「変化しなければならないのは当然だが、何故、そんな姿になる必要がある?」
不機嫌さを隠そうともせずに言ったイタチに、サスケは幾分か焦った。
すんなり受け入れられるだろうとは思っていなかったが、こうまで嫌がるのは予想外だったのだ。
その日、サスケは隠れ家からそう遠くない里の夏祭りに、イタチを誘っていた。
もうすぐ1歳になる娘はまだ幼いので連れてゆかず、カブトや鬼鮫の言葉を退けて護衛も付けず、二人だけで出かける積りだった。
無論、二人だと判らないように変化する必要がある。
いつどこに誰の目があるか、判らないからだ。
そして女に変化して欲しいと頼んだ結果、サスケは最愛の恋人の機嫌を損ねてしまったのだった。

「…あんたが嫌なら無理にとは言わない。とにかく、遅くならないうちに出かけようぜ?」
「俺は矢張り残る。伊織の様子が気にかかる」
サスケの方を見もせずに、イタチは言った。
余り感情を表に出さないイタチがここまで不機嫌な態度を取るのは滅多に無い事で、サスケは困惑した。
「伊織はただの風邪だし、もう熱も下がったから心配ないって沙耶乃も言ってたし__」
「ならば沙耶乃とでも出かければ良いだろう」
イタチのその言葉に、不機嫌の理由が判ってサスケはむしろ意外に思った。
一人用の椅子に座っているイタチの傍らに膝を付き、そっと手に触れる。
「女に変化してくれって頼んだのは、別にオレが女と出かけたいからじゃ、ない。あんたと一緒でなかったら、祭りなんて行く気もない」
イタチはでは何故だと問いたげな表情で、サスケを見た。
まっすぐに見つめられ、急に気恥ずかしくなってサスケは視線を逸らせた。
「オレはただ……あんたと手を繋ぎたかっただけだ」
「……手を?」
鸚鵡返しに訊き返したイタチに、サスケは気恥ずかしさが募るのを覚えた。
「手ぐらい繋ぎたいじゃないか__デートなんだから」
サスケの言葉に、イタチは暫く口を噤んでいた。
それから、くすりと微笑う。
「ならば先にそう言えば良かった」
「言ったらあんたに笑われるんじゃないかって思ったんだ。ガキみたいだって」
イタチの誤解が解け、機嫌の直ったことに安堵して、サスケは続けた。
「別にオレが女に変化しても良いんだ。男同士で手を繋いで歩くのは不自然だってだけだから」

すっと、イタチの口元から笑みが消えた。
サスケの手から抜け出るようにして、席を立つ。

「……イタチ?」
こちらに背を向けて窓際に立ったイタチの名を、サスケは幾分かの不安と共に呼んだ。
自分たちの関係が世間的に受け入れられないものである事は、否定しようとしても出来るものでは無い。
そしてその思いは青天を覆う雨雲のように、二人の心を曇らせずにはいられない。
「…子供を産んでも、俺は自分を女だと思った事は無いし、これからも無いだろう。だからお前が、男同士の関係を不自然だと思うなら__」
「そうじゃない。オレが言いたかったのは、そんな事じゃない」
イタチの言葉を遮って、サスケは言った。
相手に歩み寄り、背後から抱きしめる。
「オレはありのままのあんたが好きなんだ。あんたが女であれば良かったとか、思ったことも無い。周囲にどう思われたって構わない。ただ…目立つのを避けたいだけだ」

イタチは何も言わなかった。
ありのままの姿を愛することと、変化した姿で連れ立って出かけたいと望むのは矛盾している。
暁や暗部に追われる身では仕方のないことだと頭では判っていても、気持ちが付いて来ない。
両性具有の身体に生まれついた事を、自分は未だに受け入れられていないのだとイタチは思った。
サスケの想いを疑うわけではないのに時に不安になるのは、そのせいなのだろう。

「昔…夏祭りに行った時のこと、覚えてるか?」
イタチの不安を自分の痛みのように感じながら、サスケは言った。
「ちょうど10年前だ。母さんが他に用事があって、あんたがオレを祭りに連れて行ってくれた」
「ああ…。覚えている」
お前と一緒に夏祭りに行ったのは、あの時だけだったな、と、イタチは付け加えた。

5つ違いの兄弟、それもイタチが僅か7歳で下忍になった事もあって、一緒に遊ぶ機会もなかった。
二人で過ごす時間が少しでもあったのは、シスイに裏切られて誰も信じられなくなったイタチが、最後の望みをサスケに託してからだ。

「あの頃のオレは、早く大きくなって強い忍になって、あんたを護るんだってそればかりを考えてた」
「…だが夏祭りでは、俺よりもりんご飴に興味があったようだが?」
その時の事を思い出し、幽かにイタチは笑った。
祭りで知人と会ったイタチが話をしている内に、サスケが一人で屋台を見に行って、そのままはぐれてしまったのだ。
「あれはあんたに食べさせたかったんだ。だけど確かに屋台を見るのに夢中になって…あんたとはぐれて、オレはパニックを起しかけた。自分で思ってたより、ずっと子供だったんだ」
イタチは黙って、サスケが続けるのを待った。
「だけど必死で自分に言い聞かせた。オレはあんたを護るって約束したんだから、もっと強くならなくちゃ駄目だって」

それで気持ちを落ち着かせ、アカデミーで習ったとおりに意識を集中させたのだとサスケは続けた。
そして、何とかイタチのチャクラを感じ取ろうとした。

「そうしたら、光を感じた」
「……光?」
ああ、と、サスケは続けた。
「闇の中に灯る蝋燭みたいな、和らかくて温かい光だった。オレは人ごみをかき分けて光の方に歩いて、そしてオレを探しているあんたの元に辿りついた」
「……そうだったな。あの時は、お前が俺を見つけたんだ」
「オレは、あんたを感じられるんだ」
背後から抱きしめたまま、ゆっくりと相手の腕を撫でて、サスケは言った。
「たとえ遠く離れていても、あんたを感じられる。隠れ家を転々としていたあんたの居場所を突き止められたのも、そのお陰だ」
だから、と、耳元で囁くように、サスケは言った。
「変化して外見が変わったくらいで、あんたを見まがう事なんて、無い。どんな姿になっても、あんたはオレの光だ」

イタチはゆっくりと眼を閉じ、心の内でサスケの言葉を反芻した。
それから振り向き、まっすぐにサスケを見る。

「…お前こそが俺の光だ。自分を見失いそうになった時、いつもお前が道を示してくれる」
サスケはイタチの髪を撫で、それから改めて抱きしめた。
イタチのように気丈な者でも、矛盾を内包した身体に生まれ付けば、時に不安定になるのも当然だ。
それがもしも自分の身に起きた事であれば果たして耐えられるのか、自信は、無い。
だからこそイタチの不安を鎮め、支えてゆこうと、サスケは改めて思った。
それが己の、唯一無二の光を護ることになるのだから。





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