(4)

アイツは忍としての才能だけでなく、美貌にも恵まれていた。
単に顔立ちが整っているというだけでなく、言葉では表し難い一種独特の雰囲気があって、弟のオレですら、時に見蕩れるほどだった。
だからなのだろうが、アイツの気を惹こうとするくの一はそれこそ掃いて棄てるくらいいて、ガキの頃、オレはよく「お兄さんに渡して」と手紙やプレゼントを押し付けられたものだ。
オレは自分の兄さんを取られるのが嫌で手紙を言伝られるのも迷惑だったが、アイツはオレ以上に迷惑に思っていたらしく、誰に対しても素っ気無かった。
特にアイツが迷惑がっていたのは年上のくの一たちで、断っても何度でもしつこくつきまとう上に、先輩なだけにあまり邪険にもできなかったらしい。
だがアイツが一番、頭を悩ませていたのはくの一ではなく、男だった。
最初、見知らぬ青年から手紙をことづてられた時、オレはそれがどんなものかも判らずにアイツに渡した。
アイツは手紙を読むと酷く不愉快そうに眉を顰めて、今後一切誰からも手紙や品物を受け取るなと、オレにきつく言いつけた。
オレは訳がわからず、ただアイツに嫌われたくなかったので素直に頷いた。
知らない忍__手紙を言伝た青年とは別の__がアイツに言い寄っているのを偶然、見てしまったのは、俺がアカデミーに入って暫くたった頃だ。
だがその時にも、オレには意味が判らなかった。
ただアイツが困っているらしいのが判って、相手の上忍を憎らしく思っただけだ。
男同士でそんな事があるなんて知ったのは、他ならぬオレ自身が、入院中に医療忍の一人に言い寄られ時だった。

オレは吐き気のするような不愉快な気持ちで眼の前のイルカ先生を見た。
まさかそんな筈は、と思う。
だがアイツにつきまとってた男どもも、オレに言い寄った医療忍も、ぱっと見はまるで普通の奴だった。
それどころかその医療忍は、毎日のように手首を切ってボロボロだったオレに優しくしてくれていた__オレがそいつの誘いを拒絶するまでは、だが。
そしてその医療忍の話によれば、男同士の関係は前線や長期任務、それに暗部では珍しくも無いらしい。
「まさか…何なんだ?」
幾分か困惑したように、イルカ先生は聞いた。
オレは、整った眉を不快そうに顰め、男からの手紙を破っていたアイツの姿を思い出していた。
「…イルカ先生がアイツと何度か話をしたって、本当に任務の話だったのか?」
イルカ先生は苦笑した。
「そりゃ、確かにイタチは天才エリートで俺は平凡な中忍だがな。任務でかかわりを持つ事だってある」
「……極秘任務だってんならどんな任務だったかは聞かねぇ。だが、どんな話をしたのか教えてくれないか」
半ばヤケクソな気持ちで、オレは訊いた。
イルカ先生がアイツに気があって、だから庇うような言い方をしているだけじゃないかと思うと、胸糞が悪い。
イルカ先生に対してと言うより、イルカ先生を疑っている自分自身に、オレは腹が立っていた。
「…具体的に話しちまうと機密にかかわるんで言えないが、イタチはとても思いやりのある優しい子だった。暗部にもあんな忍がいるんだって、驚いたくらいだからな」
「暗部にも…って?」

訊き返したオレを、イルカ先生は困惑したような、どこか憐れむような顔で見た。
少し躊躇うように口を噤み、それから言った。

「暗部がどんな組織か、アカデミーで習ったよな?」
「『火影直属のエリート部隊で、暗殺や要人警護などランクの高い任務を遂行する傍ら、非常時には里の護りの要となる』」
「その通りだ。そして命令を受ければ、時には幼い子供を殺める事もある」
「子供……?」
鸚鵡返しに、オレは訊いた。
アイツが血だらけで帰って来た時の事を思い出し、指先が冷たくなる。
「暗殺任務では、ターゲットの護衛や目撃者は皆殺しが鉄則だ。そして暗殺の対象は、自分で戦う術ももたない一般人だ」
「……!……」

