待っていてくれる人がいる幸福。帰ってきてくれる人がいる幸せ。



「なんでこんなに忙しいんだろうなぁ。」
 毎日、最低一回は帰ってこられていた”我が家”に、実に1ヶ月ぶりに足を踏み入れたオラトリオは、ご丁寧にCGにまでくたびれた脚色をして<ORACLE>のホールへと降り立った。
その姿を見た最愛のパートナーが、やさしく出迎えてくれることを期待して。
「たでーま」
いかにも疲れている、と言わんばかりにいつもよりも声のトーンを落す。
オラクルはカウンターの中で、書類の決裁をしていた。
「あ、お帰り。オラトリオ」
オラクルはオラトリオの姿をみとめると、決裁済みの書類と未決のものをそれぞれファイルにしまってから、カウンターを出てオラトリオを出迎えた。勿論、たった一人にだけ見せる笑顔と一緒に。
―――これを見たかったんだ!
内心でオラトリオがガッツポーズを取る。
―――ここで俺が更に、疲れている事をアピールすれば・・・v
良からぬ事を考えているオラトリオに気付いているのかいないのか、オラクルはうれしそうな笑顔のまま左手をひらめかせて、一枚の書類を手にしてオラトリオの向かいに立った。
「新規登録の申請が来たよ。お前の監査スケジュールを調べたら、移動の途中にその研究所があるんだよ。だから途中で寄って、審査してきてくれないか?」
航空便は、ちゃんと手配してあるからね。
にこにこと機嫌良く笑うオラクルの向かいには、『オラクルに甘えちゃえv大作戦』を発動させる事無く見事に砕け散ったオラトリオの、なんとも情けない顔があった。
―――それはお願いじゃなくて、もう決定事項なんすね。
がっくりと肩を落として、無駄な事だと判っているが、それでも!と一縷の望みを託して、オラトリオが口を開く。
「・・・この頃さぁ・・・結構きつめにスケジュール組んでただろ、お前・・・その上、まだ働かせようって言うのか?」
恨めしげな視線と口調で、オマケにそのスタイルがヤンキー座りなあたり、この大きな子供はすっかり態度が斜めに入っているらしい。
オラクルは、この相棒は何を拗ねているのかと不思議そうな顔をした。
「だって早く許可できるものならしてあげなくちゃ。研究のお手伝いをする事が、私達の仕事なんだから。」
―――まったくもって正論です。が、ここで引き下がれるか!
「俺を過労死させる気か?」
「するわけ無いだろ。バカ言ってるんじゃないよ。」
私はお茶を淹れてくるからね。
同情を引くのが無理ならとがばりと立ちあがり強気に声を上げたオラトリオは、オラクルのにべも無い返事と、さっさと給湯のために引っ込んでしまった後姿に脱力して、それでもなんとかいつもの指定席に辿り着くと、そのままズルズルとソファに崩れ落ちた。
昼寝をするライオンよろしくすっかりソファに懐いてしまって、オラクルが銀のトレイを持って現れても、オラトリオはそちらを見もしなかった。
「ちぇ〜。利用者には優しいくせに、なんでそう俺には容赦無いんだ。」
ぶちぶちとぼやくオラトリオをちらりと見たオラクルが、くすりと小さく笑って、トレイの上から茶器を丁寧な仕草でテーブルの上へ下ろしていく。
「そんな事無いよ?」
オラトリオの向かいに座ったオラクルはきっちりと時間を計って、ウェッジウッド製の野菜をモチーフにしたカップの中に、綺麗な琥珀色の雫を落す。
「今スケジュールがきつくっても、そのぶん後からゆっくりできるように調整してあるから。」
「・・・」
「なんだ、その顔。ずれ込んでも良いんなら、改めて組みなおすけど?」
ボケっとした顔、としか表現のしようのない顔でじっと見つめるオラトリオに、首を傾げてオラクルが提案をする。
オラトリオはオラクルの組んだ、もしも監察官が人間だったらとっくに過労死しているだろう、と思われる無茶なスケジュールが、年末に2人でゆっくり過ごすためのものだと気がついて、頭に載った深紅のトルコ帽を顔の前まで引き下ろした。
「いや、イイ・・・行ってきやす・・・。」
「ハイ、これ。その研究所の概要なんかは、それにまとめてあるから。」
召し上がれ。と焼いたばかりのスコーンと紅茶を薦めた後に、オラクルが新規登録仮許可証と書かれた書類をオラトリオの目の前に出す。ソファに座りなおして髪を撫で付け、帽子をきっちりと被ってから、登録に必要な監査項目の確認をして、オラトリオはその書類を封書に納めてコートの袖にしまい込んだ。
「んじゃ、後が少しでも楽なように、今から片付けられる事はやっとくかな。」
そう言うと、見るからに香ばしいスコーンを口にし、ふわりと柔らかく薫るカップを手にとって喉を潤した。
―――お前も俺と同じように思ってたとはな。
「ごっそさん。」
オラトリオは立ち上がると、さっきまで拗ねていたのが嘘のように、颯爽とした足取りでホールを出て行こうとした。
その口許にスコーンの食べカスがついているのを見つけたオラクルが、オラトリオを呼び止め、座ったまま手を伸ばして口許を拭った。
「まるで子供だな?」
くすくすと可笑しそうに笑うオラクルに、オラトリオは身を屈めて顔を寄せた。
「これは『今、片付ける事』じゃ無いと思うんだけれど、オラトリオ。」
幾分紅い顔をして抗議するオラクルに、心外な。とオラトリオが胸を張る。
「『今したい』事をしてからでもイイじゃねぇかよ。どーせこの続きはさせてくんねーんだろ?」
こんだけ頑張ってるんだから、これくらいの役得が有ったってよさそうなものだと悪びれずに言うオラトリオに、オラクルが苦笑する。
「さあ?それはお前の心がけ次第じゃないかな。」

オラクルに見送られて、オラトリオは出かけて行く。
オラトリオを見送って、オラクルは帰りを待つ。



帰りを待ってくれる人がいる幸せ。待っていられる人がいる幸福。

幸せのカタチ。

 
お祝いなの〜。BISMARCさん、こんなでも良かったかしら; 
大急ぎで作ったから、レイアウトとか全然凝れてなくってごめんなさい〜(><。)
宜しかったら貰ってやってください。
FROM みかん箱
みかん拝




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