著・前田みや
雑記帳


「差別ですわ」
 エモーションがぽつりと言った。
「なにがだ?」
 言われた当人はその理由がわかっていない。もう一人の当事者もやはりわかっておらず、ユーロパお手製クッキーを食べようとしてアトランダムに睨まれ、コードに突かれていた。
「もうっ、お兄様駄目ですわ」
 その様子をディスプレイの中からのぞいていたエモーションは更に声を張り上げる。
「だからなにがだ」
 何かわからないエモーションの被害妄想より、ユーロパからアトランダムを引き離し、クワイエットのちょっかいを排除するのに今は忙しい。クワイエットのちょっかい、それはただ単にクッキーのつまみ食いなのだったが。
「お兄様っ!!」
 エモーションに睨まれて、コードはしぶしぶ虫退治を中断した。椅子の背もたれに留まり、話を聴く体勢になる。
「だからですわね、クワイエットさんのことですわ」
 エモーションは説明した。
「クワイエットさんもカシオペアおばあさまの手が加わっているんですから、私達の兄弟の一人ということになるのでしょう?」
「………うむ」
 コードは顔を顰めて頷いた。不本意だが、それは事実。おかげでドクター・クエーサーの脳みそすらなくなった今、クワイエット+αでクイックまでもがカシオペア家に同居するという事態になった。妹のそばによる男が増えて、コードは不機嫌極まりない。ちなみにクオータやクイーンは同じ顔のよしみで音井教授に引き取られ、毎日大騒ぎを起こしている。
「それで?」
「つまりクワイエットさんはお兄様の弟! なのにオラクル様に対してとあまりに態度が違いすぎじゃありませんこと?」
 カシオペア家所属のロボットたちでにぎわっていた部屋は一挙にシーンと静まり返る。
 ぎぎっと音をたててユーロパがクワイエットを見つめた。無表情の覆面ロボット。彼女の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い×∞…弟、オラクルとはあまりにも違いすぎる。
 クワイエットを猫かわいがりするコードの姿を想像してしまったエララはドクターの脳みそを見たとき以上の衝撃を受け、ふらふらと倒れ掛かる。アトランダムも引きつっていた。
 クワイエットは。オラクルとこんなところで繋がりがあったと喜ぶべきなのか、それとも兄弟では口説くのはちょっとまずいと悲しむべきなのか悩んでいたり。けっこう大物。
「エレクトラ……」
 お前はこんなのを可愛いオラクルと同列に扱うつもりなのか? 言いかけたコードはエモーションの、
「オラクルさまも気にしていらっしゃいますわっ!」
 の一言に声も出せなくなる。しばしの沈黙のあと、
「よかろう。それではこれを可愛がればいいんだな?」
 清水の舞台から飛び降りる心境で言ったコードの一言に、今度こそ部屋は静まり返った。



「く、クワイエット、どうだ? 元気か」
 その日からコードの苦行が始まった。可愛いどころか存在自体よく思っていないQシリーズのひとり、クワイエット相手ににこにこ挨拶。ちょっと顔が引きつっている。
「あ、ああ」
 対するクワイエットも引きつっている。
「お兄様、駄目ですわぁっ! 心がこもっておりません。可愛い弟に対しての言葉じゃありませんわ」
 あらゆるところに光るエモーションの監視の目は厳しい。コードは鳥さんの目をぎゅっとつぶった。
「くわいえっと、きょうもいいてんきだな、だいじはないか、なにかこまったことがあったらいつでもいうのだぞ」
 まるっきり棒読みで、一気に言い切るコード。
「コード……俺は別に、その」
 差別されてるなんて欠片も思ってないし、可愛がって欲しいなんて思ってない。どころかその態度、気持ち悪いからやめて欲しい。言いたいクワイエットだが、可愛い弟(この場合オラクル)のためにと頑張っているコードにはっきりも言えない。ここはコードにあわせて『可愛い弟』を演じるべきなのだろうか。根が真面目すぎるクワイエットは悩んだ。
「お…にい…ちゃん……、クワイエット、お願いがあるんだけどな」
 精一杯可愛らしく(当社比)言ってはみたが、自身の言葉にクワイエットは吐き気とめまいで動けなくなる。
「なんだ、おにいちゃんにいってみろ、くわいえっとちゃん」
 クワイエットの無気味な言動にコードの電脳も壊れかけていた。





 静かな電脳図書館で最強の守護者はうなされていた。
 原因は不幸にして目撃してしまった『お兄ちゃん』『クワイエットちゃん』の微笑ましい会話。オラクルが心配そうに濡らした手ぬぐいを額に乗せる。
「コードたち、どうしちゃったんだろう」
 まさか自分の『クワイエットもコードの弟の一人だよね? 慣れない環境に居るんだし、もう少しコード、気を使ってあげるといいのに』発言(を拡大解釈したエモーション)がこんな事態を引き起こしたとは知るよしもないオラクルだった。






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