「こんな時間に、夜這いか?」
すれ違いざま、出かけようとしていた弟にさらりと言ってのけた姉に、オラトリオは思わず肩を落とした。
「…姉さん。いきなり何つー事を」
やや大げさにリアクションしながら、オラトリオは心臓の鼓動が早まるのを覚えた。
ラヴェンダーの言葉は、あながち間違いとも言い切れない。
「日ごろの行いだ」
「ちょっと煙草を買いに行くだけです」
「ほどほどにしておけよ」
「だから違うって__」
弟の反論を無視して、ラヴェンダーは自室に消えた。
軽く溜息を吐き、オラトリオは前髪をかきあげた。少し気を落ち着かせようと、無意識に上着のポケットに手をやる。が、そこに煙草を入れていないのを思い出した。『煙草を買いに行く』という口実の為に、手持ちの煙草は部屋に隠して来たのだ。
「ここまでしなきゃなんねーってのもな…」
ぼやく言葉とは裏腹に、オラトリオの気分は高揚していた。
静まり返った廊下を抜け、足音を忍ばせて玄関に急ぐ。ドアノブに手をかけようとしたその時。
「オラトリオお兄さん……」
半ば寝ぼけた末弟の声に、オラトリオは振り向いた。
自分と同じくらい大きなぬいぐるみを抱えたちびが、自分の部屋のドアの前に立っている。
「どうした?悪い夢でも見たか?」
ちらりと腕時計に目をやり時間を気にしながらも、優しくオラトリオは聞いた。
同じ頃。
「こんな時間にどこに行く?」
出かけようとしたオラクルは、従兄弟に呼び止められた。
子供の頃、事故で両親を亡くしたオラクルは、父方の親戚であるカシオペア家に引き取られ、いとこ達とともに暮らしている。
オラトリオは母方の従兄弟だ。
「ちょっと飲み物を買いに行こうと思って」
「飲む物なら冷蔵庫にいくらでもあろう」
「そうだけど…」
困惑して、オラクルは幽かに眉を曇らせた。
「仕事の息抜きも兼ねて、外の空気を吸いたいから」
「こんな時間まで仕事か?余り根を詰めすぎるなよ」
判ってる、と軽く頷いて、オラクルはそれで従兄弟から解放されるのだと思った。
が、何故かコードはホールのコート掛けから自分の上着を取り出す。
「こんな夜分に一人で出歩くのは危険だ。俺様も一緒に行く」
「一緒にって…」
やや焦りながら、オラクルはコードを思いとどまらせる言葉を捜した。
「大丈夫だよ。女の子じゃないんだから」
「こう、物騒な世の中では男も女も同じだ」
「ちょっとそこのコンビニに行くだけじゃないか」
しまいにはうんざりして、オラクルは軽く溜息を吐いた。
コードは3人の妹を目の中に入れても痛くない程、可愛がっていて、その過保護ぶりは近所でも知られているくらいだ。
10年前にオラクルがこの家に引き取られてからは、オラクルもその過保護の対象にされてしまっている。
「私には一人で出かける自由もないのか?」
「…何もそう、依怙地にならなくとも」
いつもは大人しい従兄弟の思いがけず強い言葉に、コードはやや驚いた。
「依怙地になってるのはコードの方じゃないか。一人で大丈夫だって言ってるのに」
「__うむ…」
滅多な事では感情を露にしないオラクルの不機嫌な態度に、コードは渋々、譲歩した。
「悪ぃな、遅くなっちまって」
オラクルが待ち合わせ場所の公園に着き、ベンチに腰を降ろした時、オラトリオが駆け寄って来た。
「ちびが夜中に眼ぇ覚ましちまってな。宥めて寝かしつけんのに手間取っちまって」
悪い、この通りと低姿勢で謝るオラトリオに、オラクルはくすりと笑った。
「私も今、来たところだよ。コードにつかまっちゃって」
「つかまった?」
怪訝気に訊き返した恋人に、オラクルは軽く肩を竦めた。
「夜中に一人で出歩くのは危ないから、一緒に行くって…」
言ってから、オラクルは視線を落とした。
「でも、コードには少し言い過ぎたな。心配してくれてるだけなのに__」
不意に顎に手を添えて引き寄せられ、そのままオラクルは唇を塞がれた。
「__んっ……」
身じろぎ、抗議しようとしたが、しっかりと抱きしめられ、動きが取れない。
唇を吸われ、口中に忍び込んできた舌を受け入れる。
「__馬鹿。誰かに見られたら……」
暫くして解放されると、オラクルは言った。
