いつだって隣に居たくて居たくない




「出かける…のか?」
その日の朝、これから出かけるというイタチの言葉に、サスケは何とか声に失望を出さずに言った。
その日はイタチの任務が休みで、サスケは同じ日に休めるよう、かなり苦労したのだ。
無論、その事はイタチには話してはおらず、イタチはただ偶然、休みが重なっただけだと思っている。
「だったら…送って行くよ」
「いや、部下が迎えに来る事になっている」

部下という言葉に、サスケは例の女を思い出した。
数日前に、イタチは彼女を家に呼んで料理をさせた事を軽率だったと言っていた。
それなのにまだ任務以外の事で行動を共にするのかと思うと、酷く不快になる。

「……やっぱり、兄さんもあの人の事を…」
サスケの言葉に、イタチは一瞬、不思議そうな表情を見せた。
それから、軽く笑って首を横に振る。
「彼女ではなく、別の部下、男だ」
「…それにしたって、どうして部下なんだ?今日はオレも休みだから、兄さんの行きたい所、どこでもつきあうのに」
苦労して休みを合わせたのもその為だと、内心でサスケは呟いた。
イタチは宥めるように、サスケの頬に軽く触れる。
「任務に関連する事で、少し調べたい事があってな。その部下も同じ事に興味があると言うので、一緒に行く事にしただけだ」
別に職権を濫用している訳では無いと、イタチは笑った。
「……帰りは?昼は家で食べないのか?」
「多分、夕方だろう。お前もせっかくの休みなんだから、出かけたら良い」
「…オレは修行してる方が良い」
ぽつりと言ったサスケに、イタチは「熱心だな」と笑い、子供にするように髪を撫でた。

その時、玄関で案内を請う声がし、イタチは踵を返した。
自分から離れてしまったイタチの手を、サスケは瞬きもせずに見つめる。
軽く触れられるだけで息苦しくなるくらい心臓の鼓動が速くなるのに、離れてしまうとひどく寂しい。
サスケはそのまま玄関までイタチを見送った。
迎えに来た部下の肩にイタチが手を置き、部下はサスケに軽く会釈すると、「行きましょう」とイタチに声を掛けた。

イタチの隣にいるのが自分ではない事が、サスケを苛む。
玄関の引き戸が閉まり、二人の姿が見えなくなると、サスケは思わず溜息を吐いた。
打ち明ける事も諦める事も出来ない想いにいつまで悩まされなければならないのか、考えただけで気が滅入る。
最近ではイタチに触れられた時は勿論、髪をかきあげる仕草や眼を伏せた姿を見るだけで動悸がして、苦しい。
いつまでもこんな事が続けば、どうにかなってしまいそうだ。

初めの頃は、兄の冤罪が晴らされ、再び家族に戻れた事がただただ嬉しかった。
再び一緒に暮らすようになったイタチはサスケの記憶にある兄よりも優しく美しく、そんな兄を持った事が誇らしかった。
それがイタチに好意を抱く女に嫉妬するようになり、自分でどうする事も出来ないままに気持ちばかりがエスカレートし、イタチの側にいるのが辛く感じる時すらある。
それでも少しでも一緒に過ごす時間が欲しくて、苦労して休みを合わせたりしている自分に、サスケはもう一度、溜息を吐いた。





イタチが帰って来たのは、夕食の時間になってからだった。
「遅かったな」
玄関まで出迎えたサスケは、思わずそう言った。
「夕方くらいには戻るって言ってたのに」
「ああ。それより早く調べものは終わったんだが、帰る途中で昔の知り合いに会って、つい話し込んでしまった」
夕食も一緒にと誘われたが、それは断ったとイタチは続けた。
「お前が待っているだろうから」
言って、イタチはサスケの頬に触れた。

眼が見えないせいか、イタチはよくこうしてサスケに触れる。
兄弟だという気安さがあるのだろうが、触れられるたびに、サスケは苦しくなる。
そしてそんな自分の気持ちに気づきもしない兄が、恨めしくすら感じる。
だが、気づかれてしまったら終わりだ。
同性の、それも実の兄弟に恋情を抱いているなどと知れば、イタチは眉を顰めるに違いない。
一緒に暮らしていられなくなるかも知れない。
むしろ別々に暮らした方が良いのかも知れないと思う反面、イタチの側を離れたくないという気持ちを否定できない。

