(3)
シスイが部屋に戻った時、カカシはイタチの髪を指に絡め、弄ぶようにしながら談笑していた。
イタチはカカシを煩わしがるでもなく、熱心にカカシの話に耳を傾けている。
二人のそんな姿を見た時、シスイは唐突に自分の気持ちに気づいた。
何故、イタチがカカシの名を口にする度に苛立っていたのかに。
「……お茶を……」
「ああ、悪いね。折角だけど俺はもう帰るよ」
長居してイタチを疲れさせてもいけないし、と、カカシは言った。
シスイはイタチがカカシを引き止めるのではないかと思ったが、イタチは何も言わなかった。
「後、どの位で任務に復帰できる見込みなんだ?」
玄関まで見送ったシスイに、カカシは訊いた。
「チャクラの回復次第なんですが…少なくとも数日はかかると思います」
「隊長に、報告しておくよ」
言って、カカシは意味ありげにシスイを見た。
そして、問う。
「怪我はとっくに治ってる筈なのに、血の匂いがするのは何故だ?」
ピクリと、シスイの肩が震えた。
「……使っていた包帯がまだゴミ箱にあるからじゃ無いんですか?」
「俺は鼻が良い方でね。新しい血と古い血の匂いの区別くらいつく」
シスイは視線を逸らし、それからまたカカシを見た。
「……一族の鷹匠が使う薬を調合していたんです。鳩の血を使って」
「鳩の血と、人間の血の匂いの区別もね」
シスイはすぐには何も言えなかった。
うちは一族の機密に拘わる事だ。
カカシに気取られる訳には行かない。
「イタチには持病があるんじゃないのか?」
「そんなもの、ありません」
「だったら、カシワがイタチにお前の検査を受けるよう、説得したと言っていたのは何故だ?」
カシワとの会話を聞かれていたと知り、シスイは愕然とした。
他にカカシが何を知っているのか、何の為にイタチに近づいたのか、暗い疑惑が広がる。
カカシがイタチを誑し込んだのはうちは一族への復讐の為に違いないと言っていたカシワの言葉が脳裏に蘇った。
「……仮にイタチに持病があるとしたら、あなたはどうなさるお積りですか?」
「吐血するほど悪いのなら、暗部には置いておけない。本人が隠したがっている事を暴く積りはなかったケド、そんな身体の者に無理はさせられない」
静かに、カカシは言った。
その表情は真摯で、とてもイタチを利用してうちは一族の秘密を暴こうとしているとは思えない。
シスイは深く息を吸い、そして吐いた。
それから、改めてカカシを見る。
「…イタチはあなたを信頼しているんです。誰かを信頼する事など滅多にないイタチが。だから、お願いですから、イタチの信頼を裏切らないで下さい」
それに、と、シスイは続けた。
「イタチは吐血も喀血もしていません。これでも医療忍の端くれです。大切な従弟がそんな身体なら、暗部になんか行かせません」
幽かに、カカシは眼を細めた。
これ以上は、粘っても無駄だ。
それにイタチに持病があるにしろ無いにせよ、それはイタチの問題だ。
「…復帰の目処が立ったら暗部に知らせてくれ」
それだけ言うと、カカシは立ち去った。
日が落ちてから、シスイはイタチの眼の包帯を外した。
イタチは眩しそうに何度か瞬いた。
「大丈夫?痛みとかは無い?」
「…ええ」
シスイはイタチの頬に手を添えて引き寄せ、間近にイタチの瞳を見つめた。
切れ長の大きな目に見つめ返され、シスイは鼓動が速くなるのを感じた。
カシワに指摘された時は否定したが、イタチの側にいるカカシの姿に嫉妬を感じたのは確かだ。
自分が従弟に対してそんな感情を抱いていたなど意外だった。
だがひとたび自覚してしまうと、もうその気持ちは抑えられない。
「……もう、包帯はしなくても大丈夫みたいだね」
「良かった」
心底、安心したように言って、イタチは微笑った。
「正直、退屈で仕方なかった」
「…碌な話し相手になれなくて、ごめん。カカシさんだったら、君に退屈な思いなんかさせなかったかも知れないけど」
「……シスイ兄さん?」
訝しげに名を呼ばれ、シスイは思わず視線を逸らせた。
胸が、苦しい。
イタチの髪を弄んでいたカカシの手が脳裏に蘇り、嫉妬がかき立てられる。
「カカシさんに何か言われたんですか?」
「何も……何も無いよ。とに角、今日は余り無理をせずに早目に休んだ方が良い」
「俺に隠し事はしないで下さい」
引き寄せられるようにシスイはイタチを見、そのまま視線を逸らせなくなった。
夜闇を思わせる瞳に見つめられ、シスイは全てを打ち明けてしまいたくなった。
イタチへの想いも、自分がイタチを欺き続けている事も。
