それがお前の答えか?と、琥珀色の瞳でまっすぐにこちらを見つめ、綱手は訊いた。
サスケは黙ったまま、頷く。
本当に、それで良いのか?
色素の薄い、猫のような瞳に心の底を見透かされているような気がして、
サスケは思わず視線を逸らした。
が、すぐに視線を戻す。
そして、まっすぐに相手を見つめ返しながら言った。
これが、オレの決意だ、と。







会えない夜と会いたくない朝




玄関の引き戸が開く音に、サスケは殆ど反射的に立ち上がり、玄関まで走った。
が、他の人間の気配を感じ、立ち止まる。
そして半ば無意識のうちに気配を消した。
「わざわざ送ってもらって済まない」
「いいえ、当然の事です。それより、お引止めしてしまって申し訳ありませんでした」
若い女の声に、サスケは幽かに眉を顰めた。
でも、と、うっとりした口調で、女は続けた。
「昨夜はとても楽しかったです。出来ればまた……」
「…そうだな」

その後に続く沈黙に、サスケは身体が強張るのを感じた。
そして、一体、自分は何をやっているのだと自問する。
だが、その場から離れる事が出来ない。
イタチはその後、翌日の任務の確認をすると、女に別れを告げ、女は立ち去った。

「__兄さん」
自室に戻ろうとしていたイタチに、サスケは声を掛けた。
イタチは幾分か驚いたような表情を見せた。
「サスケ?まだ家にいたのか?」
「話があるから待ってるって言っただろう」
低く、押し殺したような口調で言ったサスケに、イタチは更に意外そうに盲いた眼を見開いた。
「まさか…昨夜からずっと待ってたのか?遅くなるから待たないで先に寝てくれと__」
「話したい事があるから待ってるって、オレは言ったんだ」

写輪眼の移殖に同意するかしないか、綱手に与えられた1週間の猶予が終わりを迎えていた。
サスケは最後まで決心が付かず、イタチに打ち明ける事も出来なかった。
それで回答期限ぎりぎりの前夜、イタチに移殖の事を話し、どうすべきか決める積りでいた。
イタチは昨夜は部下たちに飲みに誘われていて帰りが遅くなると言っていたが、サスケは待つ積りだった。
それにイタチに移殖の話を打ち明けるかどうか、決心がつきかねてもいた。
だから、敢えてイタチに酒宴の日程をずらしてくれとは頼まなかったのだ。

「…そんなに大切な話なら、先にそう言えば良かっただろう?そうすれば日をずらして__」
「朝まで帰って来ないなんて思って無かった」
相手の言葉を遮って、不機嫌そうにサスケは言った。
イタチはサスケの不機嫌の理由が判らず、困惑気に眉を顰める。
「…俺は今日は非番だから、お前の任務までに時間があるなら今、聞くが?」
「昨夜はさっきの女の所に泊まったのかよ」
言ってしまってから、サスケは後悔した。
妙に気持ちが苛立っている。
「そうだ」
ぴくりと指先が震えたのを、サスケは自身で感じた。
「だが、俺一人だった訳じゃない。他の部下たちも一緒だったし、くのいちも何人かいた」
それでも、と、イタチは続けた。
「多分、泊まるべきでは無かったんだろうな」
「……何でだよ」
訊いたサスケに、イタチは苦笑した。
「相談役から、彼女との結婚を勧められていたからだ」
「__な……!」
「その場で断ったが、家になど泊まれば変に誤解されかねない。何より昨夜は羽目を外しすぎた。暗部にも息抜きは必要だと思ったが…」

言って、イタチは軽く前髪をかき上げた。
家で使っているものとは違うシャンプーの香が、サスケの鼻腔を幽かに刺激する。
他の部下たちも一緒に泊まったと言うのに、風呂まで使ったというのは不自然だ。
ならばイタチは嘘を吐いているのか?だとしたら何故?
相談役に進められた結婚を断ったというのは本当なのか?
本当ならば、その相手の家に泊まったのはイタチにしては迂闊すぎる。
だとしたら……
苛立ちが確かな嫉妬へと変わってゆくのを感じ、サスケは自身に驚いた。

「__もう、行かないと」
「話があるんじゃ無かったのか?」
イタチの言葉に、サスケは首を横に振った。
そうしてから、兄には見えないのだと思い出す。
「もう、良いんだ。別に……大した話でも無かった」
「一晩中、起きて待っていたのに、か?」
言って、イタチは軽くサスケの頬に触れた。
宥めるような優しい指の動きが、却ってサスケの苛立ちを募らせる。
「もう、時間だ。だから、行かないと」
サスケの言葉に、イタチは手を放した。





「それが、お前の決意なんだな」
繰り返し念を押した綱手に、サスケは頷いた。
「移殖はしない。そして、オレは中忍試験を受ける」
「…前も言った通り、私はお前たちの意志を尊重する積りだ。だから、それがお前の答えであるのなら、移殖の話は白紙に戻して、このまま誰にも口外する積りはない」
ただ、と、綱手は続けた。
「断る理由は何だ?」
サスケは幽かに眼を細めた。
「三代目の密命のせいで、兄貴は10年もの間、汚名を着せられ、里から離れてなきゃならなかった。冤罪が晴れたからって、時間を取り戻せる訳じゃない」
綱手は幽かに溜息を吐いた。
「気持ちは判る__なんて言う積りは無いよ。お前たち兄弟がこの10年間、どんな想いでいたかは、お前たちにしか判らないだろう。ただそれでも__」
「オレたちは忍だ。だから里の為に犠牲になった事で、恨み言を言う積りは無い」
だが、と、サスケは続けた。
「兄貴は十二分に里の為に尽くした筈だ。だからもう、移殖手術までして前線に送り出すのは止めてくれ」
綱手は暫く黙ってサスケを見つめていた。
それから、「判った」と言った。

「兄貴は誰にも渡さない……」
部屋を出ると同時にサスケの唇を漏れた呟きは、綱手の耳に入る事は無かった。






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