(2)





「…馬鹿なこと言ってんじゃないよ。イルカ先生が拷問だなんて__」
「誰が拷問と言った?」
カカシの言葉を遮って、イビキは言った。
「本来なら部外者のお前に話す筋合いは無いが、それがイルカの望みのようだから特別に話してやろう」
忍は苦痛には慣れている__そう、イビキは話し始めた。
「特に間諜を任務とする忍は、あらゆる精神的・肉体的苦痛に耐えられるよう、訓練を受けてから任地に送り込まれるものだ。それでも我々暗部尋問拷問部隊がベストを尽くしてもてなせば、殆どは1週間程度で音を上げる」
「…俺だってその位は知ってる」
「それでもどうしても口を割りそうに無い頑固な奴が相手の時には、途中で尋問者を交替し、優しく接してやる」
「…優しく?」
鸚鵡返しに、カカシは訊いた。
『優しい』などと、およそ暗部尋問拷問部隊には似つかわしくない言葉だ。
「そうだ。傷の手当てをし、温かい食べ物を与え、親身になって身の上話など聞いてやる。尋問と言うより、殆ど看護だ。そして数日経つと、最初の尋問者に戻って拷問を含む厳しい尋問を行う。それが繰り返されればどんな意思強固な奴でも精神的にガタガタになって、必ず堕ちる」
「……それでイルカ先生を?」
その通りだ__腕を組み、イビキは言った。
「この尋問方法を成功させる為には、第二の尋問者が本当に優しく囚人に接する事が重要だ。上辺だけの優しさでは、筋金入りの精神に揺すぶりはかけられん」
「そういう事ならアンタの部下じゃ、確かに役不足だろうけど……イルカ先生を利用するのは気に入らないね」
「気に入ろうが入るまいが、この役目にはイルカが最適だ。あいつは囚人に対して心から親身になれるが、だからと言って絆されたりはしない」
カカシは口を噤んだ。
敵の間者に親身になって接する事がどれ程イルカの心を苦しめるのか、イビキも判っているのだ。

それでも任務は任務。
忍は忍だ。

「…話は判ったけど、イルカ先生を煩わせなきゃ口を割りそうにないってのは、一体どんなヤツな訳?」
カカシの問いに、イビキは幽かに眉を顰めた。
それだけで、答えとしては充分だった。
「…1週間前にお前が捕らえた霧の間者だ」






2週間が過ぎた。
その間、カカシはイルカに会わなかった。故意に避けていたという訳では無いが、受付所に姿を見せないイルカを敢えて探そうともしなかった。
2週間後、イルカは受付所に戻っていた。
「任務、お疲れ様でした」
報告書を受け取ると、温かな笑顔を見せてイルカは言った。
きっと、同じ笑顔を霧隠れの間者にも向けたのだろう。
「あの…カカシさん?」
立ち去ろうとしたカカシを、イルカは呼び止めた。
「もし良かったら…今晩、一緒に飯でも喰いませんか?」
「勿論、喜んで」
断る理由は、カカシには無かった。

二人は帰りを待ち合わせて一緒に買い物をし、一緒にイルカの家に行き、一緒に食事の支度をした。
少し酒を飲み、他愛の無いお喋りをする__まるで、何事も無かったかの様に。
けれども寛ぎを装った空気は、奇妙に張り詰めていた。
「…暫くアカデミーを休んでたので、仕事がたまってしまいましたよ」
やがて、苦笑と共にイルカが言った。
「……奴が、吐いたんですね?」
まっすぐにイルカを見つめ、カカシは言った。
イルカも正面からカカシを見つめる。
「はい。何もかも、洗いざらい」
「…処刑は、いつですか?」
イルカは視線を落とした。
「今朝、日の出と共に」
「…そうですか」
カカシの言葉に、イルカは改めて相手を見た。
カカシは笑った。
「俺の事なら、気を遣ってくれなくても大丈夫ですよ?あの男の事は、本当に何とも思っていませんから」
「だったら…どうしてあなたはあの日、土砂降りの雨にわざわざ濡れていたんですか?」
イルカの黒曜石の瞳を見、カカシは幽かに苦笑した。
本当にこの人は、誤魔化すという事を赦してくれない。
「……自分の実の父親だと言う男を捕らえて、拷問されるのが判っていながら尋問部に引き渡した。殺してくれという、最初で最期の頼みも聞き入れてやらなかった。それでも……何とも思わなかったんです、俺」
「…何とも思わなかった…?」
「ええ、何とも。それで……そんな自分が少し、厭になったんです」
それに、と、カカシは続けた。
「自分の父親を平然と尋問部に引き渡したりして、イルカ先生に嫌われるんじゃないかって、怖かったし…」
「…カカシさん。あなたは__」
「ええ。任務を果たしただけです。イルカ先生、アナタも」
イルカは口を噤み、銀色の髪と藍色の瞳をした男の事を想った。
彼はかつての恋人が妊娠していた事も、里を抜けようとして処刑された事も知らなかった。
有名な『写輪眼のカカシ』が自分の息子だなどと、夢にも思わなかったのだ。

「…俺の先生はよく、『人である事を忘れちゃいけない』って言ってたんです。でも忍としての正しい行いが人の道に悖る時にどうしたら良いのかまでは、教えてくれませんでした」
「…あなたは人の道に悖る事なんかしていません」
幾分か苛立たしげに、イルカは言った。
「俺はあなたを誇りに思いますし、あの人も…あなたを誇りに思う…と」

自分と同じ瞳をした男の姿が、カカシの脳裏に浮かんだ。
顔を見せた時の彼の動揺と、『殺してくれ』と言った時の哀しげな表情。そして尋問部に引き渡した時の矜持ある態度を、一生、忘れる事は無いだろう。

「…立派な人でした。赦されるなら…最期にも立ち会いたかった」
やがて、ぽつりとイルカは言った。
自分よりもイルカの方が辛いのだと思い、カカシは心苦しさを覚えた。
イルカの手を取り、その指に口づける。
「…一度しか会っていない男を父親だと実感することは出来ませんでした。でも、会ったことも無い母親の気持ちは、判る気がします」
「…それは…」
「自分の愛する人が敵国の間者だと知ったら、俺も迷わず里を抜けます__イルカ先生ならば、そんな事はしないでしょうけど」
「……カカシさん……」
困惑の表情を浮かべた相手の肩に、カカシは身を凭れさせた。
「俺の忍道とアナタの忍道は違う__ただ一つ確実なのは、それでも俺はアナタが好きだという事だけです…」
「……俺も…あなたが好きです…」
言って、イルカはカカシを抱きしめた。
心の内で、カカシの両親の為に祈りを捧げながら。




Fin.






後書のようなもの
出生の秘密カカシ編です。これがカカシ編て事は、次はイルカ編だったりします。
捏造しまくりで楽しいです(←をい;)
それにしてもうちのイルカ先生、色んな任務を兼任しまくりで忙しいです。
流石はアイドル(違)

BISMARC




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