおざっぱなところのあるイルカと対照的にカカシは細かい事にも拘る性格で、料理も手の込んだものを本の通りにきちんと作る。
刃物の扱いは得意だし、料理の腕も悪くない。
そんな訳でカカシはたびたび自宅にイルカを誘い、イルカもそれを楽しみにしていた。

「…カカシさん、滅多な事では泣きそうにないですよね」
俺なんか、涙腺緩くて__照れたように笑いながら、イルカはカカシの家に泊まった晩の事を思い出していた。
血のような瞳から零れ落ちた、血のような涙を。
「アナタが泣くのを見た時、羨ましいって思ったんです。あんな風に自分の感情と正面から向き合えるアナタが」
カカシが言ったのは、その翌朝の事だ。
「涙には浄化作用があるって言いますからね。よく泣く人は、きっと心が綺麗なんでしょう」
「…でも、カカシさんも__」
首を横に振り、カカシは相手の言葉を遮った。
「あの夜、泣いたのは、俺じゃなくてオビトです」
「…オビト…?」
「俺にこの写輪眼を遺してくれた男です__ロマンチストだったんですよ」
言って、カカシは笑った。
以前のような作り笑いでは無いが、それでも、どこか寂しげな微笑だ。
「強がって言ってるんじゃないんです。本当に、泣けたら良いと思う。でも、泣けないんです」

四代目が死んだ時も
オビトを喪った時も

あの晩、カカシの左目からしか涙が流れていなかったのを、イルカは思い出した。
「泣いたこと…無いんですか?」
「記憶にある限りは一度も」
「子供の頃も?」
「可愛くないガキでしたから」
言ってしまってから、カカシが6歳で既に中忍だった事をイルカは思い出した。
幼い頃からずっと、痛みにも孤独にも黙って耐えてきたのだろう。
温もりを欲しているくせに、差し伸べられる手を振り払って。



「…あの朝、俺が泣いたのは、口惜しかったからです」
箸を置くと、穏やかに微笑してイルカは言った。
「…口惜しい?」
「前の晩、あなたに抱いてくださいと言われたのに抱けなかった。あなたの負っているものが大き過ぎて、俺には荷が重かったんです」

……同情でも、良いんですか?
……ヤだ

その夜の事を思い出し、カカシは幽かに頬に血が昇るのを感じた。
あんな風に誰かに縋りたいと思うことは、もう何年も無かったのに。

オビトが死んでから、何度か他の男と寝た。
毎日のように人を殺し、血の匂いで昂ぶり荒んだ心を鎮めるのに、他の方法を知らなかったのだ。
やがて何も感じなくなって、男と寝るのを止めた。
人を殺しても、仲間が殺されても何も感じない。
ただ、寒いだけ。
凍えた心に温もりを与えてくれたのは四代目とオビトだけだった__イルカに、出会うまでは。



「でも、翌朝また心を閉ざしてしまったあなたを見て、あなたを受け入れてあげなかった事を後悔したんです。あなたの負っているものがどれ程、重かろうと、あなたの過去も想いも全てを含めて、あなたという人を受け入れてあげれば良かった…と」
「__イルカ先生…」
イルカは、カカシの指にそっと触れた。
骨ばったイルカの手に比べると、カカシの手は指が長くて男にしては華奢だ。
「だから俺は、あなたが生きて帰ると約束してくれた時、本当に嬉しかったんです」
「…イルカ先生、それは……」
言い淀んで、カカシは視線を逸らした。
イルカの手は、とても温かい。
「あなたの重荷を全部、負うことなんて出来ませんし、そんな事を考えるのも傲慢です。でも…あなたが俺に重荷を分けてくれるなら、二人で負うことが出来れば、あなたの負担を減らせるんじゃないかって…」
言って、イルカはもう一度、穏やかに微笑んだ。
暖かく、優しい笑顔だ。

「……俺なんかで、良いんですか、イルカ先生…」
「毎日毎日、『好き』だと言われて、この俺が絆されないと思ったんですか?」
カカシは躊躇い、それから首を横に振った。
イルカは、カカシの手を両手で優しく包んだ。
「でも……俺はイルカ先生を、独りにしてしまうかも知れません」
カカシの言葉に、イルカの手から力が抜ける。
ちくりと、胸の奥が痛むのを、カカシは感じた。