だがそんな事をしてしまえばイタチは薬を飲まなくなり、いずれ失明してしまうだろうし、こんな風にイタチに会う事も出来なくなってしまう。
それは、耐えられない。
「……カカシさんに…血の匂いを嗅ぎつかれた」
「血の匂いを?」
鸚鵡返しにイタチは訊いた。
シスイは頷いた。
「君に重い持病があって血を吐いたんじゃないかって疑ってるみたいだ。誤魔化してはおいたけど…」
シスイは、イタチの腕に軽く触れた。
「あの人には気をつけた方が良いよ。任務以外で会うのは止めた方が良いんじゃないかな」
「…カカシさんはその事を隊長に報告する積りだろうか」
「判らないけど…」
「口止めしておかなければ」
言って、ベッドから降りようとしたイタチをシスイは驚いて止めた。
「何をする気なんだ、イタチ?君はまだ寝ていないと__」
「暗部隊長に報告されたら火影の耳に入ることになる。そうなってしまう前に止めないと」
「行かないでよ、イタチ。行っちゃ駄目だ…!」
「…シスイ兄さん…?」
両腕を強く掴まれ、イタチは驚いて相手を見た。
常に温厚で優しい従兄がこんな風に感情的になるのを見るのは初めてだ。
「ごめん、つい……」
シスイはイタチから手を離し、視線をそらせた。
感情がひどく昂ぶり、吐き気がする程に苦しい。
「……何があったんですか?カカシさんに、他に何を言われた?」
シスイはすぐには答えなかった。
イタチに促され、口を開く。
「……血の匂いの事を黙ってて欲しいって頼んだら……身体で代償を払えって……」
言ってしまってから、シスイは後悔した。
が、今更、取り消すことも出来ない。
「何も言えずにいたら『冗談だ』って笑われたけど……でも、あの人には暗部にもそれ以外にも何人も情人がいるって噂だし…」
「…それは俺も知っている」
「だったらもう、あの人と拘わるのを止めてよ。あの人にとって、君は何人もいる情人の一人に過ぎないんだ」
イタチは幽かに眉を顰め、前髪をかき上げた。
「前にも言ったが、俺とあの人はそんな関係じゃない」
初めて会った夜、「ガキに興味なんか無い」と言っていたカカシの言葉をイタチは思い出した。
そしてカカシの部屋から情人が出て行くのを見た時の事も。
11の自分に興味を示さなくとも、もうすぐ15になるシスイに食指を動かすのは、あり得る事だとイタチは思った。
「…ごめん、イタチ。気に障ったなら謝るよ。でも僕はただ__」
「あなたが黙っているように頼んだのなら、今はこれ以上、騒ぎ立てる必要は無い」
シスイの言葉を遮って、イタチは言った。
カカシが信頼できる相手なのかどうかは判らない。
だが少なくともカシワの事は黙っていてくれたようだ。
ならば、今は信じるしかない。
身持ちの悪い男だが、それとこれとは話が別だ。
「…少し、疲れた」
瞼の上から両目を手で押さえ、呟くようにイタチは言った。
シスイは嘘をついた事を後悔した。
だがイタチをカカシから引き離すためならば、きっと自分は何度でも嘘を吐くのだろうと、半ば自嘲気味に思った。
それがイタチを護ることになるならば、どんな嘘でも吐き通そうと、シスイは決意を新たにしていた。
Fin.
後書
うちは一族皆殺し理由を捏造してみようシリーズ第2弾です。
うちは一族の血液供給源ですが、輸血用血液と罪人の生き血の両方から賄っている事にしてます。 血液より生き胆(肝臓)の方が効果が高く、失明予防には血液、既に視力が落ち始めた時の治療として生き胆を用いる感じです。
とは言え生き胆は基本的には誰かを殺さないと手に入らないので、写輪眼もちでないと喰わせてもらえない貴重品です。
また、輸血用血液も事情がバレないようにしないといけないので、入手には結構、苦労しているらしいです。
今回、シスイさんがイタにゃんに飲ませた血液は他の飲み物とブレンドして飲みやすくしてあったようですが、8歳の時には原液飲めと言われたって設定です。
写輪眼会得後の一種の儀式としての意味があったのですが、そんなん厭がって当然です;;
ただ、肉が喰えなくなったのは暗部に入ってからです。
暗部では合宿生活で(捏造)家にはたまにしか帰らないので、この事を家族は知りません。
蛋白質が不足する分、エネルギー源を糖質に求める結果、お団子好きになったかどうかは定かではありません(笑)
ここまで読んで頂き、有難うございましたm(__)m
BISMARC
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