あんたと一緒なら、地獄に堕ちてもかまわない






忘れたい思い出の中の未来




「あんたを殺して、オレも死ぬ積りだった」
俯き、独り言のように呟いたサスケに、イタチは幽かに眉を顰めた。
「…サスケ?」
「死ぬ積りだったって言うより、死ぬんだと思ってた。どんなに修行しても、大蛇丸の力を取り込んでも、それでも兄さんの能力(ちから)を超えられるとは思えなかった。だからきっと、相討ちになるんだろう…と」
言ってから、サスケは深く溜息を吐いた。
それから、首を横に振る。
「兄さんとの戦いで生き残ったとしても、オレは死んでいた」
「……どういう意味だ?」

訊き返されても、サスケはすぐには答えなかった。
イタチは促すでもなく、ただサスケが続けるのを待つ。

「…この8年の間、オレは兄さんに復讐する為だけに生きて来た。里を抜けてからの3年は特に……。他の事なんか、何も考えなかった。毎日毎晩、その事だけを考え、それだけを目標にして生きて来た」
視線を上げ、兄の顔を見つめながらサスケは続けた。
「兄さんを殺す事さえ出来れば、自分の生命がどうなっても構わなかった。文字通り、命がけだった。全ての感情も理性も、オレの身体も能力の全ても、あんたへの復讐につぎ込んでいたんだ」
だから、と、サスケは続けた。
「復讐が成し遂げられれば後には何も残らない__その位の覚悟だった」
イタチは宥めるように、軽くサスケの手に触れた。
「俺への復讐と一族復興__それがお前の望みだったのだとカカシさんから聞いたが」
「あの頃のオレは甘かったんだ」

幾分か口調を荒げ、サスケは言った。
それから、再び視線を逸らす。

「3年前のあの時、ナルトを追って兄さんと宿屋で戦った。嫌、あれは戦いなんかじゃ無かった。オレが一方的に打ちのめされただけだ」
「…あの時、あの場でお前に会うとは思っていなかった。だから__」
「あの時、オレは兄さんとの決定的な力の差を思い知らされた。そして自分の甘さに気づいたんだ。全てを棄てる覚悟がなかったら、あんたに復讐する事なんて出来はしない…と」

イタチは暫く口を噤んだままでいた。
それからサスケに触れていた手を放す。

「だから里を抜け、身体を転生の器にされると判っていて大蛇丸の所に行ったんだな」
「里にいたら決心が鈍る。あの時は、他に方法はないと思ってた。嫌…今でも、他に取るべき道は無かったと思ってる」
もう一度、サスケは深く溜息を吐いた。
「愚痴を聞かせたい訳じゃない。だけど……オレは3年の間、本当にあんたの事しか考えてなかったんだ。寝ても醒めても夢の中でも……。あんたに斬り付けた時の刀の手ごたえやあんたの流す血の温かさまで感じられる程に、それだけを考え続けていた。それが……」
どんな気持ちか、あんたに判るか?__サスケの言葉に、イタチは答えなかった。
「オレはあんたを憎んでいた。憎まずにはいられなかった。だけど憎むのは辛かった。全てがタチの悪い夢に過ぎなくて、眼が覚めたら全てが戻っている事を願った。そしてそんな自分を甘いと罵って……」
「……もう、良い」
サスケの頬に触れ、静かにイタチは言った。
「お前の気持ちは良く判った」
「何が判るって言うんだ?オレは8年の間、ずっとあんたを憎んでいたんだ。冤罪だって判っても、すぐには信じられなかった。それなのに兄さんはオレを庇って……」

その時の光景が脳裏に蘇り、物理的な痛みを感ずるほどに胸が締め付けられるのを、サスケは覚えた。
冤罪の晴れたイタチが重傷を負って倒れた時、サスケはただ呆然とするしかなかった。
駆けつけた援軍によって戦いに幕が下ろされ、医療忍たちの手当てを受ける頃になって漸く事態を理解した。
そして、気が狂いそうになるほどの恐怖に陥った。

「あの時……このまま兄さんを喪うんじゃないかと思うと、オレは気が狂いそうだった。もう復讐はしなくて良い筈だったのに、あんたがオレ以外の誰かに殺されるのが赦せなかった。やっと冤罪が晴れたのに、またオレを独り置き去りにしようとしてるあんたが赦せなかった……」
「…お前を独りにしたりはしない」
サスケを抱き寄せ、耳元で囁くようにイタチは言った。
「お前の望みどおり、お前の側にいよう」
「……兄さん」

昂ぶっていた感情が一気に鎮まるのを感じ、サスケは自分自身に戸惑った。
何故、イタチを「赦せない」などと口走ったのか、自分でも判らない。

「……オレは…ただ__」
「お前は未来に眼を向けようとせず、過去に起きた事の復讐に囚われてしまっていたのだと、カカシさんも言っていた。お前の時は、8年前のあの夜で止まってしまったのだろう」

------オレの夢は過去__そこにしか無い

かつての自分の言葉が、サスケの脳裏に蘇った。
「俺はお前が強くなることばかりを願って、お前の傷の深さを思い遣る気持ちが足りなかったようだ。この8年間の全てがお前にとって無駄だったとは思わない。だが、本来あるべきだった時間を失ったのは事実だ」
だから、と、幼子をあやすようにサスケの髪を撫でながら、イタチは続けた。
「お前が8歳だったあの夜から、もう一度、やり直そう。お前は今まで過去に囚われていて、傷を癒すどころかむしろ深めていた。その心の傷が癒えるまでは、俺はお前の側にいる」
「__兄さん……」
そんな積りで言ったんじゃないと否定しかけて、サスケは口を噤んだ。
今はまだ、兄の側にいたい。
そう願う気持ちが甘えに過ぎないと判っていても、その密のような甘やかな心地よさを拒む事は出来ない。
身体からゆっくり力が抜けていくのを、サスケは覚えた。
そして足を挫いて背負われた時と同じ兄の温もりに、その日と同じように身を委ねた。








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