イルカは少年の頃に両親を一度に亡くしている。
遺される哀しみ、独りにされる痛みはもう二度と味わいたく無いだろう。

「敢えて死のうとは、今は思っていません。でも俺は危険な任務に就く事の多い上忍です。だから……」
「だったら、どうして俺に好きだと言うんですか?ふざけて、俺をからかっているだけですか?」
「違います!俺は__」

イルカが誘ってくれたのが嬉しかった。
話すのが、楽しかった。
暖かい笑顔を、ずっと見ていたかった。
長く里に留まる積りは無かったから、イルカと深い関係になろうとは思わなかった。
けれども、イルカの側にいたいという気持ちは変わらない。むしろ、強まるばかりだ。

「…オビトさんの事を、愛していたんですね」
静かに、イルカは言った。
「今でも愛しているのでしょう?」
カカシは口を噤んだまま、視線を落とした。
「誰かを愛し、その人を喪う事を恐れているんですね?」
「……俺は、忍です」
「でも、誰かを愛さずにはいられない__あなたも、人だから」
顔を上げ、相手を見つめたカカシの頬に、イルカは軽く触れた。
「約束します。俺は、決してあなたを独りにはしません」
「…あなたも忍でしょう?任務で里の外に出る事だってあるのに、どうしてそんな事が言い切れ__」
「俺が、あなたを好きだからです」

だから、あなたを哀しませはしません

「……イルカ先生……」
イルカは潤んだ藍色の瞳を優しく見つめ、それからカカシの額にキスを落とした。





「……カカシさん?顔を見せてください」
暫くの後、腕の中に飛び込んで来た相手の髪を優しく撫でていたイルカが、言った。
カカシの頬に手を添え、覗き込むようにして相手を見つめる。
「…ちょっと潤んだだけですねぇ」
「……はい?」
残念そうに言ったイルカの言葉に、カカシは嫌な予感を覚えた。
「苦痛や孤独に慣れていても、『嬉し涙』には免疫が無くて落とし易いかと思ったのに」
「……イルカせんせい。『落とす』って、どういう意味ですか」
「あなたが子供の頃から泣いたことが無いって言うから、ちょっと泣かせてみたいかな…って」
あはは、と軽く笑ったイルカの襟を、カカシは思わず掴んだ。
「イルカ先生。じゃあ今のは俺を泣かす為の芝居ですか」
「ちょっ…カカシさん、苦しいです」
「苦しいですじゃありません!男の純情を弄ぶなんて、酷すぎます!」
イルカはまあまあとカカシを宥め、なんとか手を離させた。
「俺があなたより先に死なないと約束したのは本当です。それに、あなたの事を好きなのも」
「…イルカ先生。だったら__」
「でもそれは飽くまで仲間や友人としての『好き』です。恋人にするなら可愛くて気立ての良い女性の方が良いですから」
「……酷いです、イルカ先生……」
落ち込みのチャクラを発散しまくっているカカシの前で、イルカはぽんと手を打った。
「良い事を思いつきました。今度、オニオン・スープとオニオン・リング・フライと、オニオン・サラダを作ってください」
でも、それで泣かせても面白くないですよね__顎に手を当てて、どうやってカカシを泣かせようかとイルカは思案した。
「イルカ先生の鬼〜〜〜!!」

その夜、木の葉の里には哀しげな上忍の遠吠えが、いつまでも響いていた。







後書(と書いて言い訳と読む)
泣いてませんね、カカミン。ま、未遂ってコトで;
『サドイルカ』との記述に18禁鬼畜系の話を期待した方、肩透かしでごめんなさい;;
いや、だってここ、一応、表だし。
てか、まだその段階まで二人の仲が進んでません。でもって、イルカ先生が暗部にいた理由が明らかになるのも、真性サドなイルカ先生の登場も(え?)、もうちょっと先です。
決して焦らしプレイ(をい;)ではありませんので、気長にお付き合い頂けると幸いですm(_ _)m

BISMARC




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