「こんな夜中に誰も来やしねーよ」
「だけど、もし__」
「3週間ぶりに二人きりになれたっつーのに、他の男の話なんぞしてるお前が悪い」
言って、オラトリオは一旦、離れた恋人の腰に腕を回し、抱き寄せた。
「お前だって『他の男』のせいで来るのが遅れたくせに」
「……」
すかさず反撃したオラクルの言葉に、オラトリオは詰まった。
その姿に、オラクルはくすりと微笑う。
それから、オラトリオに寄り添うようにして、身を凭れさせた。
手袋をしていない指を絡めあい、互いの温もりを感じる。
「もうちっと、マメに会いたいよな__こんなたまにじゃ無くて」
触れるだけのキスを繰り返しながら、オラトリオは言った。
二人は子供の頃から仲が良かった従兄弟だが、恋人同士になったのはつい2ヶ月前の事だ。
「会ってるじゃないか。週に1度はお前の家に遊びに行っているし」
「俺が言ってるのは二人きりでって事だ」
二人とも家族と暮らしているし、二人の関係は周囲に隠しているので、こうやって夜中に抜け出しでもしなければ二人きりにはなれない。
家が近いので家族ぐるみのつきあいは多いのだが、そのせいで却って二人だけになるのは難しい。
「…別に二人きりでなくても__」
「二人きりでなけりゃ、こんな事、できねーだろ?」
口づけを繰り返しながら、オラトリオは相手を間近に見つめた。
「それに、それ以上の事も」
『それ以上』という言葉に、オラクルは幽かに頬を赤らめ、視線をそらせた。3週間前の事を思い出したのだ。
その日、オラトリオがちびを幼稚園に送ってから、二人は一緒に買い物に出かけた。その後、オラトリオの家に寄り、それから……
相手が同性なのは、二人とも初めての経験だった。特にオラクルの方は躊躇いも強かったし、暫くは痛みに耐えなければならなかった。
それでも、あれがひどく甘美な記憶である事に間違いは無い。
オラトリオも、その日の事を思い出していた。
繰り返す口づけが徐々に深くなり、服の上からオラクルの身体を弄る。
コートの下に手を忍び込ませると、オラクルはそれを振り払った。
「駄目だよ、こんな所で」
「誰も来やしねえぜ」
「厭だってば」
オラクルがやや強く言うと、オラトリオの瞳に、傷ついた色が浮かぶ。
「__悪い」
言って、ガラにもなく視線を落としたオラトリオの横顔に、オラクルは胸をしめつけられるように感じた。
「__ねえ…今度、一緒に旅行に行かない?」
「旅行?」
「組んでやる仕事の取材だって言えば怪しまれないと思うけど」
「良いな。いつどこに行く?」
急に元気になった相手の姿に現金だと思いながら、軽くオラクルは笑った。
「今すぐには決められないよ。後で相談しよう」
今夜はもう、帰らないと__オラクルの言葉に、オラトリオはたちまち表情を曇らせた。
「まだ良いだろ?来たばかりだぜ?」
こういう時のオラトリオは本当に子供みたいだ__そう思い、オラクルはもう一度、優しく微笑う。
「出かけるのをコードに見られてるから、いつまでも戻らないと心配するし」
すぐにまた、会えるだろう?
間近に見つめ、宥めるように言ったオラクルに、オラトリオは渋々、頷いた。
「んじゃ、家まで送ってくぜ。夜中に一人で出歩くのは危ないからな」
オラクルは苦笑し、二人は並んで歩き出しながら、改めてしっかりと指を絡めた。
近くのコンビニに飲み物を買いに行っただけの筈のオラクルが1時間以上たっても戻って来なかった為にコードが酷く心配し、それ以来、真夜中に抜け出すのが難しくなってしまった二人がそれからどうしたか__
今のところ、二人しか知らない。
back
コメント
2999の裏キリを踏まれたあずみさんに捧げるリク小説です。
IFO2で『こっそり抜け出して深夜のデート』
まだ恋人同士になったばかりのO2なんですが、一生やってなさいってところは変わりませんねえ;;
『こっそり抜け出す』関係上、クルさんをカシオペア家に住まわせてみました。過保護コードに二人の関係が知られた時、トリオがどんな目にあったか、見ものです(笑)
ちなみにタイトルは新しいパソ子の色です;何かに使いたかったので;;
|
|