著・前田みや
雑記帳





 オラクルを亡くしたオラトリオに皆は優しかった。
 特に、オラクルとオラトリオの深い結びつきを知っていた姉弟たち、音井教授らの気の使いようと言ったらなかった。
 そんな中でオラトリオを罵るのは正信くらいだが、その裏にはやはりオラトリオへの気配りが秘められていて、本気で嘲るクオータのそれとは違った。
 ああ、そういえば。ぼんやりとオラトリオは思った。
 師匠に会っていない。
 オラクルが電子の空間に融けて還ってから、コードにはまだ一度も会っていない。会ったならば、師匠なら怒ってくれるだろうか。本気で罵ってくれるだろうか。
 そんなことを望むこと自体が自分の甘えだとわかっていて、自分なんかに許されることじゃないと判っているのに、甘ったるい気遣いに包まれた日々が辛くてオラトリオはそう思った。


 コードは不意にやってきた。
 あれから何度もオラトリオを慰めに来るエモーションと一緒だった。コードがオラトリオに何を言うかとびくびくしていたエモーションもコードの優しげな口調にほっとした。
「オラトリオ今回は……辛かったな」
 お前のせいではない、気に病むな。コードらしくないもの言いに、オラトリオはかえって寒気をおぼえた。オラトリオに同情はしていたが、オラクルの異変を気づかなかったことで怒っているエモーションも呆然と兄を見上げた。
「今は辛いだろうが、いつかは笑える日もくるだろうさ」
 主の変わった<ORACLE>の片隅にいたクオータがくくっと笑った。
 コードの優しい慰めの言葉は延々と続く。
「師匠、俺は………」
 ともかくもコードの大事な弟を失わせたことを謝ろうとそれを遮りかけたオラトリオに、コードは笑い顔を見せた。
 ぞっとする。
 先ほどとは比べ物にならないほど、ぞっとした。そこにあったのは悪意だけだった。
「俺様からも人間たちに言ってやった。オラクルを失って、オラトリオはいつバランスが崩れるかわからない。早急に新しいオラクルを与えてやれとな」
 ガラガラと世界が崩れる音がした。
 新しい、オラクル? コードは何を言って………。
「喜べ、オラトリオ。もう半月もしないうちに、新しいオラクルが統御者の位置につく。今までのバックアップを元にしてあるから、行動も性格も姿もすべて同じだ。ただ記憶がないだけに過ぎない」
 オラトリオはゆるゆると首を振った。エモーションが口に手をあてて悲鳴を堪えているのが見える。
 どれだけ同じプログラムを使ったって、あの『オラクル』はたった一人だ。コードには判っているはずなのに。いや、わかっているからこそ、の行動か。
 よく似た、でも全く違うオラクルをオラトリオに見せ付け、自分の犯した罪をいつまでも悔やませるために。
 新しいオラクルの人格を無視した酷い考えだ。だが、それだけコードのオラトリオに対する怒りは深い。
 くすくすくすとクオータが笑う。彼もコードの意図をはっきりと理解していた。
「それはいいですね。よかったですね、オラトリオ」
 嘲る口調。新しい『オラクル』を得て、オラトリオがどう狂っていくか見ものだった。それも自分に与えられた恩寵を理解せず、オラクルを蔑ろにしたせい。狂ってしまえ。クオータは小さく呟いた。
 狂ってしまえ。自分の大事な物すら自分の過誤で護り切れなかったロボットは、狂って壊れてしまえばいい。

 あの時オラトリオがもっと気を付けていたならば。
 あの時オラトリオがオラクルを裏切らなかったら。
 あの時……………。

 今更言ってもきりはない。わかっていてもクオータはみすみす目の前で被守護者を失った自分のオリジナルを赦すつもりはなかった。赦せない。自分だったらオラクルを護りきったのに。クオータのドクターとは違ってオラクルは、オラトリオの態度如何によっては絶対に失うことはない存在だったのに。
 だから赦さない。
 せめて裏切ってさえいなかったら、オラクルを心安らかに逝かせてやれたろうに。その思いがよけいにオラトリオに対する怒りを深くする。
 それはコードも同じ気持なのだろう。



 オラトリオがすべての機能を停止させたのは新しい『オラクル』にすんぷん違わず微笑まれた、その瞬間だった。
「………あれくらいで壊れるとは………。まだ贖罪は終わっておりませんのに」
 残念そうに呟くクオータは新たな彼の主人・新たな被保護者を腕に抱き締めながら、こんどこそ失わせまいと小さく呟いた。






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