著・前田みや
雑記帳





「おめでとう!」
 にこにこ微笑って突然現れた電脳空間の天使を、クオータとクエーサーは呆然と眺めることしかできなかった。『おめでとう』? それはいったい???
「オラクル、いったいどうしたんですか?」
 現実空間を行き来する分、まだ咄嗟の対応反応が優れているクオータが先に立ち直る。
「また電脳空間に入ってきたりして、倒れたらどうするんです?」
 お説教しながら、ちゃっかりその手を握っている。優しく微笑う電脳空間の天使はあまり身体が丈夫ではない。そうでなくても人間がその身のまま電脳空間に入るのには、著しく体力を奪う。それにオラクルを狙う怪しい妖怪爺こと<クオンタム>管理プログラムに姿を見せるのはもったいない。
「何のお祝いか知りませんが、私が! 私が現実空間の貴方の研究室に伺いますよ」
 さりげに肩まで抱いたクオータはオラクルをエスコートして現実空間に戻ろうとした。
「え、でも……」
 何かいいたげなオラクルの様子は見て見ぬふり。人間が電脳空間に入るのは本当に大変なリスクを背負うことなのだ。一刻も早く、止めさせたほうがいい。
「ちょっと待て!!」
 だが、鮮やかなクオータの手並みに、呆然としたままだったクエーサーが立ち直って声をかけた。
「オラクルは私に会いに来てくれたんだ。邪魔者はどいていろ」
 オラクルとクオータの親密ぶりに日ごろのオラクル限定猫もちょっとだけ外れる。クエーサーの様子にオラクルは心配そうな顔を向けた。
「2人とも喧嘩しちゃ駄目。せっかくの記念日なのに……」
「「記念日?」」
 クオータとクエーサーは電脳の中のカレンダーをめくってみた。オラクルに初めて会話したぞ記念日は違うし、オラクルに微笑んでもらったよ記念日も違う。オラクルと手を繋いじゃいました記念日も………。
 悩む二人にオラクルは困ったように首をかしげた。
「え、えっと、違ってたっけ?」
 今日は2人が初めて会った記念日、なんだけど………。クオータとクエーサーは顔を見合わせた。それのいったいどこが記念日? どこがめでたいのかまったくわからないが、オラクルが言うからにはそうなのだろう。
「仕事が忙しくて忘れてましたよ」
 クオータは取り繕った。
「そういえば、そうだったな……」
 初めて守護者がくるという日、心配したオラクルが見に来てくれたことを思い出し、クエーサーは感慨深げな顔になる。
「思い出した?」
 オラクルは嬉しそうににこにこ微笑った。2人はかわるがわるうなずいてみせた。
「じゃあ、これプレゼント」
 2人で使ってね♪なんて、ペアカップを渡されてしまって、クオータは引きつった。おまけにさすが天才と謳われるオラクルは、あっというまに<クオンタム>をお祝い仕様とでもいうべきか、飾り付け状態にしてしまった。
 せっかくオラクルが頑張ってくれたんだし、この際、隣にいる不気味な存在のことは忘れて楽しもうか……、クオータは忘れちゃいけないオラクルの身体の状態も忘れて思った。それはクエーサーも同じだったと見えて、オラクル専用(他の者には致命傷を与える)にこやかな笑みを全開にしている。

 だがしかし。

「じゃあ、私は帰るから、二人で楽しんでね♪」
 せっかくの二人の水入らずだものね。にこにこ微笑んだままオラクルログアウト………。
 残されたのは豪華パーティーの用意と、仏頂面の管理プログラム、呆然とした守護者だけだった。
 おまけに、
「オラクル様から頼まれましたの。お二人の楽しそうな様子をぜひ写真に撮ってきて欲しいって……」
 ですから、精一杯楽しく水入らずのパーティーしてくださいな! 自棄になったエモーションまで駄目押しに現れて……………

「わあ、2人とも楽しそう。サプライズパーティー用意してよかった♪」
 作り笑顔の2人組の大量写真でもオラクルにはばれなかったようだ。


Fin.





GUEST BOOKに戻る