あれが現実であった筈は無い
あれはきっと夢だったのだ
星明かりと蛍の光が紡ぎだした、一夜限りの夢__
蛍
草深い獣道を通って暫く行くと、急に視界が開けた。
清らかな水の流れる小川。
そのせせらぎに誘われて集まる蛍。
見上げれば、満天の星。
全てが、5年前のままだ。
------来年も、一緒にここで星を見ようよ
はしゃいで兄にねだった幼なかった自分を思い出し、サスケは
幽かに眉を顰めた。
あの時、イタチは困ったような笑みを浮かべ、「俺は任務があ
るから」と言っていた。
------約束は出来ないが、でももし、七夕の日に晴れだったら
しょげ返ったサスケの頭を優しく撫でて、イタチは微笑った。
「……くだらねぇ」
思い出を打ち消そうと、サスケは足元の小石を蹴った。
それから、あらためて空を見上げる。
深い闇の中で星々は美しく煌き、年に一度だけの恋人たちの逢
瀬を祝福しているかのようだ。
地上に視線を移せば月明かりの中で飛び交う蛍の姿が幻想的で
、頬をなぶる風も涼やかだ。
この場所を教えてくれたのが誰だったかは考えたくも無いが、
それでもここは静かで心が和む。
「……!」
月が雲に隠れ再び姿を現した時、サスケは人影に気づき、心臓
がどくりと脈打つのを感じた。
黒髪を一つに束ねた後姿に、思わず息を詰める。
「……何で……」
アンタがここにいる?__咽喉まで出掛かった言葉を、そのま
ま噛み殺す。
相手はサスケに気づき、ゆっくりと振り向いた。
そして、幽かに笑う。
その笑顔に、心のざわめきが鎮まって行くのを、サスケは感じ
た。
これは、夢なのだ。
現実の筈が無い。
イタチは額宛も着けず、浴衣姿だ__昔、夏祭りに連れて行っ
てくれた時のように。
抜け忍であるイタチがそんな格好で木の葉の里にいる訳がない
。
だから、これは夢なのだ。
「何で……今まで来てくれなかったんだ?」
拗ねるように言ったサスケに、イタチは困ったように苦笑した
。
「約束は出来ないと言っただろう?それに、去年は雨だった」
「一昨年は晴れてたぜ?」
「…毎年、ここに来ていたのか?」
イタチに問われ、サスケは視線を落とした。
イタチは静かにサスケに歩み寄り、その頬に触れる。
「訳あって来られなかった。赦せ」
「…良いよ、別に。兄さんが忙しいのは判ってるし」
顔を上げて言ったサスケに、イタチはもう一度、優しく微笑ん
だ。
二人は川べりに並んで腰を降ろし、蛍の飛び交う姿を見つめた
。
もう何年も会っていないのに、ずっと一緒だったように感じら
れる。
言葉は交わさなかったが、必要は無かった。
軽く触れた指先から互いの温もりを感じられれば、それで充分
だ。
やがて二人は柔らかな草の上に寝そべり、空を見上げた。
「蠍座、蛇使い座、琴座、それに射手座……」
サスケは昔、イタチに教えられた星座の名を呼びながら、それ
らの星を眼で追った。
位置と時刻を確認する為に星を見る事はアカデミーで教えられ
たが、星の美しさを愛でる為だけに星座の名を教えてくれたの
はイタチだ。
「今日……晴れて良かった」
空を見上げたまま呟いたサスケを見、それから「そうだな」と
、イタチは言った。
引き裂かれた恋人たちの、年に一度だけの逢瀬なのだから…と
。
サスケは上体を僅かに起こし、改めてイタチを見つめた。
「来年も……また、会えるのか?」
期待と不安のこもったサスケの問いに、イタチはただ困惑した
ような表情を浮かべただけだった。
「…千鳥が鳴いてる。もう…朝なのか?」
どれほどの時が経ったのか。
黙ったまま夜空を見上げていたサスケは、やがて聞こえてきた
鳥の鳴き声に、そう、訊いた。
まだここから離れたくは無い。
だがこれが夢である以上、朝までには戻らなければならないの
だ。
「そうだな…暁(あかとき)を告げる夜烏も鳴いている」
イタチの言葉に、胸が締めつけられるように苦しくなるのを、
サスケは覚えた。
「だが、木々に眠る鳥たちはまだ静かだ」
もう暫くは、一緒にいられる__そう、囁くように言ったイタ
チに身を寄せ、サスケは眼を閉じた。
「珍しいわね、サスケ君が遅刻して来るなんて」
「何かあったんだってば?」
翌朝、任務の集合場所に遅れて着いたサスケに、7班のメンバ
ーはそう訊いた。
「別に。何もねぇよ」
ぶっきらぼうに、サスケは答えた。
ただ月明かりと蛍の光に誘われて夢を見ただけなのだ。
もう、二度と同じ夢を見る事はないのだろうと、サスケは思っ
た。
Fin.
■むつきさんの万葉集シリーズを見て、是非、イタサスで
後朝ネタを書きたいと思っていたのですが、七夕の
日記からもう、これは書くしかないと思って勢いで
書きました(^^ゞ
サスケがまだ木の葉にいた頃のお話です。
宿屋でお兄ちゃんと対峙する前の出来事ですね。
これが夢なのか現実なのかは、読んでくださった方に
お任せです。
夜が明けるまでに何があったかも、
想像にお任せです(笑)
■イタチさん、サスケ、誕生日おめでとう♪
にしてもイタチさん、次はいつ出てきてくれる
のでしょう……(遠い眼)
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