「…夕飯、すぐに出来るから」
言って、サスケは台所に戻る為に踵を返した。



「お前、何度か五代目に会いに行っていたそうだな」
夕食の後、お茶を飲みながら、イタチは言った。
「…誰からそれを?」
もしや移殖を断った事がイタチの耳に入ったのかと不安に思いながら、サスケは訊いた。
護衛の暗部だと、イタチは答えた。
湯飲みを置き、イタチはサスケに視線を向けた。
視線が合い、見つめ合っているかのような感覚に、幾分か心臓の鼓動が早まるのをサスケは覚えた。
「俺が失明した事で、もしもお前が責任を感じているなら、そんな必要は全く無い」
「それは……」
サスケは視線を逸らし、それから再びイタチを見た。
「オレがもっと強くなっていれば、兄さんがあそこまで万華鏡写輪眼を使わずに済んだ筈だ。だから…」
「お前は充分、戦った」

言って、イタチはサスケの手に触れた。
そして、宥めるように優しく愛撫する。
動悸が一層、激しくなるのを、サスケは感じた。

「相手があのうちはマダラだった事を思えば、かなりの善戦だ」
「だけど…兄さんに助けられなかったら、オレは多分、死んでた」
「だが、最後に俺を助けてくれたのはお前だ」

その時の光景が脳裏に蘇り、胸が締め付けられるようにサスケは感じた。
マダラの攻撃に晒されたイタチが倒れるのを見た時、頭の中が真っ白になった。
その後は無我夢中で、どうしてあの怪我で動く事が出来たのか、自分でも判らない。

「オレはただ……あんたを失いたく無かった」
あの時の感情が蘇ったのか、言い様の無い不安を感じながら、サスケは言った。
イタチは何も言わず、ただ宥めるようにサスケの手を撫でる。
不安と昂ぶりが綯い交ぜになった奇妙な感情に、胸の苦しさが募るのをサスケは覚えた。
「それは俺も同じだ。俺たちにはもう、お互いしか残っていない。だから、お前だけは失いたく無かった…」

言って、イタチはサスケを側に引き寄せた。
そして、抱きしめる。
サスケは思わず身を強張らせた。
心臓が、早鐘のように激しく鼓動を打っている。
イタチは左腕をサスケの背に回して抱きしめ、右手で髪を撫でた。

「俺は一族の殲滅を防げなかった。だから…お前だけはどうしても助けたかった」
耳元で囁くように、イタチは言った。
その甘く美しい声に、頭の芯が痺れるようにサスケは感じた。

------やめてくれ……

内心で、サスケは訴えるように言った。
こんな風に触れられ続けたら、おかしくなってしまいそうだ。
「こうしてまたお前と一緒に暮らせて、本当に良かったと思っている」
「オレ…も…」
イタチは息がかかるほど間近で、見つめるようにサスケに視線を向けた。
そして、優しく微笑む。

もうダメだと、サスケは思った。
身体の中心が熱い。
これ以上は、耐えられそうに無い。

「__サスケ……?」
腕を振り払った弟の名を、イタチは不審と驚きの入り混じった表情で呼んだ。
「どうしたんだ。何が__」
「…めてくれ……」
「……サスケ?」
幽かに眉を顰め、イタチはサスケの方に手を伸ばした。
サスケは身を引く。
イタチの整った顔が、哀しげに曇った。
「どうしたんだ、サスケ。俺に触られるのは嫌か?」
「そうじゃない。オレはただ……」
イタチは口を噤み、サスケが続けるのを待った。
だがサスケは口を開かなかった。
息苦しさと動悸に、視線を逸らす。
何も言わないサスケに苛立ったのか、或いは不安を鎮めたかったのか、イタチはもう一度、手を伸ばし、サスケの頬に触れる。
「その気も無いのにオレにそんな風に触れるのは止めてくれ…!」
殆ど反射的に、サスケは言った。
そして、酷く後悔した__死にたくなる位に。






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