オレは咽喉元を締め付けられたように苦しくなって、言葉が出なかった。
暗部に関してはエリートだというイメージが漠然とあるだけで、実際にどんな任務にかかわっているかなんて、考えた事も無かった。
考えれば判る筈の事だ。伊達に暗殺戦術特殊部隊なんて名前が付いている訳じゃない。
だが具体的に考えた事なんか、無かった。
暗殺の対象が一般人だなんて事は、今更聞いて驚くような話じゃない。
だけど忍でもない子供を殺すだなんて、考えたことは無かった。

「勿論、暗部の任務自体は里を護る為に大切で必要不可欠だ。だが無抵抗の女子供を殺すなんて、誰だってやりたくはない筈だ」
だから、と、イルカ先生は続けた。
「暗部の忍は__俺が知っている範囲では、だが__皆どこか感情を切り捨てたみたいに冷静で、まるで自分に感情がある事を忘れてしまったかのように見える」
「……アイツは…違っていた、と?」
イルカ先生は頷いた。
「その極秘任務っていうのはある子供の護衛で、俺はその子の教育係だった。護衛任務にはイタチの他に何人かの暗部が就いていたが、他の暗部たちは皆機械的に任務をこなすだけだった。イタチだけが、その子の不安や孤独を理解してやっていて、その子はイタチにとても懐いていた」
だから、と、イルカ先生は言った。
あんな優しい子が一族を滅ぼしただなんて、とても信じられない…と。

----暗部に入って半年…最近のお前の言動のおかしさは目に余る
----イタチ…お前最近、少し変だぞ

シスイさんが『自殺』した翌日の父さんたちの言葉を思い出す。
確かにあの頃からアイツは変わった。
暗部が、暗部の残酷な任務が、アイツを変えてしまったのか?
アイツが暗部に入ったのは11の時。今のオレと同じ歳だ。
オレがアカデミーでアイツに追いつこうと足掻いていた頃、アイツは女子供を殺すような任務に就いていた。
オレには…少なくとも今のオレにはそんな任務を冷静にこなす自信は無い。
自信がないどころか、いまだに抗欝剤や睡眠薬に頼っているオレにそんなマネが出来るわけがねぇ。
だがアイツはそんな任務もこなしていた。それを強いられてた。アイツは一族と里の中枢を結ぶパイプ役として期待されてたから。
オレは優秀なアイツが羨ましかった。いつも父さんに期待されてるアイツが妬ましかった。
過剰な期待が負担になるかもしれないなんて事は、考えもしなかった。
それにアイツはいつも落ち着いていて自信があるように見え、愚痴をこぼすのなんて聞いた事が無い。

----母上、汚れます

血まみれで家に戻って来たあの時、アイツは暗殺任務をこなした後だったのかも知れない。
ターゲットは弱い女や幼い子供だったのかも知れない。
あの時、アイツは何も言わず、オレに声をかけてもくれなかった。
取り乱したり喚いたりはしなかった。だが、今なら判る。
あの時アイツは、必死に耐えてたんだ……

「……だからって……」
「__サスケ…?」
「だからって、赦せねぇよ…」
アイツは一族と里の中枢を結ぶパイプ役として期待されていた。
言い換えれば、衰退していたうちは一族復興の為に、利用されていた。
類稀な才能に恵まれていたが故に、11やそこいらで里の最も暗く汚れた残酷な任務をやらされてた。
うちは一族の為に。
だからアイツは一族を恨み、憎んだのか?
いくら優秀な忍でも人間だ。感情がある。
元々は優しかったアイツには、暗部の残酷な任務が耐えられなくなったのか?
そして一族全員を殺してしまわなければならない程に追い詰められてたのか?
いいや違う。
父さんも母さんも殺しておきながら、あの日のアイツは酷く冷静だった。
追い詰められていたわけでも、狂っていたわけでも無い。
アイツは変わっちまったんだ。
暗部で生きていく為に感情を切り捨てて、人の生命なんか何とも思わないような人間に変わっちまったんだ。
だから皆を殺した__虫ケラのように。





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